感染症科の新設を目指して感染対策に奮闘

北海道大学病院では2025年4月、感染症への対応が重要性を増している現状を踏まえ、それまで准教授が務めていた感染制御部のポストを教授職に格上げした。その初代教授を務めているのが血液内科出身の遠藤知之氏だ。現在の北海道大学病院に、独立した感染症科はない。だが、院内感染防止や感染症診療の充実によって、将来的に感染症科を新設することを目標に、遠藤氏は日々奮闘している。

施設情報

北海道大学病院 感染制御部(北海道札幌市)

2021年に開院100周年を迎えた北海道大学病院。
◉データ
教授:遠藤 知之 氏
構成メンバー:13人

 2025年4月、北海道大学病院の感染制御部の部長に、同部の副部長だった遠藤知之氏が就任した。一見すると単なる昇格に見えるが、この人事には、感染症対策を充実させようとする北海道大学病院の強い意向が込められている。それまで部長ポストは准教授が務めていたのを、教授が務めるポストへと改め、より大きな権限を持たせることにしたのだ。

 前任の部長の定年退職に伴い北海道大学病院では、感染制御部の教授兼部長のポストについて全国公募を実施。同部の副部長で血液内科の診療准教授も務めていた遠藤氏が、当時の病院長や血液内科の教授などから「出たらどうか」と声をかけられて公募に応じ、初の教授兼部長のポストに就いた。

 多くの大学病院では、感染制御部のトップは感染症科や呼吸器内科の医師が務めることが多く、血液内科医がその任に当たることは珍しい。この点について、遠藤氏は次のように語る。「北海道大学病院には、感染症科がありません。そのため血液内科ではHIV感染症も多く診ますし、造血幹細胞移植を積極的に手がけていることもあって、真菌感染症やウイルス感染症などの患者もたくさん診ています」。血液内科出身の部長が実現した背景には、こうした事情があった。

北海道大学病院の感染制御部長を務める遠藤知之氏(中央)。
北海道大学病院の感染制御部長を務める遠藤知之氏(中央)。

抗菌薬の適正使用を支援する「ASTラウンド」に注力

 感染制御部のスタッフは現在、教授職と助教職の医師2人、副部長の歯科医師1人、看護師2人、薬剤師3人、臨床検査技師3人、事務職員2人という陣容だ。このうち看護師は、2人とも感染管理看護師(ICN)の資格を持ち専従で勤務しており、薬剤師のうち1人も専従だという。

 これらのスタッフが日々の感染対策に当たっているわけだが、その中核をなす活動が、院内各科から寄せられる問い合わせに対するコンサルテーションと、多職種からなる抗菌薬適正使用支援チーム(AST)が関与する「ASTラウンド」だ。遠藤氏は就任以来、特にこのASTラウンドに力を入れている。

 「感染制御部には毎日、抗菌薬についての問い合わせが3〜4件は入って来ますので、それらにコメントすることが業務の柱の1つです。もちろん、抗菌薬以外の感染対策に関する相談にも応じています。ASTラウンドでは、薬剤師が広域抗菌薬の使用状況をチェックして、使用期間が不適切に長い症例や、デエスカレーションを含め抗菌薬の変更が望ましいと思われる症例を毎日2〜3例ほどピックアップ。それらを医師と検討し、必要に応じて抗菌薬の中止や変更を提案しています」と遠藤氏は語る。

 血液培養陽性例を拾い上げ、処方された抗菌薬の妥当性を検討する「血培ラウンド」も、感染制御部が毎日行っている重要な業務だ。遠藤氏は「検体検査部門から毎日、全ての血培陽性例が上がってきますので、全例について処方を検討し、必要に応じてその結果を各診療科にフィードバックしています」と言う。

 さらに、感染制御部では週1回、感染対策チーム(ICT)が院内の全病棟および外来・中央診療部門を巡回する「ICTラウンド」も行っている。ICTラウンドについて、遠藤氏は「医師と看護師、薬剤師、臨床検査技師のチームがチェックリストに基づき、水回りの状態や感染性廃棄物の処理などが適切であるかどうかを確認しています」と話す。北海道大学病院では近年、手指衛生に対する医療従事者の意識がやや弱いことが指摘されており、病棟ラウンドで手指衛生の直接観察を行うことによって改善を図っているという。

 こうした従来からの活動に加え、遠藤氏は就任以来、新たに「多職種カンファレンス」にも取り組んでいる。チーム医療としての感染制御を実現するための試みで、ASTラウンドの延長線上に位置づけられる。1つの症例を異なる職種ならではの視点から検討することで、抗菌薬の適正使用につなげるのが狙いだ。「例えば同種の菌が2〜3例で検出されたとき、それが院内感染かどうかを特定するための詳細な検査方法を臨床検査技師は提案できます。また、皮膚の感染が良くならない場合に、薬の種類だけでなく、病棟での処置が適切かどうかも確認した方がいいといった点に気づけるのは看護師ならではです」と、遠藤氏は多職種が参加することの効用を語る。

感染制御部のスタッフたち。
感染制御部のスタッフたち。

種々の会議や独自マニュアルで感染対策の情報を共有

 これら日々の業務の中で得られた情報は、感染対策に携わる職種が月に一度集まる「ICT会議」や、院内各部門に置かれている感染対策マネジャーが集まる「感染対策マネジャー連絡会議」で共有される。また、重要な事柄については周知徹底を図るため、毎週「感染情報リポート」と題した電子メールを配信しているほか、「ICTニュース」という掲示物を年2回、院内各部署に配布している。さらに半年ごとに、感染対策をテーマにした院内講演会も開催している。対象は事務職員や受付スタッフなども含む全職員で、参加率を100%にするためにeラーニングも併用する徹底ぶりだ。

