国際医療福祉大学塩谷病院の整形外科は、骨粗鬆症センター長の菊池駿介氏を先頭に、医師、看護師、リハビリスタッフ、栄養士、臨床検査技師などが協力して二次骨折予防に取り組んでいる。2022年から、整形外科だけでなく全診療科の入院患者を対象に、骨粗鬆症ハイリスク患者をスクリーニングして骨密度検査を実施する取り組みを開始した。骨粗鬆症と診断された患者を、整形外科受診に導く流れも確立している。この取り組みが評価され、2024年には国際骨粗鬆症財団(IOF)の「ベストプラクティスフレームワーク、Capture the fracture」の金賞を受賞した。
国際医療福祉大学塩谷病院 整形外科(栃木県矢板市)
1942年に保証責任医療利用組合連合会(後の栃木県厚生農業協同組合連合会)によって開設された病院を、2009年に国際医療福祉大学が継承した。現在の病床数は199床。
国際医療福祉大学塩谷病院(以下、塩谷病院)は栃木県矢板市の中央部に位置する、病床数199床(一般109、回復期リハビリテーション46、療養44)の病院だ。もともと栃木県厚生農業協同組合連合会の施設だったが、学校法人国際医療福祉大学が医学部創設に先立つ2009年に継承した。現在の1日当たりの外来患者数は500人ほどだ。
整形外科に所属する医師は常勤3人、非常勤2人の計5人。矢板市には他に大きな病院がなく、同病院整形外科はクリニックからの紹介先として高次の医療を担うとともに、地域の高齢者のかかりつけ医としての役割も担っている。特に二次骨折予防や骨粗鬆症予防の取り組みに力を入れており、2024年には国際骨粗鬆症財団(IOF)の「ベストプラクティスフレームワーク、Capture the fracture」で金賞を受賞している。2021年に赴任して以来、この分野の取り組みを牽引してきたのが骨粗鬆症センター長の菊池駿介氏だ。
「当院はちょうどよい規模感の病院で、職員はみな顔見知りです。その特徴を生かして医師、看護師、リハビリテーション部門などの多職種が連携し、病院全体の入院患者、外来患者の中から骨粗鬆症のハイリスク患者を拾い上げ、整形外科受診につなげる道筋を確立しました。この取り組みは、全国に誇れるものだと思っています」と菊池氏は胸を張る。
国際医療福祉大学塩谷病院で骨粗鬆症センター長を務める菊池駿介氏。
クリニカルパス変更で大腿骨近位部骨折患者の骨密度検査実施率100%を達成
菊池氏は2016年4月から2017年3月までの1年間、塩谷病院に勤務していた。その後、慶應義塾大学大学院に入学して研究業務に従事。博士課程を修了し医学博士を取得した4年後の2021年4月に、再び同病院に赴任した。戻ってきたときのことを菊池氏は次のように振り返る。「2016年に勤務していたとき、大腿骨近位部骨折で搬送されてきた患者さんについては必ず骨密度検査をしていました。しかし4年後に戻ってみるとその習慣は失われており、骨密度検査の実施率はわずか20%ほどになっていたのです。これではいけないと、改めて骨粗鬆症への早期介入、二次骨折予防に力を入れ始めました」。
1度目の赴任時に菊池氏が骨密度検査を積極的に実施し、いったんは定着させたのは、整形外科医になりたての頃に指導してくれた先輩医師の影響だという。しかし全ての整形外科医が、骨粗鬆症診療に強い興味や思い入れを持っているわけではない。特に若い整形外科医は手術に意識が行きがちで、手術がうまくいったら満足して、骨粗鬆症治療・二次骨折予防への対応が疎かになってしまう可能性がある。また、塩谷病院の他職種スタッフに、二次骨折予防や骨密度検査の重要性についての知識が不足していたと菊池氏は指摘する。「医師が骨密度検査をオーダーし忘れたとき、『この患者さん、まだ検査していませんよ』と言ってくれるスタッフが周囲にいなかったのです」。
そこで菊池氏は、検査漏れが起こらないように、大腿骨近位部骨折のクリニカルパスの変更に着手した。手術のオーダーを入れたときに、DEXA検査(骨密度を測定するX線検査)や骨代謝マーカーの検査が、レントゲン検査や血液検査などと同じように自動的にパスに組み込まれるようパスを変更。これにより主治医が誰であろうと、骨密度検査の実施漏れが起こることがなくなった。実際に2022年には、大腿骨近位部骨折患者へのDEXA率100%を達成している。
