患者の「もっと生きたい」に応える移植医療に邁進

北九州市立医療センター血液内科では、患者や患者家族の希望があれば、リスクが高く成功率が低いと考えられる場合でも、なるべく希望に応えて造血幹細胞移植を実施する方針を取る。血液内科のトップを務めるのは大野裕樹氏だ。大野氏は、研修医時代に先輩医師から受けた指導をきっかけに、患者の「もっと生きたい」に応える移植医療を志し、継続してきたと言う。

北九州市立医療センター・血液内科(福岡県北九州市)

北九州市立医療センターの病床数は636床、1日平均外来患者数は約1020人。血液内科の専用無菌室は23床。2023年の移植治療症例数は34例で、1996年に大野裕樹氏が赴任してきて以降の総移植治療症例数は1000例以上に上る。(写真は同センター提供)

 北九州市立医療センターの始まりは1873年(明治3年)の企救郡立小倉医学校兼病院の設立までさかのぼる。1900年に小倉市が買収して市立小倉病院となった後、5市合併により1963年に北九州市立となった。その後、がんセンターの設置、新病棟の開設などを経て、現在の名称になったのは1991年のことだ。

 北九州市内には、重症血液内科疾患に対応できる医療施設が4つある。同センター血液内科はそのうちの1つで、造血幹細胞移植を積極的に治療戦略の中に取り入れている点が大きな特徴だ。2023年の移植医療実績は全34例で、内訳は自家末梢血幹細胞移植12例、同種臍帯血移植11例、血縁者間同種末梢血幹細胞移植(HLA半合致)7例などだった。血液内科の常勤医は5人で、診療科のトップを務めるのは大野裕樹氏だ。大野氏は1996年に九州大学病院から赴任して来て以来、移植医療を軌道に乗せるなど、一貫して同医療センターの血液内科診療をけん引してきた。

 「移植の他に治療法がない患者さんについては、リスクが高い場合でも、患者さんと家族の希望があれば、なるべく希望に応えて移植に踏み切るのが当医療センター血液内科の方針です。難しい症例が多く、主治医が治療方針に迷うこともありますが、そんなときも診療科の医師みんなの知識や経験を結集して、相談しながら治療を進めています」と大野氏は言う。

北九州市立医療センターの血液内科を率いる副院長の大野裕樹氏。
北九州市立医療センターの血液内科を率いる副院長の大野裕樹氏。

88歳の患者の希望に応じて血液幹細胞移植を実施

 これまでに手掛けた血液幹細胞移植の最高齢は88歳だった。患者はびまん性大細胞型B細胞性リンパ腫の男性。発症自体が80歳と遅かったため、「普通なら移植を選択肢として考える血液内科医は、ほとんどいないでしょう。私も当初は考えていませんでした」と大野氏は振り返る。

 その患者は臓器障害もなく、寛解期には遠くまで釣りに出かけるほど活動的だった。しかし再発と寛解を繰り返すうちに、次第に薬が効かなくなってきたという。「それで私の方から『造血幹細胞移植という選択肢があります』と提案しました。『リスクは高いですが、あなたが挑戦するとおっしゃるなら私たちは全力で実施します。もちろん、やらないでもかまいません。私たちは、あなたを最後までサポートします』と話したのです」(大野氏)。そして本人が「もっと生きたい、そのためにリスクは高くても造血幹細胞移植を受けてみたい」と望み、家族も了承したため、臍帯血移植に踏み切ったとのことだ。

 「88歳の患者への移植は、当時も今も、おそらく日本で最高齢だと思います。しかしバンク側は特に何も言わずに臍帯血を提供してくれました。私たちの施設では、それまでに70歳代の移植を多く手掛け、成功例も多かったのです。地道に積み上げてきた実績により、リスクが高い移植であっても、患者本人の希望にできるだけ応じて移植をする方針が、バンク側にも分かってもらえたのだと思います」と大野氏は話す。

 その88歳の患者は、残念ながら移植後の合併症で亡くなった。しかし「もっと生きたい」という患者の希望に大野氏らが一生懸命応えようとしたことに、患者も最後まで感謝していたという。

 北九州市立医療センターでは、患者が高齢であったり臓器障害がある場合のほか、病勢が強い段階でも、やむを得ずリスクを取って移植に踏み切ることがあるという。同診療科の太田貴徳氏は、「本来は患者さんが寛解に入っていて、感染症もない良い状態で移植をするのが一番望ましいです。しかし他に治療法がない場合や造血能が長期間回復しない場合には、移植を選択肢として提案することもあります。そのようなリスクが高い移植は、成功率も低いので、実施しない方針の医療施設も多いと思います。しかし当医療センターでは、患者さんが十分リスクを理解した上での決断であれば、リスクを覚悟で移植に踏み切ります。それが当医療センターの特色の1つだと思います」と話す。

 この「医療側がリスクを恐れず患者の希望に応える」という主治医としての大野氏の姿は、書籍やテレビドラマの中でも取り上げられている。妊娠中に悪性リンパ腫を発症した女性の闘病の様子を描いた『いぬのおまわりさん』(書籍は不知火書房刊、ドラマは2010年にTBS系列で放送)もその一例である。

北九州市立医療センター血液内科の太田貴徳氏。
北九州市立医療センター血液内科の太田貴徳氏。
1999年産業医科大学医学部卒。小倉記念病院、産業医科大学病院、横浜労災病院、OKI専属産業医を経て、2009年門司メデイカルセンター内科部長。2011年より北九州市立医療センター内科部長。