 一方、各診療科へのコンサルテーションや3種類のラウンドを通じて得られた知見は、感染制御部が編集している「北大病院感染対策マニュアル」にも反映される。感染制御部では、各種診療ガイドラインの改訂があった場合や、院内の検査機器が更新された場合なども含め、このマニュアルを週1回のペースで改訂。マニュアルは大半を北海道大学病院のホームページ上で公開しており、院外からもアクセスが可能になっている。このマニュアルについて、遠藤氏は「項目ごとに改訂履歴が明示されており、スマホでも手軽に照会できるので、広く参考にしてもらえていると思います」と語る。

感染制御部が改定を手がける「北大病院感染対策マニュアル」。
感染制御部が改定を手がける「北大病院感染対策マニュアル」。

なお、北海道大学病院では感染対策について、内容を必要最低限に簡素化した「ポケットマニュアル」も作成している。「ポケットマニュアルは感染対策と医療安全対策をセットにした小冊子ですが、例えば手指衛生が必要な場面や針刺し事故が起きたときに取るべき手順などを、その場でパッと見られるようにしてあるのが特徴です」と遠藤氏は言う。

 これら一連の取り組みによって、どの程度の成果が上がっているのか。この点について遠藤氏は、部長就任から数カ月しかたっていないため定量的な評価はし難いとしながらも、確実な手応えを感じているようだ。「ASTラウンドの効用である抗菌薬の適正使用という面では、広域抗菌薬のうち使用量が大幅に減った品目が出てきており、一定の効果は得られています。ASTのメンバーである薬剤師が頑張ってくれていて、デエスカレーションが可能な症例には、こちらからどんどん介入するようにしています」と遠藤氏。「耐性菌が減ったかどうかまでを短期間では評価できませんが、近いうちにデータをまとめたいと考えています」とも付け加える。

感染制御部のカンファレンス風景。
感染制御部のカンファレンス風景。

地域の医療機関とのネットワーク構築も

 北大病院感染対策マニュアルを院外に公開していることからも分かるように、感染制御部では対外的な活動にも力を入れている。診療報酬の感染対策向上加算の算定要件に基づいて外部医療施設との合同カンファレンスを実施したり、指導強化加算の算定に向けて出張研修を行っているのが、それに当たる。加算算定という病院としての増収対策がきっかけではあるものの、これらの取り組みにより地域の医療機関との連携を深め、地域における感染対策の質の向上につなげている。

 また、遠藤氏は血液内科医として長くHIV診療に携わってきた経緯から、北海道大学病院の「HIV診療支援センター」の副センター長を兼務しており、その立場でも地域の医療機関との連携を図っている。HIV診療についての講演依頼に応じたり、HIV患者を対象にした透析ネットワークを構築したり、歯科医との協力関係を強化したり、といった具合だ。福祉サービス分野の関係者と協力し合うことも多いという。

 その遠藤氏は今、HIV診療で培ったのと同様のネットワークを、感染症診療についても展開することを計画している。「これまで10年以上にわたりHIV診療のネットワーク作りに取り組んできましたが、今や行政も巻き込み、透析ネットワークを例にとると北海道全体で60施設をカバーする規模になっています。そこで得たノウハウを生かして、感染症診療でも何かできないかと策を練っているところです」。

 そしてその先に見据えるのは、HIV診療と感染症診療の機能を統合することによって、北海道大学に存在しない感染症科を新設することだ。「大学でなく病院だけに感染症内科の新設を申請することもできなくはありませんが、それではスタッフの確保が困難です。やるからには、大学院に感染症内科学教室を作ってマンパワーを確保して、きちんと外来・病棟を運営できる体制にする必要があります。教室の新設は簡単ではありませんが、なんとか実現したいと考えています」と遠藤氏は意気込む。

 感染症内科学教室の新設には、感染症診療を担う人材育成の期待もかかる。現在、北海道大学の若手医師が感染症診療を志しても、幅広い疾患を診られる受け皿がないため、結局は他大学に出て行ってしまうケースが少なくないという。遠藤氏は「HIV診療だけでなく、他の感染症も幅広く学べる教室を立ち上げ、若手医師の教育に当たれる仕組みを作りたいですね」と話している。

 独立した感染症科がない大学病院で、血液内科出身の医師が率いる感染制御部が今後、どのような展開を見せていくのか。遠藤氏の挑戦から目が離せない。
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遠藤 知之(えんどう・ともゆき)氏

遠藤 知之(えんどう・ともゆき)氏
1994年北海道大学医学部卒業。同大学医学部付属病院第二内科、伊達赤十字病院内科、釧路赤十字病院内科を経て1997年北海道大学大学院医学研究科入学。2000年財団法人エイズ予防財団リサーチレジデント、2002年北海道大学病院第二内科医員、2003年同助手。2004年米国カリフォルニア大学サンディエゴ校留学。2006年北海道大学病院第二内科医員、2007年同助教、2011年北海道大学病院血液内科助教。2013年北海道大学病院感染制御部副部長(兼任)。2014年北海道大学病院血液内科講師、2016年同病院HIV診療支援センター副センター長(兼任)、2019年同病院血液内科診療准教授。2025年北海道大学病院感染制御部教授。

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