臨床で感じた疑問を研究で解明し世界へと発信

私立大学初の整形外科学講座として開設されて以来、99年の歴史を持つ東京慈恵会医科大学の整形外科学講座。2020年4月からその舵取りを担うことになったのが、第7代主任教授の斎藤充氏だ。同氏は、骨粗鬆症には骨密度だけでなく、骨質の関与も大きいことを見いだした研究や,年間120件もの人工関節術を執刀する臨床家として知られる。その経験を基に、臨床で感じた疑問を研究で解明することの重要性と、その成果を世界に発信することの意義を日々、医局員たちに伝え続けている。

東京慈恵会医科大学 整形外科学講座

東京慈恵会医科大学 整形外科学講座
医局データ
教授:斎藤 充 氏
医局員:128人
年間手術数(本院):1474件(2019年)
外来患者数:4万3564人(2019年)
関連病院:19病院(うち大学附属病院4施設)


1922年(大正11年)に誕生した東京慈恵会医科大学整形外科学講座は、骨粗鬆症のX線診断における慈大式分類や、慈大式人工関節および慈大式蝶番型人工膝関節の開発などで、我が国の整形外科医療をリードしてきた。その講座のトップに就任した斎藤氏は、「他の大学が手がけないオリジナルの臨床と研究で患者さんを助ける。そのことを大事にしてきたのが慈恵の整形外科学講座です」と語る。

日の当たらない研究生活を経験

斎藤氏は東京慈恵会医科大学を卒業し同大整形外科へ入局したが、今のポジションに就くまで日の当たる道を歩んできたかと言えば、決してそうではない。むしろ逆で、若い頃は傍流の研究に勤しむ日々を送っていたという。

「1990年代半ばの大学院時代、教授から私に与えられたテーマは、国際的にも既に廃れていたコラーゲンの研究でした。同級生たちが当時全盛だった遺伝子解析を駆使した華々しい研究に取り組む傍ら、私は面白くもなく無駄としか思えない実験を日々繰り返していたのです。地獄のような日々でしたが、中学・高校時代を過ごしたサッカー部でのつらかった練習を思い出し、それよりは楽だと考えて耐える日々でした」。


 ところが、この実験を通じて得た膨大なデータの蓄積が、斎藤氏の運命を変えることになる。同氏は、コラーゲンの未熟、成熟、老化度を一つのシステムで分析する手法を確立することに世界で初めて成功。この手法を用いて骨折した骨粗鬆症患者の骨を解析することにより、コラーゲンの老化という「骨質」が骨折に関与していることを突き止めたのだ。「骨粗鬆症の患者さんを日々診ていると、骨密度が正常値でも骨折する患者さんが多いことに気付きました。『何かおかしい。骨の強さは骨密度だけでは説明できないのではないか』と考えたわけです。そこで骨折した人の骨のコラーゲンを解析してみたところ、まさにビンゴ!でした」と斎藤氏。
 「『何かおかしい』は、絶対におかしい。立ち止まって熟考せよ」──。斎藤氏は、恩師から常にこう指導されてきたという。その教えが骨質という、『骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン』への掲載を果たす新たなエビデンスの構築につながった。「日々の診療で沸き上がる疑問こそが『エビデンスの芽』なのです。その疑問を放置せずに、普遍的なものであるかを研究によって検証することが、新たなエビデンスを生むことにつながります。ですから医局員には、日ごろから『目の前の患者さんが与えてくれる情報を大切にしなさい』と言っています」と斎藤氏。「オリジナルの臨床と研究で患者さんを助ける」という慈恵医大整形外科の伝統は、今も脈々と息づいている。 

医局員に英語論文の執筆を強く推奨

 一方、斎藤氏は医局員に対し、研究の成果を英語論文で世界に発信することを強く推奨している。これも自身の経験を通じて、その重要性を痛感しているからだ。
 「海外で学会発表をすると、興味を持って話しかけてくれる人たちは必ず『論文になりましたか』と聞いてきます。そして国際ジャーナルの論文になっていることが分かると、それだけの実力を持つ人間だと理解してくれて、明らかにこちらを見る目が変わるのです」と斎藤氏。「自分の評価ということ以外にも、研究成果を世界に発信することは地球の反対側の人の治療に役立つ可能性があるのだから、やはり英語で論文を書くことは大事です」とも付け加える。
 もともと東京慈恵会医科大学整形外科講座には、英語論文を積極的に投稿する風潮はなかったという。だが斎藤氏は、いくら学会発表で興味を持ってもらえても、英文で論文化しない限りはエビデンスとして扱われないこと、和文の論文を発表しても何のエビデンスにもならないという事実を身をもって体験。「今までのやり方では通用しない」という危機意識から、英語論文重視の方針を医局員に徹底することにした。
 就任直後から、症例報告なども全て英文で行うよう指導してきたこともあり、この1年間で、博士論文を含む10編以上の英語論文が国際ジャーナルに発表されたという。整形外科講座のトップ就任1年を経て、斎藤氏の新しい方針は着実に根付きつつあるようだ。

