造血幹細胞移植後の新たなGVHD予防法を追求

札幌北楡病院の血液内科は、1986年に初めて同種造血幹細胞移植を実施して以来、約40年にわたり北海道の血液疾患診療の中核を担ってきた。専任医師や経験豊富なスタッフによる専門性の高いチーム医療の下、造血幹細胞移植の分野で全国トップクラスの症例数と実績を誇る。特に近年は、移植後シクロホスファミド(PTCy)によるGVHD(移植片対宿主病)予防の導入と普及に積極的に取り組み、道内における移植医療の進化をリードしている。

施設情報

社会医療法人北楡会 札幌北楡病院 血液内科(北海道札幌市)

社会医療法人北楡会 札幌北楡病院 血液内科(北海道札幌市)
札幌北楡病院は17診療科、病床281床を擁する。骨髄バンクや臍帯血バンクの移植認定施設に指定されており、血液内科の造血幹細胞移植の治療実績は全国トップクラスだ。

 札幌北楡病院の血液内科は、281床の中規模民間病院でありながら、血液内科に専任医師10人以上を擁し、血液がんや難病指定疾患を含む様々な血液疾患を対象に高度先進医療を提供している。入院患者は常時120~130人、年間の血液疾患の受け入れ患者数や造血幹細胞移植の症例数は継続して道内最多であり、2024年には61件の造血幹細胞移植を実施した。豊富な症例数と移植医療における実績、4人の造血細胞移植コーディネーターを含む経験豊かなメディカルスタッフの存在が同院の最大の強みだ。

 杉田氏らが力を入れるテーマの1つが、急性白血病などの治療で選択されることが多い同種造血幹細胞移植におけるGVHD(移植片対宿主病)の予防だ。GVHDはドナー由来のT細胞が引き起こす合併症で、皮膚、消化管、肝臓などが障害される。重症化すると患者のQOLを著しく損なうため、いかにGVHDを予防するかが移植医療の成否を分ける。


札幌北楡病院血液内科部長の杉田純一氏。

深刻化するドナー不足と移植医療の課題

 GVHDの予防法が注目される背景には、深刻なドナー不足の問題がある。少子化により兄弟姉妹間でのHLA適合ドナーが見つかりにくくなり、骨髄バンクドナーの増加も見込めない。一方で、移植医療の進歩や社会情勢の変化により同種移植の適応年齢は拡大し、現在は65~70歳を上限とする施設が多い。「移植を必要とする患者は増加する一方で、ドナーは不足している。これが現在の移植医療が直面している課題なのです」と杉田氏は指摘する。

 この状況を打開する鍵となるのが、HLAの半分が不一致である造血幹細胞を移植する、ハプロ移植である。日本造血・免疫細胞療法学会による「造血細胞移植ガイドライン HLA不適合血縁者間移植(第3版)」では、最優先ドナーはHLA適合血縁者、第2優先ドナーはHLA遺伝子型適合非血縁者とされているが、HLA適合ドナーを得るのは難しい。一方、HLA半合致ドナーは、親子では100%、兄弟姉妹では50%の確率で得られるが、従来はGVHDリスクが高く、一部の施設でのみ実施されるに留まっていた。

 この状況を変えたのが、杉田氏らが取り組む移植後シクロホスファミド(PTCy)を用いた新しいGVHD予防法である。ハプロ移植のGVHDリスクを大幅に低減できるようになったことで、近年ハプロ移植が国内外で急速に普及している。日本でも2020年以降、ハプロ移植数がHLA適合移植数を上回り、血縁者間移植として最多となっており、移植医療において大きなパラダイムシフトが起こっている。

PTCyとの出会いと初症例が示した可能性

 PTCyを用いたGVHD予防法は、血縁者間ハプロ移植におけるGVHD予防法として2000年代後半に米国で臨床応用が開始された治療法だ。造血幹細胞の移植後3日目と4日目にシクロホスファミドを投与することで、GVHDを引き起こす活性化されたドナーのT細胞を選択的に除去できる。この治療法は2024年2月に保険診療で使えるようになったが、杉田氏は北海道大学時代から10年以上にわたりこの治療法の開発と普及に携わってきた。

 杉田氏は2001年に北海道大学を卒業してすぐに血液内科に入局し、現在の初期研修に当たる時期から同種移植を担当してきた。当時の移植医療は安全性が低く、移植そのものの合併症で命を落とす患者が少なくなかった。

