「Acute Care Surgery」で島根県の重症外傷診療に邁進

島根大学医学部附属病院高度外傷センターは我が国の「Acute Care Surgery」の草分け的な施設の1つで、重症外傷や重症急性腹症といった外科的救急疾患の診療を専門に手掛ける。Acute Care Surgeryは「外傷外科」「救急外科」「外科的集中治療」の3つを柱とする新たな外科領域であり、欧米で確立され日本でも認知度が高まってきている。高度外傷センターではセンター長の渡部広明氏のリーダーシップの下、ハイブリッドERや防災ヘリ、ドクターカーを駆使してチーム一丸となって島根県全域の重症外傷患者の救命に尽力している。

施設情報

島根大学医学部附属病院 高度外傷センター(島根県出雲市)

島根大学医学部附属病院 高度外傷センター(島根県出雲市)
1979年に島根医科大学医学部附属病院として開院。島根医科大学と島根大学の統合により、2003年に現在の名称に変更された。病床数は600床を有する。

 2016年1月、島根大学医学部は日本初の「Acute Care Surgery講座」を開設、4月には同附属病院にAcute Care Surgeryを臨床実践する「高度外傷センター」を設置した。

 当時、島根県は全国の中でも人口が少ない割に人口対比の外傷死亡率が高く、島根大学でも県内の外傷死の低減を課題にしていた。しかし、医学部附属病院の救命救急センターは人手不足の状態が続いており、外傷死亡率の改善が思うように進んでいなかった。そこで、日本でも徐々に注目を集めていたAcute Care Surgeryを導入し、救急と外傷診療の高度化を図ることを目的に、Acute Care Surgery講座と高度外傷センターを開設した。

Acute Care Surgery導入により救急を内科系と外科系で分担

 Acute Care Surgeryへの関心が高まっている理由の1つに、外科領域が消化器外科や心臓血管外科、呼吸器外科などに専門細分化したため、外傷患者を包括的に手術・管理できる外科系ジェネラリストの必要性が顕在化したことが挙げられる。日本では2009年にAcute Care Surgery研究会が発足、2013年には学会に発展し、活動の幅を広げている。

 島根大学医学部附属病院ではAcute Care Surgeryの導入により、それまで救急医療を一手に引き受けていた救命救急センターが内科系と外科系の2つの部門に分けられた。内科系は救急医学講座が運営する従来の救命救急センター(現:救急・総合診療センター)が担当、外科系はAcute Care Surgeryを実践する高度外傷センターが担当することになったのだ。同時に、人材育成のため医学部にAcute Care Surgery講座が設置された。こうして内科系と外科系を広くカバーする組織体制ができ上がったが、内科系を担当する救急医学講座の医師は今も不足しているため、他の診療科から医師の派遣という形でサポートを受けている。

 「地方は都市部と異なり、様々な診療科の力を借りて救急医療が成り立っている現状があります。しかし内科系の医師にとって、外傷診療はハードルが高くなりつつあります。そこで『内科系を集中して診ていただければいいですよ』と救急も得意領域に限定することで、先生方の負担が大きく軽減されると思うのです」。こう話すのは、高度外傷センターのセンター長とAcute Care Surgery講座教授を務める渡部広明氏だ。島根医科大学(現:島根大学)出身の渡部氏は、大阪府泉州救命救急センター(大阪府泉佐野市)で外傷診療に携わり、りんくう総合医療センター(同)のAcute Care Surgeryセンター長も務めたスペシャリストだ。


高度外傷センター センター長、Acute Care Surgery講座 教授を務める渡部広明氏。

都市部でも地方でも外傷は人口に対して一定の頻度で発生する

 渡部氏は、大阪府から島根県に赴任してきた2016年当時を次のように振り返る。「人口が少ない島根でAcute Care Surgeryなんて本当にうまくいくのかと、みんなから言われたんですよ。確かに、救命救急センターは人口100万人に対して1つが適切とされているのに、当時は島根県の人口が70万人程度で、その中でも島根大学医学部附属病院がある出雲市は17万人しかいませんでしたから」。

 だが、渡部氏には成算があったという。「都市部か地方かにかかわらず、外傷は人口に対してほぼ一定の頻度で発生することが分かっています。私が勤務していた大阪府のりんくう総合医療センターは人口85万人の医療圏にあり、重症外傷による救急搬送または入院を要する症例は年間約850例でした。ですので、我々も出雲市だけではなく島根県全域を対象にすれば人口70万人の医療圏になるので、りんくう総合医療センターと同じくらいの患者数になるのではないかと考えました」(渡部氏)。

 そして実際に、高度外傷センターで診療した外傷患者は初年度から年間約2000例、そのうち救急搬送や入院が必要な患者は約800例に上ったという。現在では、年間1800例の外傷患者を診療し、救急搬送または入院を要する患者も810例に達している。

