大阪府で唯一の都道府県がん診療連携拠点病院である大阪国際がんセンターは、AYA世代がん患者のサポートにも積極的に取り組んでいることで知られる。2019年に「AYA世代サポートチーム」を立ち上げたのは、リーダーを務める血液内科医長の多田雄真氏だ。自ら「暫定がん・生殖医療ナビゲーター」の資格を取得して、患者からの妊孕性温存の相談に応じるとともに、AYA世代がん患者の様々な悩みに対応するため、専門技術を持つ外部のリソースのネットワーキングにも日々注力している。
大阪国際がんセンター 血液内科・AYA世代サポートチーム(大阪府大阪市)
大阪府立成人病センターが2017年に移転・新築したのを機に「大阪国際がんセンター」に改称。現在の病床数は500床。1日平均外来患者数は1086.5人。大阪府で唯一の都道府県がん診療連携拠点病院である。(大阪国際がんセンター提供)
日本でがんに罹患する人は年間約100万人。50歳以上の患者が多いが、「AYA(Adolescent and Young Adult:思春期・若年成人)」と呼ばれる15~39歳の世代においても、毎年約2万~3万人(全体の約2.5%)が新たにがんと診断されている。
AYA世代は将来の挙児を望んでいる場合が多いが、経済的・社会的な基盤がまだ脆弱であり、多感で精神的なストレスを抱えやすく、将来への不安を感じやすいといった特徴がある。そのためこの世代ががんに罹患すると、治療が妊孕性に及ぼす影響や、闘病期間の収入、卒業・進級の可否、社会復帰後の人付き合いに関してなど、様々な悩みを抱えることが多い。しかしAYA世代がん患者特有の支援ニーズが認識され、対策が本格化し始めたのは比較的最近のことだ。
大阪国際がんセンターは、AYA世代がん患者のサポートに精力的に取り組んでいる医療施設の1つとして知られる。同センターでAYA世代サポートチームを立ち上げ、取り組みをけん引してきたのが血液内科医長の多田雄真氏だ。
大阪国際がんセンターでAYA世代サポートチームのリーダーを務める血液内科医長の多田雄真氏。
リソースナースから連絡を受けて患者支援を開始
大阪国際がんセンターのAYA世代サポートチームのコア・メンバーは、多田氏をリーダーとする医師、看護師ら同センター内の多職種職員10人ほどで構成されている。コア・メンバーに加えて、専門的なスキルを持った院内外のメンバーをリスト化しており、合わせると50人以上の規模になるという。「AYA世代のがん患者さんの悩みは多種多様です。まずはコア・メンバーで患者さんに話を聞き解決を試みますが、内容に応じて外部メンバーに協力を要請します」と多田氏は説明する。
AYA世代サポートチームの介入の流れは次のようになっている。
大阪国際がんセンターでは、まず「リソースナース(専門看護師、認定看護師などの有資格看護師)」が初診患者一人ひとりと面談し、適切な診療科へ誘導する。AYA世代の患者については、受付で問診票に加えて「セルフチェックシート」を渡しておき、治療を進めるに当たって挙児、育児、通学、仕事、家族のことなどで懸念がないかを記入してもらう。
リソースナースが問診票とセルフチェックシートを参照しながら患者と面談し、世代特有の支援ニーズが明らかになれば、多田氏に連絡が入りサポートチームが介入する。問題が明らかでない場合でも、リソースナースは患者にAYA世代サポートチームがあることを紹介し、「いつでも相談できますよ」と伝えている。
入院後、AYA世代サポートチームの側からフォローを開始する場合もある。「特に入院が長期になっている患者さんや、私たちの側から見て気になる点があった患者さんについては、コア・メンバーの医師や看護師が定期的に入院病棟に出向き、直接話を聞くようにしています」と多田氏は話す。
大阪国際がんセンターの入院受付横に設置されている「がん情報コーナー」。
時間の猶予がない中、外部施設の協力を得て妊孕性を温存した例も
AYA世代サポートチームの介入事例を1例、多田氏に紹介してもらった。
202X年、20代の女性が大阪国際がんセンターに来院し、急性骨髄性白血病と診断された。患者は結婚したばかりで、子どもはいなかった。来院時のリソースナースによる面談で将来の挙児を希望していることが分かり、AYA世代サポートチームに介入の要請が入った。
血液内科の主治医は、妊孕性に影響が及ぶ可能性が高いが、一刻も早く抗がん剤による治療を開始する必要があると患者に伝えた。一方、患者は、将来の妊娠の可能性を残したいと望んでいた。一般的に抗がん剤は卵胞内での卵子の成熟を阻害したり、卵胞そのものを減少させたりする。また、抗がん剤の投与が終了しても、消失した卵子が回復することはない。
時間に余裕がない中で採卵、凍結保存をする場合、月経に関係なく卵巣刺激を行う「ランダムスタート法」が実施されるが、その場合でも2〜3週間ほどかかる。急性骨髄性白血病は1日単位で進行するため、その時間が待てない状況だった。
