倉敷中央病院血液内科は2021年に、民間病院で初めてCAR-T細胞療法を導入した。腫瘍細胞に発現する抗原と結合するキメラ抗原受容体を、患者から採取したT細胞に発現させ、再び患者の体内に戻して腫瘍細胞を特異的に攻撃する治療法である。同院では、従来の薬物療法では治療が困難であった血液がん患者に新たな治療選択肢を提供することで、地域の血液がん診療を支える存在となっている。
施設情報
公益財団法人 大原記念倉敷中央医療機構 倉敷中央病院 血液内科(岡山県倉敷市)
公益財団法人 大原記念倉敷中央医療機構 倉敷中央病院 血液内科(岡山県倉敷市)
2023年に創立100周年を迎えた倉敷中央病院。病床数は1172床で、血液内科は42床の準無菌室と3床の完全無菌室を有する。(同院提供)
倉敷中央病院は、岡山県西部の中核医療機関として高度急性期医療や先進医療を担う民間病院である。病床数は1000床を超え、1日の平均外来患者数は約2500人、年間の新規入院患者数は約2万8000人と、全国でも有数の規模を誇る。同院の血液内科は1年間に新規入院患者約1500人を受け入れ、常時70人ほどの入院患者を抱える。患者は岡山県の倉敷市以西の地域を中心に、広島県や香川県からも訪れる。
CAR-T細胞療法に期待を寄せるも、残る懸念
2021年、倉敷中央病院血液内科はCAR-T細胞療法を導入した。これは、遺伝子技術を用いて患者のT細胞をCAR-T細胞に改変し、腫瘍細胞を特異的に認識・攻撃する特性を持たせ、腫瘍細胞の傷害を促す新たな治療法である。CAR-T細胞自身も高い増殖力を持つため、抗腫瘍効果をさらに高められるのが特徴だ。日本では2019年に最初のCAR-T細胞製剤が承認され、現在は5種類の製剤が使用可能だ。適応症は、びまん性大細胞型B細胞リンパ腫(DLBCL)や濾胞性リンパ腫、多発性骨髄腫などの血液がんである。
血液内科主任部長を務める前田猛氏は、CAR-T細胞療法について「非常に画期的な治療法が登場したと思いました。県内では岡山大学病院が先行してCAR-T細胞療法を導入していましたが、2020年には当院でも導入しようと、先代の主任部長を中心に動き出しました」と話す。
「実を言うと、私個人としては当院でもCAR-T細胞療法を行うべきか、明確な答えを出せずにいました。CAR-T細胞療法のような高度な治療は大学病院などをセンター化して、患者を集めて実施した方が効率がいいのではないかと思っていたからです。また、リアルワールドでの有効性についても、臨床試験と同じくらい優れた結果が本当に得られるのかと、やや懐疑的に見てもいました」と前田氏は当時の心境を打ち明ける。
前田氏がこのように感じていた理由に、CAR-T細胞療法が非常に多くのプロセスと人的リソースを要する高度な医療である点が挙げられる。治療の基本的な流れは次の通りだ。
まず、医療機関で患者からT細胞を採取し(リンパ球アフェレーシス)、保存液の添加や凍結などの処理を行った後、CAR-T細胞製剤の製造業者を介して海外の工場へ送付する。製剤が完成したら、再び日本に送付され、医療機関に納品となる。
これらの工程には1カ月半から2カ月を要するため、この期間に必要に応じて、抗悪性腫瘍薬や放射線照射によるブリッジング療法を行う。これは、急速な腫瘍増殖を抑制したり、少しでも腫瘍量を減らして安定した状態でCAR-T細胞療法に臨めるようにするためだ。
CAR-T細胞製剤の投与日が決定したら、それに合わせて事前にリンパ球除去化学療法を行う。目的は、CAR-T細胞の生着・増殖・活性化を促進させ、治療効果を上げるためだ。これらの工程を経て、ようやくCAR-T細胞製剤を患者に投与できる。

血液内科主任部長の前田猛氏。
造血幹細胞移植で培った豊富な経験を生かす
CAR-T細胞療法が通常の薬物療法と大きく異なる点は、医療機関がCAR-T細胞製剤の原料となるT細胞の供給機関となり、T細胞の採取、調製、検査、保管などの製造工程の一部を担うことだ。そのため、CAR-T細胞療法を行う医療機関は、定められた施設要件を満たす必要があり、GMP(医薬品および医薬部外品の製造管理および品質管理の基準)やGCTP(再生医療等製品の製造管理および品質管理の基準)の省令に準じた品質管理体制や、ISO(国際標準化機構)に基づくQMS(品質マネジメントシステム)の構築も求められる。
