肺NTM症は、非結核性抗酸菌(nontuberculous mycobacteria:NTM)を原因とする慢性呼吸器感染症である。吉島病院は2022年に広島県内で初めて、全国的にもまだ数少ない「NTM症外来」を開設し、近隣の医療機関から患者を集約している。呼吸器内科の尾下豪人氏が1人のNTM症患者を担当したことを契機に、専門外来の必要性を実感し、開設に向けて動き出した。 同外来の基本方針の1つは、多職種連携の活用である。NTM症は薬物療法の効果に限界があり、罹病期間も長期に及ぶため、尾下氏は栄養療法や運動療法などによる生活習慣の改善など、非薬物療法も重視している。医師に加え、さまざまな職種の医療スタッフがそれぞれの専門性を発揮することで、診療の質の向上を図っている。
吉島病院 呼吸器内科(広島県広島市)
結核専門病棟を有する吉島病院。呼吸器診療に強みを持つ。
吉島病院は、戦後間もない1954年、当時「国民病」と呼ばれるほど猛威を振るっていた結核への対策を目的として設立された、国家公務員共済組合連合会運営の病院である。現在の病床数199床のうち41床(うち17床は休床中)は結核患者を専門的に診療する結核病棟となっている。日本の結核患者は大きく減少したとはいえ、現在でも年間1万人ほどの発生者が新たに登録されている。独立した結核病棟を持つ医療施設は広島県内では同院のみであり、広島県全域のみならず近隣の県からも結核患者を受け入れ、近年急増している外国人患者にも対応している。
設立の経緯から、同院は呼吸器診療に強く、新型コロナウイルス感染症流行時も重点医療機関として大きな役割を担った。その吉島病院が2022年に新たに開設した専門外来が、広島県では唯一となる「NTM症外来」だ。
NTM症外来を担当する結核・非結核性抗酸菌症学会認定医の尾下豪人氏は、「肺NTM症は急速に罹患者数が増加していますが、肺癌や結核ほど注目されてはいません。診断や治療介入が遅れ、気づいたときには難治化している患者さんが多くいます。そういった不幸な患者さんをできるだけ出したくないと思い、専門外来を立ち上げました。吉島病院は小規模な病院ですが、医師もコメディカルスタッフも肺NTM症の診療に熱意を持って取り組んでいます。患者さんを医師だけでなく、多職種で包み込むような診療を目指しています」と話す。

吉島病院でNTM症外来を担当する尾下豪人氏。
肺NTM症の8~9割は肺MAC症
NTMは、自然界や生活環境に広く存在し、ヒトからヒトへの感染はないとされている。しかし、体力や免疫力が低下した人では感染・発症し、慢性的な呼吸器疾患を引き起こすことがある。近年、特に中高年のやせ型女性を中心にNTM症の患者が増加しており、その背景には認知度の向上や検査体制の整備が関与していると考えられる。
主な症状は咳、喀痰、喀血などの呼吸器症状のほか、発熱、全身倦怠感、体重減少などの全身症状を伴うこともある。進行例では呼吸不全や他の感染症の合併により死に至ることもある。
NTM症の原因菌のうち約8〜9割は Mycobacterium avium complex(MAC)であり、この場合は「肺MAC症」と呼ばれる。治療にはマクロライド系抗菌薬(クラリスロマイシンまたはアジスロマイシン)、エタンブトール、リファンピシンによる3剤併用療法が標準とされる。重症例や難治例では、アミノグリコシド系抗菌薬の静脈投与や吸入療法が追加されることもある。治療期間は、喀痰から菌が陰性化してからさらに12カ月以上が推奨されており、治療抵抗性の例ではより長期にわたることもある。
1人の若年患者の診療をきっかけに専門外来立ち上げへ
尾下氏が吉島病院に赴任した直後に担当し、専門外来の開設を考えるきっかけとなった患者がいる。患者はまだ40代の女性。尾下氏が担当する3年前から気管支拡張病変を胸部CTで経過観察中だった。尾下氏が診療を引き継いだとき、ゆっくりとだが確実に進行している病変をみて、「MAC症の疑いがあります」と伝えたところ、その直後からいろいろな不定愁訴で外来を予約外受診するようになった。ついには過換気症候群を起こし、救急搬送されてきた。