AYA世代サポートチームは患者と面談し、妊孕性温存の強い希望を確認した上で、「大阪がん・生殖医療ネットワーク」の活動などを通して、普段から「顔の見える関係」を構築して密な連携をしている生殖医療専門クリニックに協力を要請した。同クリニックの医師は即日から数日で卵子を採取する未熟卵採取・体外成熟法(IVM法)に取り組んでいたからだ。AYA世代サポートチームからの紹介で、患者は同クリニックを受診して数日で卵子を採取し、凍結保存することに成功した。採卵後すぐに、抗がん剤による治療が開始されたとのことだ。
「2週間の猶予さえない中での難しい対応でした。十分な数の卵子が採取保存できたわけではありませんが、AYA世代サポートチームが構築していたネットワークを生かして、『将来の妊娠の可能性を残したい』との患者さんの希望に応えることができました。現在、患者さんの白血病は寛解し、フォローアップを続けています」(多田氏)。
凍結保存した卵子を使って妊娠を試みるタイミングは、今後の推移を見て判断することになる。抗がん剤や放射線治療が心臓の働きに影響を与えたり、早産・流産のリスクが高くなったりすることもあり得るため、AYA世代サポートチームは今後も介入を続けていく方針だ。「安全な妊娠・出産の支援のために、主治医と循環器医、産科医をつなぐことや、患者さんの心のケアのニーズも考えられます。サポートチームはそういった支援にも取り組んでいます」と多田氏は言う。
ボトムアップとトップダウンがかみ合ってAYA世代サポートチームが誕生
多田氏は、造血幹細胞移植やCAR-T細胞療法といった先端医療を専門とする血液内科医だ。AYA世代のサポートに乗り出したきっかけについて、「若い世代のがん患者さんに接する機会が多かったため、AYA世代のアンメットニーズに気づき、問題意識を持ちました」と話す。AYA世代はがん患者全体で見ると少ないが、治療強度の強い医療は若い世代が対象となることが多い。このため、わが国で同種造血幹細胞移植を受ける患者では、全体の約3割をAYA世代が占めているという。
「造血幹細胞移植は、患者さんの人生を変え得る強力な根治治療です。しかし移植がうまくいっても、AYA世代の患者さんには復学、復職、婚約・婚姻、挙児についての悩みなどが残ります。それらを解決しないと、本当の意味で治療が成功したとはいえないのではないかと思うようになりました。改めて視野を広げてみると、乳がん、ユーイング肉腫、骨肉腫など他の診療科のがん患者さんの中にも、AYA世代特有の悩みを持つ方がいることが分かり、診療科横断的なサポートが必要だと考えたのです」(多田氏)。
多田氏のほかにも、院内に同じ問題意識を持つ医療者がいたことから、職種横断的にワーキンググループを組織して、AYA世代のがん患者をサポートする体制作りに乗り出した。当時、既にAYA世代がん患者のサポートに先進的に取り組んでいた大阪市立総合医療センター(大阪市)に見学に行ったり、関連の勉強会に参加して全国のサポート事例を学んだりして、大阪国際がんセンターにあった仕組み作りを模索した。
当初は有志医療者による非公式な活動だったが、翌2019年に大阪国際がんセンターとしての活動となり、正式にAYA世代サポートチームが誕生した。その背景には、2018年に閣議決定された「第3期がん対策推進基本計画」に初めて、AYA世代の多様なニーズに対応できる情報提供、支援体制、診療体制が必要であるとの内容が盛り込まれたことがある。
大阪国際がんセンターは、先進医療を多くの患者に提供することに加えて、患者サービスの向上も重視する方針を取っている。AYA世代がん患者の支援についても積極的に取り組むべきだとの経営層の判断の下、先行して動き出していた多田氏らの取り組みが正式な活動に格上げされたのだ。「ボトムアップとトップダウンがうまくかみ合って、スムーズにサポートチームを立ち上げることができました。準備期間を経て、2020年1月からサポートを開始しました」と多田氏は振り返る。
患者メリットのため日ごろからネットワーキングに注力
AYA世代がん患者からの相談で代表的なものの1つは、「妊孕性の温存」についてだ。まず重要なのは「妊孕性の温存をするかしないか」について、患者の意思決定を支援することだが、大阪国際がんセンター内には妊孕性温存の情報提供や意思決定支援を専門とする診療科や部署がなかった。そのため多田氏を含むコア・メンバーの数人が日本がん・生殖医学会の認定資格「暫定がん・生殖医療ナビゲーター」を取得して、患者の意思決定を支援する体制を整えた。
精子や卵子の採取保存については、同センターには凍結保存の設備などがないので外部の医療施設と連携している。「今回紹介した事例もそうですが、精子・卵子の採取・保存は一刻を争う場合もあり、そういったケースではいきなり相手先の医療機関に相談してもスムーズな連携は困難です。日ごろから生殖医療を専門とする施設の医師と「顔が見える関係」を築いておくことが患者さんのメリットになると考えて、ネットワーキングに力を入れています」と多田氏は言う。
高校・大学の患者を支援、入院中もビデオで授業参加が可能に