 転機となったのは2012年8月、北大血液内科教授に豊嶋崇徳氏が就任し、研究テーマの柱の1つとして、当時注目され始めていたハプロ移植におけるPTCyによるGVHD予防法を挙げたことだった。シクロホスファミドは1950~60年代から存在する古い抗がん剤で、従来は移植前処理に使用されていたが、2008年にJohns Hopkinsのグループによりパブロ移植の後に投与することで従来よりも優れたGVHD予防効果を示すことが報告された。

 杉田氏は、「当時のハプロ移植は極めてGVHDリスクが高く、患者の負担が非常に大きかったため、実は当初はあまり気が進まなかったのです」と振り返る。しかし、2012年12月に北大で初症例を実施し、考えが変わった。

 この最初の患者は、臍帯血移植を2回受けたものの再発し、緩和医療も選択肢となるほど厳しい状態であった。しかし、PTCyによる血縁者間ハプロ移植により寛解が得られ、14年経過した現在も健在だという。「北大病院で1例目にPTCyを行ったときは、正直驚きました。それまで私が経験したハプロ移植は、移植後の拒絶反応(GVHD)が強く、患者が重い合併症に苦しむことが多かったのですが、PTCyを行ったこの症例では問題がほとんど起こらず順調に治療が進んだのです。その経過を見ながら、新しい治療法の可能性を感じたことを鮮明に覚えています」と杉田氏は話す。

 PTCyの最大の特徴は、移植したドナー由来のT細胞の選択的除去のメカニズムにある。「移植後にシクロホスファミドを投与すると、患者の体内で強く反応したGVHDを起こしやすいT細胞が選択的に除去されるが、感染症と闘ったりする有用なT細胞や制御性T細胞は温存される」と杉田氏は説明する。

札幌北楡病院血液内科の院内カンファレンスの様子。(杉田氏提供)

全国規模の臨床試験でデータを蓄積、医師主導で保険診療での使用が可能に

 初症例の成功を受け、杉田氏らは2013年から7つの全国多施設共同臨床試験(第Ⅱ相)を複数立ち上げ、ハプロ移植におけるPTCyを用いたGVHD予防法に関するデータを蓄積。日本人における安全性と有効性は欧米とほぼ同等であることが示された。

 臨床試験では、日本人に合ったレジメンも検討した。2013年に始めた臨床試験では、PTCy 50mg/kg×2日(計100mg/kg)を使用していたが、一部の患者で重症心筋障害が発生した。そこで、2016年と2017年に始めた臨床試験ではPTCy を20%減量したレジメンを設定。PTCyを40mg/kg×2日(計80mg/kg)に減量してもGVHDは増加せず、心合併症による早期死亡が減少する可能性が示された。「心毒性の観点から減量したほうが有利であると考え、現在、当院では全例で減量したレジメンを使用している」と杉田氏は話す。

 杉田氏は、日本造血・免疫細胞療法学会の社保委員会委員として社会保険診療報酬支払基金に診療報酬上の評価を要望。国内外の臨床試験の成績をもとに2021年9月に同支払基金の審査情報提供事例に掲示され、血縁者間ハプロ移植におけるPTCyを保険診療で行うことが可能となった。現在は、保険診療で行える治療対象の範囲が拡大され、HLA適合移植や骨髄バンクからの非血縁骨髄移植などに対してもこの治療が保険診療で行えるようになっている(臍帯血移植を除く)。

持続可能な移植医療を目指してドナー負担の軽減にも注力

 もう1つ杉田氏が力を入れるのが、ドナーの負担軽減のための取り組みだ。我が国の同種造血幹細胞移植数は、2023年のデータで年間約3700件に達するが、その内訳には大きな変化が起きている。2013年と2023年を比較すると、骨髄移植(血縁者間+非血縁者間)が1636件から943件へ減少する一方、末梢血幹細胞移植(血縁者間+非血縁者間)は770件から1382件へ増加している。末梢血から造血幹細胞を採取する技術やGVHD予防法が進歩したことを背景に、負担が大きい骨髄よりも末梢血から造血幹細胞採取を希望する人が増えていると考えられる。

