埼玉医科大学総合医療センター呼吸器内科には、多種多様な呼吸器疾患、合併症例が集まる。特に、肺がんと他疾患との合併症例への対応に優れることが域内の医療施設に知れ渡っており、多くの患者が紹介されてくる。その特徴を、治験の積極的な実施や、若手医師教育に生かしているとのことだ。埼玉医科大学総合医療センター教授で診療部長の植松和嗣氏は「日々の診療は大変ですが、私たちの能力を頼って来られる患者さんがいるからこそ、私たちも刺激を受けながら診療を続けています」と話す。
埼玉医科大学総合医療センター
呼吸器内科(埼玉県川越市)
埼玉医科大学総合医療センターは1985年に開設された。1057床、36診療科。外来患者数は1日当たり約2100人で、埼玉県有数の大規模な総合病院だ。(同センター提供)
埼玉県川越市の中央部に位置する埼玉医科大学総合医療センター(以下、総合医療センター)は、同大学の2番目の附属病院として1985年に開設された。1057床、36診療科を擁する総合病院だ。埼玉医科大学は総合医療センターを含む3つの附属病院を持つ。本院である埼玉医科大学病院(埼玉県下呂町)と3番目に開設された埼玉医科大学国際医療センター(埼玉県日高市)は直線距離で2kmと近いことから、互いに機能を補い合う関係にある。一方、総合医療センターは2つの附属病院とは距離が離れているため、地域内の様々な患者に単独で対応しているのが特徴だ。
総合医療センター呼吸器内科の専用病床は39床で、呼吸器内科の現在の医師数は15人。専門医10人のほか、研修医、専攻医合わせて5人ほどが所属している。年間の入院症例数は859例で、肺がんが約70%を占めるが、呼吸器感染症、慢性閉塞性肺疾患(COPD)、間質性肺炎などの症例も一定数ある(2024年実績)。外来患者は1日当たり約700人で、年間症例数は1万9000例以上になる(同)。
埼玉医大教授で同センター呼吸器内科診療部長の植松和嗣氏は、「当院は規模が大きく様々な診療科がそろっている割に受診しやすいことから、患者さんがたくさん集まる病院です。数年前までは、紹介状無しの患者さんも受け入れていました。現在は、原則的に紹介状を持たない患者さんはお断りしていますが、引き続き地域内の施設からは、様々な疾患の患者さんが紹介されてきます。そういった環境での日々の診療はなかなか大変ですが、多種多様な呼吸器疾患、合併症例などが経験できることは、呼吸器内科の醍醐味だとも言えます。若い医師の教育面でも大きなメリットになっています」と話す。
埼玉医科大学総合医療センター呼吸器内科で教授兼診療部長を務める植松和嗣氏。
合併症例に対応するため個々の疾患をコントロールする能力を磨く
様々な呼吸器疾患を診ることの意義について、植松氏は次のように話す。「慢性的な呼吸器疾患は完治が難しいので、例えば、間質性肺炎で治療を続けていた患者さんに肺がんが見つかって、がんの治療が新たにスタートするといったことは珍しくありません。しかし肺がんの薬物療法、放射線療法などを実施すると、間質性肺炎を悪化させてしまうことがあります。ですから、肺がんの治療をしっかり行うためには、日ごろから合併する可能性がある疾患もたくさん診て、理解して、コントロールできるようにしておくことが望ましいのです」。
そして植松氏は、こう続ける。「間質性肺炎の他にも、COPDの患者さんが肺がんを合併することはとても多いです。COPDで肺に真菌感染が起こっている患者さんに、さらに肺がんが見つかったといったケースもあります。個々の疾患への対応は、1つの疾患を探求している専門家には到底かなわないかもしれません。しかし呼吸器疾患を幅広く理解し、幅広く対応する能力も、呼吸器内科医には大切だと考えています」。実際に同診療科では、肺がんの治療中に間質性肺炎が急性増悪したが、蓄積したノウハウの下、早期治療を行い救命できた事例が多数あるという。
心臓内科と連携する必要のある慢性心不全を合併した肺がん患者も受け入れ
総合医療センター呼吸器内科が、特に肺がんと他疾患との合併症例への対応に優れることは、域内の医療施設に知れ渡っている。そのため自院で対応が難しいと判断した他施設から、患者受け入れの打診が多くあるとのことだ。「呼吸器疾患同士の合併症例だけでなく、呼吸器以外の疾患との合併症例についても、他施設から紹介を受けることがあります」と植松氏は言う。
例えば、癌患者を多く受け入れている病院から、肺がんと慢性心不全を合併している患者の心不全が増悪してきたため、受け入れてもらえないかと打診があり、受け入れたケースがあった。その病院には心臓内科がなく、心不全をコントロールしつつ抗がん剤治療を継続するのが難しくなったためだった。