「救急外来で改めてお話を聴いたところ、実は患者さんの母親がMAC症によって50代で亡くなっていたことが分かりました。私にMAC症の疑いを指摘されてから、『自分も母親と同じ運命をたどるのではないか』と精神的に追い詰められていたようです。私が何気なく口にした病名が、この患者さんにとっては特別な病名だったのだと気付かされました」と尾下氏は振り返る。「MAC症が疑われること、肺病変が進行していることは間違いない。患者さんと相談し、1日でも早く診断をつけるために精査を行いました」
気管支鏡検査の結果、気管支洗浄液からMycobacterium aviumが検出され、肺MAC症と診断がついた。すぐに標準的な薬物療法を開始したが、治療はなかなか奏効しなかった。内服や点滴による治療を1年近く継続しても、排菌がなくなるどころか増加するため、保険適応となったばかりの新薬であったアミカシン吸入薬も導入した。新薬導入から約半年で排菌は陰性化したが、左肺舌区の空洞病変は残存した。患者の「徹底的に治したい」との意向もあり、同院呼吸器外科で手術を実施。空洞病変を切除して約3年が経過した現在、再燃の兆候は認められていない。
「患者さんにはすごく喜んでもらえました。私自身も現状できる治療をすべてやり切ったと達成感を感じました。しかし同時に、これまでこの疾患に対して、自分はベストを尽くすことができていただろうかと反省しました。過去の自分の診療を振り返ると、ちゃんと精査を行わず、漫然とした『経過観察』にとどまった症例や、診断はついても患者さんを説得できずに治療を導入できなかった症例もあったからです」(尾下氏)。
尾下氏は、一般外来ではNTM症の診療を徹底するのが難しいと感じ、専門外来の設置を考え始めた。実は、尾下氏が専門外来を開設したのは吉島病院のNTM症外来が2度目だ。2017年まで在籍した三原市医師会病院(広島県三原市)では睡眠時無呼吸症候群(SAS)の専門外来を立ち上げている。「SAS外来を開設したとき、近隣の医療機関から多くの患者さんを紹介していただきました。また、専門診療がやりやすくなり、患者さんにも良い診療が提供できるようになりました。体制を整備するのは少し大変でしたが、一介の勤務医であっても熱意を持って取り組めば専門外来を開設することは不可能ではないと、そのとき学びました」(尾下氏)。
吉島病院でのNTM症外来開設は、山岡直樹院長、池上靖彦呼吸器センター長、看護部をはじめとする多くのスタッフの協力により、発案から3カ月ほどで患者の受け入れを開始することができた。背景には、新型コロナウイルス感染症対応に関連する事情もあった。
新型コロナの流行期には、尾下氏ら呼吸器内科医が懸命に診療にあたり、地域医療に大きく貢献した。その尽力は病院の収益面にも大きく寄与し、「頑張ってくれた先生たちがやりたいことなら応援しよう」という前向きな雰囲気が院内に醸成されていた。
さらにもう1つの要因として、日本における結核患者の減少と新型コロナの沈静化を受け、今後、吉島病院が何を診療の柱とし、どのような特色を打ち出していくかを見直す必要があったことも挙げられる。「NTM症外来が、吉島病院のブランドづくりにつながるのではないかと考えました。その意図を山岡院長はじめ、他の職員とも共有できたのではないかと思っています」と尾下氏は語る。
最新の学会見解に準じた診療を
吉島病院はもともと結核の診療を行ってきた経緯があり、同じ抗酸菌感染症であるNTM症の患者も、広島市内では比較的同院に集まっていた。しかし、以前は特定の外来に集約することはせず、呼吸器内科の医師が分担して診療を行っていた。診療内容についても院内で明確な取り決めはなく、各担当医の裁量に委ねられていた。また、患者の所見や診療内容を管理するデータベースも整備されていなかった。
専門外来の開設に伴い、NTM症(疑い例を含む)の紹介患者は、原則として毎週火曜日の専門外来枠(10~13枠)で受け入れる体制を整えた。検査、診断、治療については、日本結核・非結核性抗酸菌症学会の見解に準拠したルールを策定。さらに、診療録管理室と連携してNTM症専門外来受診者の臨床情報を蓄積するデータベースを構築し、解析が可能な体制を整備した。
NTM症外来を開設した2022年6月から2025年7月までの受診者数は260人を越え、現在も毎月5~10人の新規患者が紹介されてくる。基本的に医療機関からの紹介状がある患者のみを受け付けており、6割が病院から、3割がクリニック、1割が健診施設からの紹介である。常勤の呼吸器内科医がいる基幹病院からも多くの患者が紹介されてくるという。