「施設要件を満たすための膨大な量の文書作成・管理に加え、当院ではCAR-T細胞療法専用の安全キャビネットや細胞凍結装置、清浄度の高い作業空間を確保するクリーンブースの購入などハード面の整備も必要だったため、当初は本当にCAR-T細胞療法を導入できるのかと不安を感じたことも事実です」(前田氏)。
文書作成・管理は、ISO 15189(臨床検査室-品質と能力に関する特定要求事項)認定の経験を持つ臨床検査技術部がそのノウハウを生かし、関係部署と連携しながら問題を乗り越えた。設備投資についても経営層と交渉を重ね、設備導入に向けた理解と支援を得た。
一方、組織面では、CAR-T細胞療法に特化したチームを新たに立ち上げる必要はなかったという。倉敷中央病院には、輸血関連業務や自己血貯輸血、治療的ヘムアフェレーシス(血液成分治療)、ドナーアフェレーシス(血液成分採取)、造血細胞採取処理などを行う「血液治療センター」が設置されており、CAR-T細胞療法もこれを統括する医師を配置した上で、主治医と協力しながら、同センター内で実施する体制としたためだ。
血液治療センターでは、血液内科医や日本輸血・細胞治療学会認定のアフェレーシスナース、日本造血・免疫細胞療法学会認定の造血細胞移植コーディネーター(HCTC)、薬剤師、臨床検査技師など多職種が協働して治療に当たっている。これまでに、造血幹細胞移植は900件以上、治療的ヘムアフェレーシスは8000件以上の実績があり、アフェレーシスや細胞調製などの経験が豊富だ。そのため、CAR-T細胞療法に必要な人員体制や教育体制もスムーズに整えることができたという。
そして半年以上かけて準備を進め、2021年にCAR-T細胞療法の導入にこぎ着けた。現在、倉敷中央病院では3種類のCAR-T細胞製剤が使用可能で、これまで34件を実施した。
「当院は元々、医療スタッフの数が充実していたので、CAR-T細胞療法を導入しても人的リソースに当初は大きな問題は出ませんでした。特に、専任のアフェレーシスナースが2人在籍していることは大きな強みで、アフェレーシスに関わる手技や、機械の調整、患者さんの状態チェックなどを任せられるため、血液内科医が付きっきりにならなくて済むのです」と前田氏は話す。
現在、血液内科には22人の医師が在籍しており、大きく2つのチームに分かれた体制を取っている。この大チーム内には、3~4人で構成する小チームが設けられ、通常は小チーム単位で患者を担当。土日や夜間は、大チームから当番の医師を出して診療に当たっている。
小チームでは基本的に毎日、朝や夕方にカンファレンスを行っており、こまめな情報共有を欠かさないという。また、毎週水曜日は大チームでのカンファレンス、木曜日は血液内科全体でのカンファレンスを設け、多職種が参加するCAR-T細胞療法の適応カンファレンスは随時行っている。
血液内科のスタッフたち。(前田氏提供)
CAR-T細胞療法の効果を実感、副作用マネジメントの知見も蓄積
CAR-T細胞療法の有効性に対して、以前はやや慎重な見方をしていた前田氏だが、実際に治療を行ってみると、その効果に驚いたという。
「DLBCLで様々な部位に浸潤があり、長期間の治療を行っていた患者さんがいました。次第に病勢進行が速くなり、これ以上の治療選択肢もなく、余命1年あるかどうかという状況になっていました。そこでCAR-T細胞療法を実施したところ、治療1週間後にはリンパ腫の縮小が肉眼的に確認されたのです。治療から3年以上経過した現在もDLBCLの再発はなく、元気に過ごしています」と前田氏。何人もの患者が治療により回復するのを目の当たりにし、「結果的にはCAR-T細胞療法を導入してよかったと思っています。先代の主任部長には先見の明がありました」とも付け加える。
一方で、CAR-T細胞療法では重篤な副作用が現れる患者もいる。特に注意すべき副作用に、サイトカイン放出症候群(CRS)や免疫エフェクター細胞関連神経毒性症候群(ICANS)がある。CRSは、投与したCAR-T細胞が活性化して様々なサイトカインを産生することにより、発熱、頭痛、関節痛、血圧低下、低酸素血症などの症状が現れる副作用である。症状が急激に進行し、重篤な状態に陥る恐れもある。ICANSは神経系を障害する副作用であり、意識障害、錯乱、せん妄、失語、運動障害、けいれんなどの症状が現れる。