総合医療センター呼吸器内科は、院内の他診療科と良好な連携が取れているのも大きな特徴だ。上記の患者のケースでは、まず院内の心臓内科に紹介患者の慢性心不全を評価してもらい、さらに悪化した場合にサポートしてもらえることを確認して受け入れを決めた。同様のケースはこれまでに複数回あり、診療科間連携のノウハウも蓄積しているという。
「正直なところ、合併症を持つ患者さんの診療はかなり大変です。『どんどん受け入れます』『どんどん送って来てください』という状況ではありません。しかし地域で必要とされ、私たちの能力を頼って来られる患者さんがいるからこそ、私たちも刺激を受けながら診療を続けられます。全ての患者さんを引き受けられるわけではありませんが、最初から断わりはしません」(植松氏)。
様々な疾患の患者、様々な合併症の患者が集まる環境は、日常診療を非常に忙しく、緊張感の漂うものにしている。その診療環境は、得難い教育の場にもなっているようだ。「当診療科の研修医や専攻医は、『特定の疾患だけでなく、幅広く呼吸器疾患に対応できる医師になりたくて総合医療センターを選びました』と話してくれます。私は、呼吸器内科医のやりがいや魅力は、あまり疾患を専門分化せずに、気道から肺という『場』で起こる全ての疾患に対応することではないかと、個人的には考えています。ですから若い医師がそのように考えて当診療科を選んでくれるのは、とてもうれしいことです」(植松氏)。

埼玉医科大学総合医療センター呼吸器内科の症例カンファレンスの様子。(植松氏提供)
「定期非常勤勤務」を活用して地域の中小病院との連携を強化
総合医療センターは病床数が1000床を超える大規模病院だ。しかし診療科の数も多いので、呼吸器内科専用の病床数は限られる。ベッドが空いておらず、急に入院が必要になった患者に対応できないこともあるという。「慢性呼吸器疾患は、日ごろは通院に問題がなくても、ある日突然、症状が悪化して入院が必要になることが珍しくありません。加えて他施設からの紹介患者も多いので、病床のコントロールがなおさら難しいのです」。こう語る植松氏が力を入れているのが、診療科の医師の「定期非常勤勤務」という名称のアルバイトを活用して、地域の中小病院との連携を強めることだ。
具体的には、診療科の医師がアルバイトで週1回の勤務をしている病院に総合医療センターの患者を「紹介」し、受け入れてもらっている。患者を紹介した後も任せっぱなしにせず、週に1回アルバイトに行く医師が、紹介先病院の主治医と連携して患者を診続けるのがこの仕組みのポイントだ。逆に、そのような連携が図れる地域内の病院にアルバイトに行くよう、診療科の医師に推奨しているという。
連携している病院の1つは、総合医療センターから自動車で10分ほどの距離にある帯津三敬病院だ。同病院の病床数は99床と規模は大きくないが主要な診療科はそろっており、全病床が個室で、緩和ケアなどにも力を入れている。植松氏自身を含む数名の総合医療センター呼吸器内科の医師が、同病院で週1回のアルバイトを行っている。
連携がうまく機能した典型例として植松氏が挙げるのは、緩和ケアに入ったある肺がん患者のケースだ。もともと総合医療センターで植松氏が診ていたが、患者の同意が得られたため、帯津三敬病院に転院してもらうことになった。植松氏は週に1回のアルバイトを通じて、同病院での主治医と連携してその患者を見守っていた。
転院後しばらくして、患者から痛みの訴えに加え、神経症状などがあり、主治医と植松氏はがんが頭部に転移したことを疑った。しかし帯津三敬病院には放射線治療の設備がなかったため、患者にいったん総合医療センターに戻って入院してもらい、一定期間、検査と放射線治療を実施。その後、症状が落ち着いたタイミングで再び帯津三敬病院に戻って療養してもらうことになったという。
「大学病院と地域の中小病院が互いの病床をうまく活用して、より多くの地域の患者さんを診られるようにしたいというのが、以前から温めていた私の構想なのです。近年、だいぶ理想的な形になってきました。大学病院にとっては、病床が限られる中でも、より多くの患者さんを診ることができます。地域の中小病院にとっては、大学病院の診療科と連携することで、いち早く肺がんを発見したり珍しい呼吸器疾患にも対応できたりするなど、診療の質を高めることが可能になります。そして患者さんにとっても、見知った医師が1週間に1度様子を見に来てくれる安心感の下、病棟から検査室までの動線が短くなるなど、療養しやすさにおいて利点があります」と植松氏は言う。
免疫チェックポイント阻害薬の副作用対応では他診療科をサポート
様々な疾患の患者が多数来院する特徴から、総合医療センター呼吸器内科には製薬会社からの治験依頼が多くある。レアミューテーションを標的にした分子標的薬の治験では、県内で最も早く投与を開始したケースもあったとのことだ。