臍帯血かHLA半合致かは柔軟に選択

 骨髄バンクでHLA完全一致のドナーを探す場合、移植までの期間は早くても3カ月、平均で6カ月ほどかかる。そのため、非寛解で、より早期の移植が必要な場合には臍帯血か、血縁者からのHLA半合致移植を選択することが多いという。「どちらも1カ月ほどの準備期間で移植手術が可能なので、その間、化学療法で病勢を抑えて移植に持ち込みます」と血液内科主任部長の杉尾康浩氏は話す。

 臍帯血とHLA半合致のどちらを選ぶ方がよいかについては、学会でもまだ議論が続いている。従って、その時点での最新の情報を基に、白血球の回復の速さや再発の起こりやすさなどについて両方のメリット・デメリットを勘案し、医師と患者が相談してどちらを選ぶか決めているとのことだ。杉尾氏は「私が主治医の場合は、どちらかというと初回の移植は臍帯血を選ぶことが多いですが、生着不全だったり、いったん寛解しても再発したりといった場合に、2回目、3回目の移植ではHLA半合致移植を選択することがあります」と話す。実際に、臍帯血移植を2回実施したが生着せず、3回目にHLA半合致移植で成功したケースもあったという。

北九州市立医療センター血液内科主任部長の杉尾康浩氏。
北九州市立医療センター血液内科主任部長の杉尾康浩氏。
1994年九州大学医学部卒業。同年九州大学第一内科、第二内科で研修。1995年浜の町病院内科で研修。1996年九州大学附属病院。2000年宮崎県立宮崎病院内科。2006年北九州市立医療センター内科。2021年より同血液内科主任部長。

先輩医師との出会いをきっかけに、リスクが高い移植も手掛ける方針に

 大野氏が、患者の希望に応えて、リスクが高い移植も手掛ける方針を取るようになったきっかけは、研修医時代の指導医との出会いだった。同氏は九州大学医学部を卒業後、同第一内科学教室に入局。2年目に医局の関連施設である浜の町病院(福岡市)に配属となった。そこで指導を受けたのが、医局の先輩医師である谷口修一氏(現・浜の町病院院長)だった。

 谷口氏は、卓越した移植の技術に加えて、「造血幹細胞移植で治るチャンスが少しでもある患者は移植の対象とする」という、積極的な姿勢で知られる血液内科医だ。その診療方針は長年在籍した虎の門病院(東京都港区)で受け継がれているとともに、全国には谷口氏に薫陶を受けた血液内科医が多数いる。大野氏もその1人で谷口氏を師匠と慕う。

 「私は研修2年目に、ほぼマンツーマンで谷口先生に移植医療を教わりました。谷口先生からは患者の状態に応じた対応など、移植のテクニックをたくさん教えていただきましたが、私が習ったものの中で一番大きかったのは『この患者さんを助けるんだ』という気持ちの強さです。当時から、移植をするかしないかの基準は移植医によって様々でした。リスクが高い移植はやらないという慎重な方針を取る医師もいましたが、谷口先生は、患者さんが移植を望むなら基本的に実施する方針を貫いていました。その背景にあったのは、『もっと生きたい』と望む患者さんに応えたいという気持ちです。そのときに学んだことを、私は当センターで引き継いでいます」(大野氏)。

 もちろん、リスクが高い移植を実施するには移植技術の裏付けが必要だ。患者の思いに応えてリスクが高い移植を成功させるために、大野氏、杉尾氏、太田氏ら同医療センターの血液内科医は、移植についての知見を集積し、技術を研鑽し続けてきたという。

北九州市立医療センター血液内科の病棟スタッフたち。

患者の「もっと生きたい」気持ちに応え続けたい 

 今後の抱負について大野氏は「近年、血液内科の疾患に新しい薬がどんどん出てきて、診療が変わってきています。移植が、すべての患者さんにとっての唯一の治療というわけではなくなってきました。私たちもその変化にちゃんと付いていかないといけません。しかし治療が変わっても、やはり移植をしないと助からない患者さんはいます。そういった患者さんに対しては、これまで通り医療側がリスクを取って、患者さんの希望に応えていくつもりです」と話す。 

 杉尾氏は大野氏について、「私がこの施設で働きたいと思った理由は、大野先生が移植を積極的に手掛けていると聞いたからです。実際に間近で見ていると、副院長に就任されてからも、診療科の医師の中で一番多くの患者さんを担当されていて、本当にすごいなと思います」と話す。太田氏も、「当医療センターでは、ある一定の年齢以上になると当直は免除になりますが、大野先生は今なお自主的に当直をされています。そして多くの患者を主治医として診ています」と言う。 

 大野氏は杉尾氏、太田氏のコメントに苦笑いしながら、「昔、谷口先生に移植医療を教えていただいたとき、『白血病の患者さんが来たら全部、自分に任せてください』と言って、谷口先生を困らせたのを思い出します」と打ち明ける。谷口氏も、できるだけ自身で患者を診たい血液内科医だったそうだ。 

 「当時の自分を考えると、患者さんを若い先生方にもっと任せることも大切だと思います(笑)。当医療センターの血液内科医みんなで協力して、これからも医療側がリスクを取ることを恐れず、できるだけ多くの患者さんの『もっと生きたい』という思いに応えていきたいですね」。大野氏はそう話している。
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大野 裕樹(おおの・ゆうじゅ)氏
1990年九州大学医学部卒業、九州大学医学部第一内科、第二内科にて研修。1991年浜の町病院にて研修。1992年九州大学医学部付属病院腫瘍センターおよび輸血部医員。1995年九州大学医学部第一内科医員。1996年北九州市立医療センター内科副部長、1999年同内科部長、2009年同内科主任部長。2014年より北九州市立医療センター副院長。

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