「専門外来開設により、広島においてNTM症の相談・紹介する先が明確になったのは良いことだと思います。呼吸器内科専門医であってもNTM症の診療経験が乏しい医師は少なくありません。自信をもって判断ができず、治療介入のタイミングが遅れる可能性があります。治療介入が遅れると、気道破壊が進行し、菌量も増加しているため、治療が奏効しにくい。アスペルギルスなどの合併感染も起こりやすくなり、さらに難治化します。逆に早期に治療介入ができれば根治できる可能性が高く、その後の後遺症も少ない。当院の専門外来では、『適切なタイミングで治療介入することが重要です』『未診断でもいいので紹介してください』と、県内の医療施設に向けて啓発をしています」と尾下氏は言う。

NTM症外来で尾下氏とともに働くスタッフたち。その職種は医師、薬剤師、看護師から理学療法士、管理栄養士、医療事務員まで多彩だ。(尾下氏提供)
低栄養改善のために管理栄養士による栄養指導を
吉島病院のNTM症外来の基本方針は、「時間をかけた丁寧な説明・指導」「学会の見解に沿った診療」「新しい治療の積極的導入」「多職種連携の活用」の4つだ。このうちの「多職種連携の活用」について尾下氏は次のように説明する。「残念ながら、肺NTM症に対する薬物療法の効果はまだ十分とは言えません。罹病期間も長期に及ぶため、薬物療法だけでなく、免疫力を維持するための生活指導も重要だと考えています。こうした取り組みは医師だけでは限界があるため、コメディカルスタッフとの協働を重視しています」。
NTM症患者の生活指導において、重要な役割を担う職種の1つが管理栄養士である。NTM症の診療に携わる中で、尾下氏が強く実感しているのは、病状が進行する患者の多くが栄養状態不良であり、進行に伴って体重が減少していくケースが多いということだ。実際に、低体重がNTM症患者における予後不良の因子であるとする報告もある。こうした背景から、NTM症患者の栄養状態を維持・改善するためには、専門的な介入が不可欠であると考えた。
そこで、尾下氏は野間智美管理栄養士、坂本藍看護師(摂食嚥下障害看護認定看護師)らに協力を依頼し、NTM症外来における栄養介入の仕組みをつくった。受診患者に対して外来看護師がGLIM基準で低栄養診断を行い、必要な患者には医師の指示のもとで管理栄養士が介入する。管理栄養士は患者から聞き出した食事内容をもとにエネルギー充足率を推算し、不足している場合には、エネルギーになりやすい「中鎖脂肪酸オイル(MCT)」を調理に使う、サラダにマヨネーズを追加する、白ご飯を炊き込みご飯に替える──など、エネルギー摂取量を増やす方法を提案している。「1回の栄養指導でも多くの患者さんでエネルギー充足率が改善することが分かりました。『ここに受診する前はどんどん体重が減っていたが体重が戻った』『うまくエネルギーを摂取する方法が分かった』とおっしゃる患者さんもいます」と尾下氏は言う。
体力増強とリフレッシュ効果を狙った運動療法
外来での運動療法も吉島病院NTM症外来の特徴的な取り組みだ。「過去にNTM症に対して呼吸理学療法が有効であったとの報告がありました。体を動かすと身体機能の向上につながるだけでなく、リフレッシュ効果によって心理的にも良い影響が期待できます。もともと吉島病院は結核後遺症や間質性肺炎などによる慢性呼吸不全患者に対して、理学療法士が呼吸器リハビリテーションの一環として運動療法を実施していた。NTM症専門外来の開設を知った神田直人理学療法士から、『NTM症患者への運動療法の効果を研究したい』との申し出があり、取り組むことになりました」と尾下氏は話す。
希望する患者には外来受診に合わせ、理学療法士から筋力増強や運動耐容能向上を目的とした運動プログラムを指導する。椅子に座って実施する全身運動、ゴムバンドを使った脚と腕の筋力増強運動など、いずれも患者が自宅で無理なく実施できるものだ。患者に自宅で継続して取り組んでもらい、身体機能やQOL(生活の質)への効果を評価した。
「3カ月間の運動療法によって多くの患者さんの筋力や運動耐容能が向上し、うつや不安に関連するスコア、健康関連QOLスコアに改善がみられました。患者さんからの評判も良く、『運動するとすごく気分が晴れます』『指導してくれるスタッフとおしゃべりできるのが楽しみ』『1カ月に1回の指導が待ち遠しい』などの声を聴きます」(尾下氏)。