次に取り組んだのは、院内の多職種のスタッフ教育だ。菊池氏が考えたのは、製薬会社が開催するFLS(骨折リエゾンサービス)やOLS(骨粗鬆症リエゾンサービス)のセミナー・講演会などをうまく活用することだった。初歩的な知識を学べるセミナーを選定し、施設内で共同視聴を行うことで、院内全体にFLSやOLSといった単語を知ってもらう活動を開始した。
FLSチームを作成するに当たりキックオフミーティングを行ったところ総勢27人の参加者があり、職員の注目度の高さを実感した。そこで各部署にキーパーソンをなる職員を輩出してもらい、定期的に多職種が参加するワークショップを開催するようになった。そこでは、骨粗鬆症の治療が開始されない理由や継続されない理由と、その対策などを議論し合うことで、多職種の経験が共有され互いに知識を深めることにつながった。その結果、病棟で看護師が、患者の検査値を見ながら骨密度の高低を話題にするようになるなどの変化が表れ始めたという。
持続可能な活動を目指してハイリスク患者のスクリーニング基準を検討
ワークショップの成果を見極めた上で、菊池氏は2022年4月から、骨粗鬆症のハイリスク患者を全病棟の入院患者から拾い上げる取り組みを開始した。「当院の患者さんは高齢者が多いので、整形外科以外の入院患者さんの中にも骨粗鬆症の患者さんがいる可能性は高いのです。ですから全診療科の入院患者さんを対象に網羅的にスクリーニングを実施して、骨粗鬆症の患者さんを見つけ出し早期に介入したいと考えました。病院経営層も趣旨を理解してくれて、実施に了承が得られました」(菊池氏)。
導入したスクリーニングは、塩谷病院に新たに入院する全ての患者について入院時に「骨折のリスク」「転倒リスク」「低栄養」を確認し、骨粗鬆症が高リスクと考えられる場合に骨密度検査を受けてもらうというものだ。構想はシンプルだが、肝となったのは上記の3項目を確認する基準の設定だ。正確に拾い上げることを重視し過ぎると、現場のスタッフ、特に病棟看護師の負担が大きくなってしまう。全病棟で実施するには無理のない仕組み作りが必要だった。
菊池氏は関連職種とミーティングを重ね、3項目を確認するための基準を詰めていった。最終的に基準は、①骨折のリスクについては「入院主病名が大腿骨近位部骨折もしくは椎体骨折である」「それらの既往歴がある」「その他骨折の病名で入院し40歳以上である」「持参薬に骨粗鬆症の薬がある」のいずれかに該当するか否か、②転倒リスクについては補助具を使っているか否か、③低栄養状態は血液検査でアルブミンの値が3.5g/dL未満か否か──とした。
「患者さんに多数の質問をして、スコアを算出して骨粗鬆症のリスクを判定すれば、より正確な拾い上げができるかもしれません。しかし持続可能な活動にするためには、現場に負担をかけないことが重要です。例えば転倒リスクの高さについては、当初は日常生活の様子を聞き取って判断するといった方法を考えていました。しかし聞き取りが煩雑な上に基準があいまいだとの意見が出たため、リハビリ部門のスタッフと改めて相談し、日常生活で杖などの補助具を使っている人は転倒リスクが高いと判断していいだろうと、『補助具の使用』の有無のみを基準に取り入れました」と菊池氏は話す。
「骨折のリスク」「転倒リスク」「低栄養」の項目に1つでも該当する新規入院患者がいたら、病棟看護師から介入依頼の連絡が入り、菊池氏が骨密度検査をオーダーする流れだ。検査実施について放射線室は快く協力を了承してくれたが、菊池氏は診療放射線技師の負担にも配慮している。例えば、患者の体内にインプラントが入っている場合にどこを代替で撮影するかなどは、あらかじめ打ち合わせておく。その決定に当たっては、なるべく現場に裁量を持たせているとのことだ。
リハビリ部門の協力を得て整形外科受診率がアップ
こうしたスクリーニングは2022年夏頃には軌道に乗って、全病棟の新規入院患者のほとんどに対し実施できるようになった。骨密度検査の結果を基に、骨粗鬆症の治療介入が必要な患者を特定することもできるようになった。だが、その先が問題だった。
「骨密度が70%未満だった患者さんには、検査結果と整形外科受診を勧める内容の書面を、退院時に他の書類と一緒に渡していました。しかしその書面を読んで整形外科を受診してくれる患者さんが、ほとんどいなかったのです。患者さんと家族に、対面でしっかり説明することが必要でしたが、私自身が日常診療をこなしながらそれをやるのは不可能でした」と菊池氏は振り返る。