 外傷の種類こそ都市部と異なるが、地方だからといって軽症例が多いわけではないそうだ。「地方の方が交通事故は多いですし、牛に突かれて心臓に穴が開いたり、コンバインごと田んぼに落ちたなんていうケースもあります。しかも、これらが意外と重症なんですよ」と渡部氏。外傷の重症度評価で重症に該当するAbbreviated Injury Scale(AIS)が3以上の患者やInjury Severity Score(ISS)が16以上の患者数も、りんくう総合医療センターとほぼ同じであるという。

ドクターカーと高度外傷センターのスタッフたち。ドクターカーの内部にはカメラが設置され、院内から患者の状態を確認できる。(渡部氏提供)

細部にまで設計にこだわったハイブリッドERを導入

 スタッフに関しては、開設から1年で外傷外科手術治療戦略(Surgical Strategy and Treatment for Trauma:SSTT)コースのインストラクターも務める高い実力の医師を集め、臨床も教育も担える外傷外科のプロフェッショナル7人で基盤を固めた。SSTTコースとは、渡部氏が泉州救命救急センターの勤務時代に開発した外傷外科の教育カリキュラムで、外傷外科手術に必要な治療戦略と基本的手技の習得および外傷外科手術チームの養成を目的としており、日本外科学会外科専門医制度の認定講習にもなっている。

 高度外傷センターは設備も充実させた。2017年8月に完成した専用棟は3階建てで、1階の外傷診療フロアには国立大学法人の病院では初となる「ハイブリッドER」を導入した。ハイブリッドERでは患者を移動させることなく救急初期診療、CT撮影、手術、血管造影、IVR治療を行えるため、患者の身体的負担の軽減や迅速な治療が可能となる。

 さらに、ハイブリッドERが使用中でも患者をさらに受け入れられるよう「外傷初療室」を設け、ベッドを3台配置した。外傷初療室も手術室空調になっているため緊急手術が可能で、これにより同時に4人の患者に対応できる。

 高度外傷センター棟にはエレベーターはあるものの建物内に階段はなく、外階段を採用している。これは、建物内の階段スペースを省くことで、ハイブリッドERをより広くするための工夫だ。ハイブリッドERは10m四方の広さを有し、モニターや機器は可能な限り天井から吊り下げ、人やカートが移動しやすい造りになっている。

 ハイブリッドERは回転式の手術台を採用しているのも大きな特徴だ。手術台の両側にCT装置とCアーム(X線撮影装置)を向かい合わせて配置し、手術台を180°回転させて装置を使い分けたり、手術時に装置が邪魔にならないよう患者を配置できる設計にした。これらの設計は全て渡部氏が手掛けたという。また、ドクターカーも新たに導入して、早期に医療介入を行う病院前診療の拡充を図った。

 このようにして人材と設備の両面で基盤を固め、高度外傷センターは開設から15カ月間で外傷患者2298例の総救命率99.2%、入院患者の予測生存率86.0%に対して実生存率95.9%という良好な成績を収めるに至った。そして、学会発表などを通じて診療実績を発信していくうちに注目を浴びるようになり、「SSTTコースのインストラクターも務める医師からハイブリッドERで外傷を学べる」と若手医師を中心に全国から人が集まるようになった。今では医師27人(出向中含む)、ホスピタル・パラメディック(院内救急救命士)6人を抱えるまでになっている。


ハイブリッドERでは救急初期診療からCT撮影、手術、血管造影、IVR治療まで行うことができる。

「コマンダー」を頂点とした指揮命令系統でチーム力を発揮

 外傷診療を行う上で渡部氏が重視するのが「テクニカルスキル」と「ノンテクニカルスキル」だ。テクニカルスキルは手術手技などを、ノンテクニカルスキルはコミュニケーションやリーダーシップ、チームマネジメントなどのスキルを指す。

 「外傷診療ではチーム医療が非常に重要になりますが、チーム医療を円滑に遂行するためにはノンテクニカルスキルも欠かせないのです」(渡部氏)。先述のSSTTコースはテクニカルスキルだけでなくノンテクニカルスキルの強化も図ることが大きな特徴であるため、高度外傷センターの看護師にもSSTTコースの講義を受けてもらったという。

 さらに渡部氏は、チーム医療は「コマンダー(指揮官)」を頂点とした指揮命令系統下で行うことが重要だと説明する。「20年ほど前の日本のERでは、多発外傷患者が救急搬送されると現場に混乱が生じ、怒号が飛び交うような光景がよく見られました。複数の診療科が関わるため診療科間で意見の対立が起こったり、優先順位が決まらなかったりして、看護師も『誰の指示に従えばいいのか分からない』──と混乱しているうちに患者の状態が悪化してしまったり。また、最終的にどこの診療科が患者を引き取るのかでもめるなどの問題も生じていました。これはコマンダー不在であったが故に生じた混乱であり、日本の外傷死亡率が高かった理由の1つになっているとも言われます」(渡部氏)。