新薬の導入にも積極的だ。「患者さんのメリットになるのであれば、ガイドラインに沿う形で、できるだけ早く新薬を導入する方針です」と植松氏は言う。近年、新しい機序のがん治療薬として登場した免疫チェックポイント阻害薬についても、いち早く導入してノウハウを蓄積してきた。この分野において、同診療科のリーダー的な存在は教授の小山信之氏だ。
免疫チェックポイント阻害薬は頭頸部がん、腎細胞がん、ホジキンリンパ腫、悪性胸膜中皮腫などにも適応が広がっているが、肺がん治療薬としての適応が先行していたため、小山氏ら呼吸器内科の医師は投与時の注意点や副作用への対応のノウハウを蓄積できているという。そのため、免疫チェックポイント阻害薬を新たに使い始めた院内他診療科の医師から、コンサルテーションを依頼されることも少なくない。
「免疫チェックポイント阻害薬は、効果が大きく出る人では、副作用も出やすい傾向があります。ですから副作用のマネジメントがとても大切です。肺がん患者さんへの投与では、心筋炎や脳炎、重症筋無力症などが合併することがありますが、これまでのノウハウを活用して早期に発見し、適切に対応できています。当診療科が中心になって、診療科横断的な免疫チェックポイント阻害薬関連の院内勉強会も始めています」と小山氏は話す。
埼玉医科大学総合医療センター呼吸器内科教授の小山信之氏。
1992年 信州大学医学部卒業。2006年埼玉医科大学呼吸器内科講師。2008年埼玉医科大学国際医療センター呼吸器内科講師。2013年自治医科大学附属さいたま医療センター呼吸器科 准教授。2016年東京医科大学八王子医療センター臨床腫瘍科教授、東京薬科大学客員教授。2019年東京医科大学茨城医療センター臨床腫瘍科教授。2021年埼玉医科大学総合医療センター呼吸器内科教授、東京医科大学八王子医療センター臨床腫瘍科兼任教授。
若手医師の育成では様々な疾患に対応できる診療技術に重点
今後の抱負について植松氏は、若手医師の育成を挙げる。医師教育では、様々な疾患に対応できる基本的な手技の習得を重視している。呼吸器内科医として、しっかりと身に着けてもらいたい手技の1つは、気管支鏡検査だという。
気管支鏡検査は、がんの正確な診断などに役立つが、機材の定期的なメンテナンスが必要でコストと手間がかかる上に、検査を受ける患者にも苦痛が伴う。そのため、あまり積極的に実施していない施設もある。これに対し総合医療センターでは、通常の気管支鏡と比較して正診率が大幅に向上する「超音波気管支鏡」を常に稼働できる状態に置いているという。
「もちろん全ての患者さんに実施しているわけではありませんが、肺がんの疑いで実施するほかに、間質性肺炎などの疑いで画像だけでは診断がつかない場合や、肺炎の治療をしているがなかなか良くならない場合などには、気管支鏡検査を積極的に実施しています。若手医師にも、この検査の技術をしっかり身に着けてもらえるよう、教育に力を入れています」と植松氏は言う。
様々な疾患に対応できるよう、診療技術を身に着けることに懸命に取り組みつつも、日々の診療に喜びを感じてほしいというのが、若手医師に対する植松氏の願いだ。「当診療科では、様々な呼吸器疾患を診ることができます。その特徴を生かして、興味を持って呼吸器内科診療に取り組み、造詣を深めてもらいたいのです。私たちの仕事は、苦しんでいる患者さんがいらっしゃるので『楽しい』と表現するのは難しいのですが、若手医師には、新しいことを日々学ぶことに喜びを感じてほしいと思っています。そのための環境を先輩医師として私たちが提供し、個々の成長を後押ししていきます」。
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植松 和嗣(うえまつ・かずつぐ)氏
1988年日本医科大学医学部卒業。1988年日本医科大学臨床病理科(現呼吸器内科)研修医。1990年国立療養所松戸病院厚生技官。1992年日本医科大学呼吸器科(現呼吸器内科)研究生。1993年大洗海岸病院内科。1994年国立がんセンター研究所腫瘍遺伝子研究部研究生。1996年日本医科大学第4内科(現呼吸器内科)研究生。1997年日本医科大学第4内科(現呼吸器内科)助手。2000年米カリフォルニア大学サンフランシスコ校外科ポストドクトラルフェロー。2003年東海大学医学部呼吸器内科講師。2005年東海大学医学部内科学系腫瘍内科講師。2006年埼玉医科大学総合医療センター呼吸器内科助教授。2014年埼玉医科大学総合医療センター呼吸器内科教授。




