早期介入が必要な患者を整形外科受診に導く方法はないかと思案して、菊池氏が協力を求めたのは院内のリハビリ部門だった。塩谷病院は回復期リハビリや療養の機能も担っているため、リハビリ関連の人員が厚い。該当の患者に骨密度検査の結果や治療の重要性を説明して、整形外科受診を勧める役割を、リハビリ部門のスタッフに担ってもらえないかと考えたのだ。
協力を取り付ける上でカギになったのは、この取り組みが患者にとってメリットが大きいものであることに加えて、病院収益の増加にもつながると菊池氏が熱心に訴えたことだった。「退院後の初回外来受診の際に、待ち時間を利用して骨密度検査の結果説明と整形外科の受診勧奨ができないものか。さらに運動指導も含めることで、診療報酬の『外来リハビリテーション診療料』が算定できるのではないか」。そういった問いかけをリハビリ部門と病院経営層に行ったことで、この取り組みにリハビリ部門をスムーズに巻き込むことができたという。
外来受診日の患者の動きと待ち時間、診療報酬を算定するために必要な要件などを改めて確認し、指導を外来診察の前にするか後にするか、何分間を目安に指導するかといった細かな調整をした上で、2022年8月から取り組みを開始。その結果、狙い通りに、検査で介入が必要と判定された患者の多くが、整形外科を受診してくれるようになったという。具体的な内容としては、骨密度検査の結果報告に加えて、生活における注意点の説明、骨密度減少に対する予防となる運動指導などを行っている。
この業務を担当しているリハビリテーション科の益子瑞生氏は、その実際を次のように語る。「患者さんは検査の結果を見て、生活にどのような影響があるのか、どのように対策を講じればよいのか分からず不安になっていたり、検査結果を知っても興味を持たれていなかったりと様々です。そういった方にも一定の理解を得るためには、個々のパーソナリティをその場で把握し、説明方法も工夫する必要があるため、難しさを感じることも多くありました。そのため、リハビリテーション室で作成したオリジナルの資料をお渡しして、帰宅されてからもご自身で注意点を確認できるようにするといった取り組みを行ったり、患者さんだけでなく一緒に来院された家族に対しても治療の必要性を説明することで、骨粗鬆症の早期治療や二次骨折予防に努める重要性を理解していただけるようになったと考えています」。
2023年の実績では、全病棟入院時スクリーニングで、骨粗鬆症ハイリスクと判定された患者は544人だった。そのうち全身状態不良や短期入院で検査実施が不可能だった患者を除く334人にDEXA検査が実施され、250人の患者が骨粗鬆症の診断となった。「転院や全身状態不良、既に投薬されている患者を除いた123人に新規で投薬開始できました。そのうち56人は整形外科以外の患者であり、通常は気づかれていない骨粗鬆症患者です。こういった方々が骨折する前に介入できた、これは非常に大きいことかなと感じています。それを可能にしたのも、入院時スクリーニングとリハビリスタッフからの患者指導のお陰かなと思いますので、この取り組みを続けることで地域全体の骨折を減らすことにつながればいいなと思っています」と菊池氏は話す。
ちなみに2024年の日本骨粗鬆症学会では、塩谷病院の理学療法士が「OLS活動奨励賞」を受賞した。これはOLSやFLS活動に取組んでいる骨粗鬆症マネージャーを対象に、特に優れた成果を示した3人が表彰される栄誉ある賞で、塩谷病院の取り組みは全国的にも注目を集めている。
2024年の日本骨粗鬆症学会で「OLS活動奨励賞」を受賞した際にスタッフと記念撮影。(菊池氏提供)
他診療科の外来患者からもハイリスク患者を拾い上げ
整形外科の外来患者・手術を受ける患者に加えて、全病棟の整形外科以外の入院患者から骨粗鬆症のハイリスク患者を拾い上げ、治療につなげる仕組みがこうして完成した。しかし菊池氏には、まだ気になることがあった。それは、他の診療科の外来患者の中からのハイリスク患者の拾い上げだ。特定の薬剤を服用中の患者は、骨粗鬆症のリスクが高くなることが知られている。他の診療科の医師が該当する薬剤を処方したときに、骨密度検査をオーダーしてもらえるよう電子カルテ上で工夫してみたが、あまり効果は上がらなかった。