 そこで高度外傷センターでは、ベテラン医師が務めるコマンダーが治療戦略のロードマップを最初に提示し、それを基にチーム全員が指揮命令系統の中で動く方針を取っている。「コマンダーが治療の優先順位を決定し、『腹腔内の大量出血の対応が優先なので、おなかをまず止血して、それから胸の止血、その後に開頭します』とロードマップを最初に示せば、混乱が生じることはありません。全員が次に何をすればいいか理解しているので、止血も早くできますし、手術時間の短縮にもつながります。怒号が飛び交うこともないので、うちのチームは淡々と治療していますよ」と渡部氏は話す。

 高度外傷センターにはコマンダー席が設置され、いくつものモニターが並び、マイクも置かれている。モニターにはハイブリッドERと外傷初療室の各ベッドに備え付けたカメラの映像が映し出され、常に状況を確認できるようになっている。また、別のモニターには患者の診療データも映し出されているため、必要な情報を一元的に把握可能だ。コマンダーはこれらの情報を集約し、マイクでチームに指示を出す。同様に、ドクターカーの内部にもカメラを設置しているため、搬送中の様子を確認しながらドクターカー到着までに検査や手術の準備を進めておけるようにもなっている。

 注目されるのは、コマンダーが治療に参加することはない点だ。これは客観的に状況を把握し、冷静かつ的確に判断を下せるようにするためだという。基本的にコマンダーは上級医が担当し、実際に治療を担当するのはコマンダーと同等レベルか中堅の医師だ。

 渡部氏は将来のコマンダーの養成にも余念がない。中堅の医師にコマンダー席に座ってもらい、トレーニングを行っているそうだ。上級医がその隣に座って指導はするが、実際にマイクでチームに指示を出すのはあくまでもコマンダー席に座った医師だという。「これは指揮命令系統を崩さないためであり、上級医だからといって、コマンダー席にいない医師が横から口出しをしてはいけません」と渡部氏は強調する。

 渡部氏が外傷診療でもう1つ重視するのが「実況中継」だ。「治療を担当する医師が『開腹しました。肝臓から大出血しています。手で押さえて止血しています』と声に出せば、チームメンバーが状況を把握して、輸血を追加で準備するなど先を読んで動けるようになります。コマンダーも、より状況を理解しやすくなります」と渡部氏。「予定手術はあらかじめ患部や手順が分かっているため医師が黙々と手術を行ってもたいていは問題なく進行しますが、緊急手術では事前の情報がほとんどないので、チームメンバーがアクションを起こすことが難しくなります。そのため実況中継で情報共有すれば、チームの力を発揮しやすくなります」(渡部氏)。


多くのスタッフが携わるハイブリッドERでの診療風景。(渡部氏提供)

将来はAcute Care Surgeryを独立した診療科に

 高度外傷センターは活動の幅を次々に広げている。院内心停止などの入院患者の急変に対して早期発見・早期介入するRapid Response Systemでの活動や、災害派遣医療チーム(DMAT)での災害医療支援活動に加えて、今後はTSAT(Trauma Surgery Assistance Team)事業への関わりもいっそう強めていきたいと渡部氏は話す。TSAT事業は厚生労働省からの委託による「外傷外科医等養成研修」から誕生した外傷外科チームの派遣事業で、G7サミットや万博など大規模イベントからの要請に応じている。Acute Care Surgery講座としても、TSATの養成に貢献していきたいとのことだ。

 「島根大学医学部附属病院の高度外傷センターが始まって10年を迎えます。日本でもAcute Care Surgeryのフィールドは確立されてきており、これを学びたいという若手医師が非常に増えています。将来的には消化器外科や胸部外科と並んでAcute Care Surgeryが、1つの専門診療科として根付いていくでしょう。Acute Care Surgeryを学びたい方は、メッカである島根大学にぜひお越しください」と渡部氏は呼び掛けている。

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渡部 広明(わたなべ・ひろあき)氏
1994年島根医科大学医学部卒業、同大学第一外科研修医。1995年島根県立中央病院外科研修医、1996年島根医科大学大学院(2000年9月学位取得)、2000年同大学医学部附属病院第一外科医員。津和野共存病院外科医長、大阪府立泉州救命救急センター医長を経て2012年りんくう総合医療センターAcute Care Surgeryセンター長。同センター外傷外科部長、副所長兼務を経て2016年島根大学医学部Acute Care Surgery講座教授、同大学医学部附属病院高度外傷センター長。2017年よりハイケアユニット管理部長、2018年より災害医療・危機管理センター長を兼務。

 

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