「CAR-T細胞製剤の種類によってはCRSの発現頻度が異なるという情報があったので、慎重に治療してはいたのですが、それでも重症のCRSを発症してICUでの管理が必要となった患者さんもいました」と前田氏は話す。
CRSに対しては、ステロイドやヒト化抗ヒトIL-6レセプターモノクローナル抗体を投与するのが基本だ。以前は、ステロイド投与がCAR-T細胞療法の効果を減弱させるのではないかという懸念から、国内でもCRSに対するステロイド投与の是非について議論があった。しかし最近では、ステロイドを早めに投与することでCRSの重症化を抑制でき、治療効果にも影響を及ぼさないとの判断で、症例に応じてステロイドの積極的使用を行っている。
また、CAR-T細胞製剤投与後の血球減少に関しても、ある程度は外来でマネジメントできるようになってきたという。これまでは血球減少が完全に回復するのを待ってから退院としていたため、治療後4週間程度は入院が必要であったが、現在は2~3週間ほどで退院も可能となった。今後も知見を積み重ねながら、入院や外来におけるより良い副作用マネジメントの在り方を追求していくとのことだ。

CAR-T細胞療法のアフェレーシスの様子(左)と装置(右)。(前田氏提供)
造血幹細胞移植とCAR-T細胞療法で地域の血液がん診療を支える
倉敷中央病院の血液内科は、全国有数の造血幹細胞移植の実施施設でもある。1年間に20~30件の移植を行うが、その中でも特に臍帯血移植が多いのが特徴だ。2025年に実施した造血幹細胞移植27件のうち、11件が臍帯血移植であった。
「当院には、早く移植をする必要がある患者さんや、高齢で血縁のドナーが見つからない患者さんがたくさんいます。これらの患者さんには、すぐに実施可能で、重症の移植片対宿主病(GVHD)の発現が比較的少ないとされる臍帯血移植を選択しています。移植した造血幹細胞の生着不全のリスクはありますが、これさえ乗り越えたらコントロールしやすいのが利点です。また、近年ハプロ移植も増加傾向で、患者さんの状態に応じて選択をしています。」と前田氏。
臍帯血移植の成功率を上げるための鍵は、CD34陽性細胞が多く含まれる臍帯血の選択や、全身放射線照射・アルキル化剤による十分な前処置の実施だという。また、骨髄の線維化が強いと生着しにくくなるため、移植前に骨髄生検を行って線維化の程度を確認することもあるそうだ。

移植患者が入室する完全無菌室。天井にはヘパフィルターがあり、ベッド上がクリーン度の高い状態になっている。(前田氏提供)
倉敷中央病院血液内科の今後について、前田氏は「これからはCAR-T細胞療法の件数を増やしていきたいですし、造血幹細胞移植も積極的に取り組みたいと考えています。ただし、それに当たっては、人的リソースの確保や血液内科と血液治療センターの効率的な運用が課題になると思っています」と語る。
また、CAR-T細胞療法に関しては「治療にかかる費用が非常に高額であり、病院経営だけでなく日本全体の医療費にも影響を及ぼすため、持続可能性をどのように確保していくかが今後の課題になるのではないでしょうか。治療そのものは画期的で、有効性も期待できるので、より多くの患者さんがCAR-T細胞療法を受けられるように必要な条件や環境が整備されることを望んでいます」と話す。
倉敷中央病院がCAR-T細胞療法を導入し、地域における血液がん診療を担う意義は大きい。民間病院におけるCAR-T細胞療法の可能性を示す先行事例として、同院の取り組みに今後も注目したい。
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前田 猛(まえだ・たけし)氏
2000年京都大学医学部卒業、2001年同附属病院内科研修医。2002年倉敷中央病院内科レジデント、2003年同血液内科。2009年国立がんセンター中央病院がん専門研修医、2010年倉敷中央病院血液内科、2011年京都大学大学院医学研究科探索臨床腫瘍学講座特定助教を経て、2013年倉敷中央病院血液内科医長。2024年4月より倉敷中央病院血液内科主任部長、外来化学療法センターセンター長。





