「何かいい方法はないかと考えあぐねて、清水さんを頼ろうと思いつきました」と菊池氏は言う。清水美帆子氏は塩谷病院のベテラン外来看護師だ。FLS・OLS活動に積極的に参加しており、2022年末には骨粗鬆症マネージャーの資格も取得した。塩谷病院の外来看護師は、特定の診療科に配属されるのではなく、診療科をローテーションする勤務形態になっている。そのためほとんどの看護師とほとんどの医師が一緒に働いたことがある間柄だが、中でも清水氏は明るく積極的な性格で、どの医師とも気さくに話しができる関係を築いていた。菊池氏いわく、「清水さんは院内に2人といない、得難い人材」とのことだ。
菊池氏は、他診療科に骨密度検査が必要な患者がいることが分かったら、患者と主治医に声を掛けて検査の承諾をとってくれるよう清水氏に依頼。清水氏はこれを快く承諾した。現在、清水氏が重点的に骨粗鬆症ハイリスク患者の拾い上げをしているのは乳腺外科と内科だ。乳腺外科でアロマターゼ阻害薬の投与を受けている患者や、内科でステロイド薬を長期服用している患者を特に気にかけている。患者と主治医が検査に同意してくれたら、菊池氏に連絡して同氏が検査をオーダー。検査結果を患者に伝えるのも清水氏の役割で、骨密度が低かった患者には整形外科受診を勧めている。
清水氏は、「もともと予防医療にすごく興味がありました。病気になったり骨折する前に患者さんに介入して、そうならないようにしてあげたいと思っていたのです。ですから骨粗鬆症のリスクが高い患者さんを見つけ出して検査を勧めるこの取り組みは、すごくやりがいがあります。検査の結果、患者さんの骨密度が低ければ早期治療につなげることが骨折予防になるし、問題がなければ『大丈夫でしたよ、よかったですね』と言ってあげられるからです。今は、毎日がすごく充実しています」と話す。
塩谷病院のFLSの取り組みは外部団体からも評価されている。国際骨粗鬆症財団(IOF)の「ベストプラクティスフレームワーク、Capture the fracture」で、2024年に金賞を受賞した。「2023年までは銅賞(ブロンズ)だったのですが、リハビリ部門が頑張って検査を受けた患者さんを整形外科受診に誘導してくれたり、清水さんのおかげで外来患者のフォローが充実したりで、金賞が受賞できました。それによって、塩谷病院は骨粗鬆症に熱心に取り組んでいるという認識がさらに広まったようです。1年に1回の骨密度検査のため、患者さんを当院に送ってくれる医療機関もかなり増えています。矢板市とは二次骨折予防の新しい取り組みについて話し合いを始めました。このように医療機関との連携、行政との連携が強まったことも、FLSの取り組みの2次的な成果だと思います」と菊池氏は言う。
10年後にFLSの成果を発表したい
今後の抱負について菊池氏は、まずは現在のFLS活動を継続していきたいと話す。「数年前に大腿部近位部を骨折して当院で治療を受けた患者さんが、今度は反対側を骨折して再び当院に搬送されて来るケースが、まだかなり多いのです。FLSが本格化したことで、そういった患者さんが今後、どれくらい減っていくのか楽しみです。介入から10年くらいたってデータが取れたら、対外的に発表したいと思います」。
他施設との連携は今後の課題で、特に力を入れているのは歯科との連携だという。骨粗鬆症治療薬を服用中の患者が抜歯などの治療を受けることになった場合、顎骨壊死のリスクがあるため、以前は休薬するのが一般的だった。しかし最近は、継続しながら歯科治療をしてもらうのが普通になっている。「患者さんのために周辺の歯科医との連携を強め、そういった情報や知識の共有もしていきます」と菊池氏は言う。
後進の指導にも力を入れていきたい意向だ。「当院では医師もコメディカルも骨粗鬆症診療に対する意識が高いので、一定期間、塩谷病院で勤務した若手の整形外科医はみな、骨粗鬆症診療の意識が高くなります。私が先輩医師のおかげで骨粗鬆症診療に興味を持ったように、『塩谷病院で骨粗鬆症の勉強ができてよかった』と感じてくれる医師を1人でも多く育てたいですね」と菊池氏は話している。
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菊池 駿介(きくち・しゅんすけ)氏
2011年慶應義塾大学医学部卒。2013年慶應義塾大学整形外科学教室入局。2014年JCHO埼玉メディカルセンター、2015年那須赤十字病院、2016年国際医療福祉大学塩谷病院。2017年慶應義塾大学大学院入学、2021年大学院卒業、学位取得。2021年より国際医療福祉大学塩谷病院整形外科医長。2024年より同整形外科副部長。2025年4月より骨粗鬆症センター長、国際医療福祉大学病院准教授も務める。