入院期間中、学校に通えない患者の支援も、AYA世代サポートチームが手掛ける取り組みの1つだ。義務教育である小・中学校については、学校教育法に基づき院内学級が同センター内に設置されている。しかし高校、大学には同様の制度がなく、患者が入院中も授業を受けられるようにするには、一人ひとりにオーダーメイドの支援が必要となる。
まず、サポートチームのメンバーが患者の原籍校に連絡を取り、どういった形で単位が認めてもらえるかを相談する。しかし学校側も経験したことがない事態で戸惑うことが多い。そのためサポートチームが医療現場のスタッフ、学校の教師、患者・患者家族の三者をつないで、患者が闘病中も安心して授業が受けられる環境作りに向けて話し合いを進める。その際、患者が学校の教師や友達とのコミュニケーションを維持できるようにすることも重視しているという。
実は、サポートチームの活動がスタートしたばかりの2020年ごろの方が、こうした教育支援は比較的スムーズに進むことが多かった。新型コロナウイルス感染症のアウトブレークにより、学校全体で授業がリモートに移行していたため、患者も一般の生徒・学生と同じようにリモートで授業を受けることができたからだ。
しかしコロナ禍が去って通常の授業が再開されると、患者の授業へのリモート参加がスムーズにいかないケースも出てくるようになった。サポートチームはこれまでの経験を生かして学校、生徒・家族の間に立ち、AYA世代がん患者の授業参加をサポートしている。院内の患者と、教室の教師や生徒とのコミュニケーションを充実させるために、カメラやマイクが備わったアバターロボットを学校の教室に設置するといった先進的な試みも行っている。

遺伝性腫瘍の患者の妊娠・出産を支援したい
今後の抱負について多田氏は、「自身のがんが遺伝性であることが分かり、子どもを持つかどうかで思い悩むAYA世代の患者さんがいます。この問題に積極的に取り組んでいきます」と話す。
AYA世代のがんは、遺伝性腫瘍の割合が高い。代表的なのはBRCA1/2の遺伝子変異による乳がんや卵巣がんだ。片側の乳房を切除した女性患者が、再び乳がんになるのを避けるために、がんを発症していない対側の乳房まで予防的に切除する事例もある。自身が辛い思いをした患者は、生まれてくる子どもに同じ思いをさせたくないと、妊娠・出産を悩むことになりがちだ。
「出生前診断をどこまで提供するかが課題です。現在はまだ、着床前診断の実施の是非を症例ごとに学会で諮り、支援を進めている段階です。倫理的な問題も含めて皆で議論して、患者さんのニーズに応えられる仕組みを作り、提供していくことを目指します」と多田氏は意気込む。
「大阪府全体での、AYA世代がん患者さんのサポート体制の充実も、達成したい課題です」とも多田氏は言う。大阪府全体では、新規のAYA世代がん患者が年間約1500人いるが、大阪国際がんセンターの患者は年間約300人で、全体の5分の1にとどまるからだ。
大阪府内に60数施設あるがん拠点病院の中には、大阪国際がんセンターや大阪市立総合医療センターのように、AYA世代サポートに積極的に取り組んでいる施設もある。しかし今後、他の全ての施設でAYA世代サポートが充実していくかといえば、それは現実的ではなさそうだ。前述のようにAYA世代のがん患者は、がん患者全体で見ると少ない。それぞれの医療施設のリソースが限られる中で、AYA世代サポート対策は後回しになりがちだ。
「ですから大阪府内に数か所、地域ごとにAYA世代サポートの拠点病院を設けて、そこに患者さんに集まってもらうのがいいのではないかと私は考えています。また、それぞれの拠点病院で十分にサポートできない機能がある場合には、その機能を他の拠点病院にアウトソーシングするなど、拠点病院が互いに助け合う連携の仕組みも必要です。そういった体制が実現するよう働きかけていきたいと思っています」(多田氏)。
もう1つの多田氏の抱負は、一般の人たちに向けたAYA世代サポートの啓発だ。AYA世代のがん患者の悩みは、社会と密接にかかわる内容がほとんどで、医療者の努力だけでは解決できないことも多い。「社会全体に、若い世代のがんのことや、がん患者の悩みについて知ってもらうことが大切であり、そのための取り組みも課題です。毎年3月に集中的な啓発活動を行っています。今年も『AYA week 2025』が開催されるので、多くの方にぜひ関心を持っていただきたいと思います」と多田氏は話している。
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多田 雄真(ただ・ゆうま)氏
2011年大阪大学医学部医学科卒、国立病院機構大阪医療センターにて初期研修。2013年同臨床腫瘍科にて後期研修。2015年大阪府立成人病センター (現大阪国際がんセンター) 血液・化学療法科にて後期研修、造血幹細胞移植の臨床および臨床研究に従事。2018年同血液内科医員。2019年同血液内科診療主任、AYA世代サポートチーム立ち上げ。2023年同感染症センター副センター長 (併任)。2024年より大阪国際がんセンター血液内科医長。