 札幌北楡病院では4人の造血細胞移植コーディネーターが中心となり、末梢血幹細胞採取によるドナーの負担軽減に積極的に取り組んでいる。一般に骨髄採取には全身麻酔による手術が必要で、3泊4日の入院を要する。これに対し、末梢血幹細胞採取では全身麻酔手術が不要のため、ドナーの身体的・心理的負担を大幅に軽減できる。

 また同院では、長時間作用型G-CSF製剤であるペグフィルグラスチム(ジーラスタ)を使用することで、ドナーの負担を減らしている。従来は造血幹細胞を増やすために5日間連続でG-CSF製剤の注射が必要で、その間は入院または毎日の通院が求められていた。しかし、ペグフィルグラスチムは1回の注射で効果が持続するため、細胞採取前の通院回数を1回に減らすことができ、外来での細胞採取が可能になった。具体的には金曜日に注射を投与し、火曜日に外来で細胞採取を行うことで、2回の外来受診で完了する。入院が不要となることでドナーの時間的負担は劇的に軽減される。

 広大な医療圏を持つ北海道において専門的な移植医療を提供するためには、地域連携による工夫も重要となる。遠方のドナーに対しては、帯広市や旭川市などの連携病院でG-CSF製剤の注射をしてもらい、採取日のみ札幌北楡病院を受診してもらう体制も整えている。「家族のために提供したいという気持ちはあっても、全身麻酔の手術や長期の入院となると、仕事を持つドナーにとっては大きな負担です。外来で、しかも1日の休暇だけで対応できるとなれば、状況は大きく変わります」と杉田氏は強調する。

 札幌北楡病院ではこうした工夫により、社会生活への影響を最小限に抑えながら移植医療を実現している。「当院は、ドナー負担軽減の取り組みを全国で一番積極的にやっている病院だと自負しています」と杉田氏は話す。


札幌北楡病院の造血細胞移植コーディネーターたちと杉田氏(右手前)。(杉田氏提供)

豊富な症例と充実した体制で臨床力を磨く研修環境

 今後の目標として杉田氏が挙げるのが、新しい治療法の普及と若手医師の教育だ。杉田氏は、「多くの方の協力を得て蓄積したデータにより、PTCyの日本人における有効性や安全性を確認することができ、保険診療でPTCyを行うことが可能になりました。私の次の役割は、これまでの研究で確立した治療法を実臨床に普及させることです。そのためには専門的な治療を集中して行える環境と医師の教育が非常に重要であり、札幌北楡病院はまさに理想的な場であると思います」と語る。

 同院血液内科は、骨髄バンクや臍帯血バンクの移植認定施設として、血液専門医による質の高い医療を実現しており、移植医療だけでなく血液内科の様々な治療を経験することができる。北大病院が幅広い血液疾患の治療を担うのに対し、札幌北楡病院は造血幹細胞移植を中心としたより専門領域に特化しており、医師にとって高度な実践経験を積める場となっている。

 また、4人の造血細胞移植コーディネーターをはじめ、看護師、薬剤師、臨床工学技士など多職種連携によるチーム医療体制が高いレベルで実践されており、医師は診療と患者ケアに専念できる環境が実現されている。民間病院ならではのグループ制の診療体制や経験豊富なメディカルスタッフから学ぶことは多く、血液内科医として幅広い臨床経験を積むことができる環境がある。 

 北海道大学病院をはじめとした道内の医療機関との緊密な連携や人材交流も大きな強みだ。同院は北海道大学病院の医師臨床研修の協力病院となっており、北海道大学病院で初期研修を受けた後、関連する市中病院で経験を積んだ5~7年目の医師が、札幌北楡病院で豊富な症例を通じて実践力を磨き、さらにキャリアを発展させていくケースが多い。

 若手医師や専門医を目指す医師が学びに来る環境は、既存のスタッフにとっても刺激となっている。「メンバーの入れ替わりが活発なことで常に新しい刺激や学びがあり、それが組織全体の活性化につながっています。若手医師がここでの経験を経て自信をもって次のステージへと進んでいけるような、そんな組織を作っていきたいと思っています」と杉田氏は話している。

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杉田 純一(すぎた・じゅんいち)氏
2001年北海道大学医学部卒業。同年北海道大学血液内科入局。市立札幌病院、釧路労災病院などを経て、2005年から北海道大学病院で血液疾患および移植医療に従事。2022年より札幌北楡病院血液内科部長。

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