オンライン化で医局会の参加者が大幅増

 こうしたトップの方針を医局員に浸透させる役割を果たしているのが、東京慈恵会医科大学整形外科の伝統である「医局会」だ。毎週木曜日の午後6時半、関連病院に勤務する医師も含めた医局員が、大学病院本院に一堂に会する。「私は1992年卒なのですが、その頃の医局会は全員参加が当たり前でした。でも近年は、病院から在院日数の短縮を求められ毎日が手術日になっていることもあり、120人ほどいる医局員のうち参加者は20人くらいまで減っていました」と斎藤氏は話す。
 ところが、コロナ禍がこの状況を一変させた。感染防止のためにオンライン会議システムを使うことにより、再び医局員の大多数が参加する医局会が実現するようになったのだ。「まさにピンチをチャンスに変えたわけです」と斎藤氏。関連病院からやって来る医局員の到着を待つ必要もなくなったため、開始時間を午後6時に早め、8時までの2時間を使って毎週、密度の濃い議論を行っている。
 80〜90人が参加する医局会では、前半の約70〜75分を症例の検討に充てる。対象は本院と関連病院の全手術症例で、術前・術後の写真、術者と指導者の名前などを事前にリスト化して提示。それに参加者が質問を投げかけ、討議していくというスタイルだ。「全症例を取り上げるので、例えば若い先生がどんな手術をしているのか、どの先生にどんな指導を受けているのかなど、良い面も悪い面も全て分かります」と斎藤氏。興味深い情報が出てきてディスカッションが長引きそうなときは、プレゼンテーションの練習を兼ねて、担当の医局員に次回改めて発表するよう指示することも少なくない。
 症例検討が終わった後は、学会発表を予定している医局員による予行演習や、留学から帰ってきた医局員による成果報告、特定のテーマで研究を続けている医局員による進捗報告などが行われる。また、最近は地域の病院同士の連携協議会もオンライン会議になっている。そのため、時には斎藤氏も含めた医局会メンバーが、医局会終了後に関連病院の地域連携協議会になだれ込み、東京慈恵会医科大学整形外科として一体的に地域医療に取り組んでいる姿勢をアピールするようなケースもあるという。斎藤氏は「医局会にみんなが参加するようになり情報共有が進んだことで、本院と関連病院による一体的な動きは以前よりも強まっています」と語る。

一昨年までの医局会の風景(斎藤氏提供)


昨年から実施されているオンライン会議システムを利用した医局会の画面(斎藤氏提供)

半年かけて医局員全員と面談

 教授である斎藤氏と医局員一人ひとりとのコミュニケーションが綿密になったことも、コロナ禍がもたらしたプラスの影響の一つだ。斎藤氏は、オンラインも活用しながら就任以来半年ほどをかけて、128人の医局員それぞれと個別に面談。20〜30分をかけて各人の希望や将来設計をヒアリングし、医局の方針との擦り合わせを行ってきた。「今の若い医師は優秀でポテンシャルも高いので、その人が頑張れる“やる気スイッチ”を押してあげることが大事になります。そのスイッチを探し当てることが我々上司の仕事です」と言う。
 ここまで丁寧に若手医師の教育に当たるようになった背景には、2004年の新医師臨床研修制度の開始をきっかけに入局者が激減し、その確保に苦労してきた苦い経験がある。斎藤氏が教授に就く前の話ではあるが、「足持ち3年、巻き8年」などと言われ、整形外科への入局者が極端に減ってしまったという。「手術時に足を持つ役回りに3年、患者のギプスを巻くのに8年で、都合11年の下積みが必要だという意味なのですが、そんな風評被害ともいえる噂を流されて入局者がいなくなり、150人ほどいた医局員が半分にまで減ってしまいました。これではまずいということで、私の先代の教授の時代に改革に踏み切ったのです」。
 具体的には、それまで存在していた「本院でメスを握れるのは講師以上」という不文律を撤廃。分野別に設けた10の臨床班が、独自に研究や臨床の進め方を判断できる仕組みに改めた。その結果、「大学病院本院であるにもかかわらず、若い人がじゃんじゃんオペできる病院」(斎藤氏)へと変貌を遂げ、多くの症例を経験したいと考える入局者を徐々に集められるようになったという。

一度は手放した関連病院を再び増やす

 医局員が半減した時代、東京慈恵会医科大学整形外科は十分な医師の派遣ができなくなり、いくつもの関連病院を手放さざるを得なかった。だが、それ以降は地道に医局員を増やしてきたことで余裕が生じてきたため、ここに来て新たな関連病院を増やす動きに出ている。斎藤氏は「この4月に関連病院を三つ増やし、7月にもう一つ増やす予定です。関連病院を増やすに当たっては、ただ大きい国立病院を取りに行くことだけを目標にせず、慈恵の伝統的な整形外科を知る先生がいるところを中心に、ある程度の人数でしっかりと若手の教育ができる病院を選んでいます」と語る。

 創立100年を目前に控え、反転攻勢に打って出た名門医局の今後の展開が注目される。


人工膝関節置換術の手術風景(中央が斎藤氏)。同氏は今も年間90〜120件の人工膝関節置換術を手がける。(斎藤氏提供)

 

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斎藤 充 氏

1992年東京慈恵会医科大学卒。同大大学院、国立宇都宮病院、カナダ・トロント大学病院留学などを経て、2018年東京慈恵会医科大学附属病院整形外科診療部長、2020年4月より同大整形外科主任教授。

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