アミカシン吸入薬の導入でも多職種連携を活用
NTM症外来では、管理栄養士や理学療法士以外のコメディカルスタッフも積極的に関わっている。たとえば、難治性肺MAC症に対して適応のあるアミカシン吸入薬を導入する際には、外来看護師、医療事務員、薬剤師の役割が非常に重要となる。
内服薬と比べて吸入薬は、多くの患者にとって馴染みのない投与形態であり、さらにアミカシン吸入薬は薬剤費が高額である。医師から治療を提案された場合でも、「自分に吸入操作がうまくできるだろうか」「効果があるのか」「副作用はどのようなものか」「医療費の負担はどれほどか」といった多くの不安や疑問から、導入に踏み切れない患者も少なくない。
吉島病院のNTM症専門外来では、医師が適応と判断した患者に対して、外来看護師や医療事務員が必要な情報を丁寧に説明し、疑問にも1つひとつ対応している。導入が決定した患者には、薬剤師が吸入方法や副作用への対応を説明している。
「吉島病院はこれまで呼吸器診療に力を入れてきた病院です。そのため、コメディカルスタッフにも呼吸器に関する知識や技術に優れた人材が多く、強い情熱を持って取り組んでいる職員もいます。そうしたスタッフの意欲を実際の診療に活かすことが、医師である私の役割だと考えています。NTM症外来はコメディカルスタッフが活躍できる場となっており、そこでの取り組みが学会発表や論文発表にもつながっている。開設して本当によかったと感じています」と尾下氏は語る。
地域連携と後進育成が課題、二次医療圏ごとにNTM専門外来を
尾下氏は今後の抱負について、「専門外来の診療から得られたデータをもとに、新たな知見を学会や論文などで発信していきたい。開設から3年がたちましたが、これからも常に初学者の気持ちを忘れず、患者さんから学んだことを次の患者さんに還元していきたい」と語る。
現在、取り組んでいる課題は「地域連携」と「後進の育成」だ。すでに週1日の専門外来では対応しきれない状況が生じており、方針が決まった患者は一般外来枠での診療に切り替えているが、それでも「このままでは新規患者の受け入れが困難になる」と危機感を示す。
そのため尾下氏は、地域の医療機関との連携を模索している。「肺NTM症の治療は長期にわたることが多く、とくに高齢の患者さんにとっては、自宅近くで診療を受けられることが望ましい。病状が安定している間は近隣のクリニックで定期診察を行い、悪化時には吉島病院で受け入れるといった、地域連携体制を構築したい」と話す。広島県内の呼吸器内科医は広島大学出身の医師が多く、連携がとりやすい環境にはあるが、NTM症の診療に精通した医師はまだ少なく、これも今後の大きな課題である。
また、「後進の育成」にも取り組んでいる。吉島病院には若い呼吸器内科医も多く在籍しており、在籍中にできる限りNTM症の診療や臨床研究を経験してもらっている。「NTM症に関心を持ち、サブスペシャルティとして深めていきたいと思う医師が育ってくれることを期待しています。将来的には、広島県内の7つの二次医療圏に1カ所ずつNTM症外来が設置され、互いに連携して診療・研究を進められる体制ができれば」と展望を語った。
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尾下 豪人(おした・ひでと)氏
広島市出身。2003年に宮崎医科大学(現・宮崎大学)医学部医学科卒業。広島大学病院で初期研修後、2005年より北九州総合病院、2008年より中国労災病院に勤務。2009年からは東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センターで基礎研究に従事。2013年に広島大学大学院博士課程を修了。2014年より公立みつぎ総合病院内科医長、2017年より三原市医師会病院内科部長を歴任。2021年より吉島病院にて呼吸器内視鏡・救急医長。日本呼吸器学会専門医・指導医、日本呼吸器内視鏡学会専門医・評議員、結核・非結核性抗酸菌症学会認定医。2022年、2023年に広島医学会賞受賞。




























