高度な集中治療と輪番制への参加など地域に根差した救急医療を実践

山梨大学医学部救急集中治療医学講座は、同大学医学部附属病院救急部を母体に、2008年4月に開設された。現在の救急集中治療医学講座の前身となった医学部附属病院救急部は、2005年10月に千葉大学医学部から4人の医師を迎え入れてスタートした。その立ち上げメンバーの1人である森口武史氏が、2020年11月に第2代教授に就任した。卒後12年目の医師が筆頭医局員という若い組織ながら、集中治療室(ICU)のベッド数が全国平均の4分の1しかない山梨県で急性期医療の充実を目指すとともに、医局員がそれぞれの興味に合わせてスキルアップできる環境の整備を進めている。

山梨大学医学部 救急集中治療医学講座

山梨大学医学部 救急集中治療医学講座
医局データ
教授:森口 武史氏
医局員:10人
救命救急患者受入数:872人(2019年)
関連病院:なし


山梨大学医学部附属病院(以下、山梨大学病院)から専任スタッフによる救急部の立ち上げを要請されて引き受けた千葉大学の松田兼一氏は、血液浄化などで知られた救急科の医師。その際、松田氏から「ぜひ一緒に」と同行を誘われたのが、医局の後輩だった森口武史氏だ。森口氏は、初代教授を務めた松田氏の後を継ぎ、2020年11月に山梨大学医学部救急集中治療医学講座の第2代教授に就任した。
森口氏は、山梨大学に移った経緯を次のように語る。「当時は、医師になってまだ9年目。研究や教育よりも臨床に集中したい時期だったので、大学病院へは行きたくないと固辞していました。ですが、新設医大の雰囲気を体験したいという思いや、なかなか経験できない大学病院での新しい部署の立ち上げに関わることができるという思いで、半年で戻るという約束で大学院生2人とともに山梨入りしました」。

山梨大学医学部附属病院。同病院は地域の2次救急の輪番制にも参加している。

“落下傘部隊”の医局に卒業生が入局

半年後に戻る約束で山梨大学に来た森口氏だったが、ほどなくその方針を転換することになる。「同窓の医師が全くいない山梨大学に“落下傘部隊”の体で来たわけですが、ここには救急科、集中治療科の専門医がいなかったため、私たちが来るのを待ち望んでいたことが伝わってきました。さまざまな診療科の先生の顔が見える、ちょうどよい規模の病院であることも好印象でした。看護師はスキルだけでなくモチベーションも高く、事務スタッフも親切でした。2人の大学院生は当初の約束通り半年で戻りましたが、やりがいを感じた私は腰を落ち着けることに決めました」。
とはいえ、松田氏と森口氏の2人で救急部を回していくことは容易ではなかった。多忙を極めたせいか、赴任してからしばらく森口氏は、医学部の学生たちから「怖いし邪険にされる。近付かないに越したことはない」と噂されていたという。だが、救急部の立ち上げから2年がたち救急集中治療医学講座となってからは、山梨大の卒業生が1人ずつだが入局するようになった。「若手は、先輩の動向を見て入局先を決めるものです。先輩がいないところには入ってこないだろうと考えていましたから、山梨大出身者の入局は予想外でうれしかったですね」と森口氏。
忙しいさなかでも、松田氏と森口氏は医局の運営や目標について毎日のように話し合っていた。そして松田氏が救急集中治療医学講座のビジョンを学生たちに話して回り、森口氏は緊急性や重症度が高い患者を救うクリティカルケアの醍醐味を学生たちに伝えてきた。その努力が、早い段階からの入局者確保という結果に結び付いた形だ。

「ユーティリティードクター」兼ねる救急医を育成

現在は、森口氏の下、卒後12年の医師を筆頭に10人の医局員が所属するまでになった。「医局員のキャリアパスは本人の興味、希望次第」と森口氏は強調する。
救急集中治療医学講座である以上、救急科の専門医取得は必須だ。山梨大学病院での研修に加え、そこで経験できない1次・2次救急の患者を診るために、地域の急性期病院にも研修に出る。また、サブスペシャルティ領域の専門医も取得できるよう支援している。例えば、急性期に限らず慢性期の血液透析を学んだり、放射線科で血管撮影に取り組んだり、傷をきれいに縫うために形成外科で研修したり、といった具合だ。
さらにユニークなのは、在宅医療の研修を受ける医局員もいることだ。「私たちの医局のメインはクリティカルケアで、これは最先端の医療の一つといえますが、逆に医療資源が限られたシチュエーションにも対応できるよう訪問診療などの研修に出るケースもあります」(森口氏)。高度な医療機器が使えない在宅の環境でコモンディジーズや生活習慣病の診療に慣れておけば、大地震などの自然災害発生時に救急医としてがれきの下敷きになった患者を救えるだけでなく、被災地の医療支援を行う「ユーティリティードクター」としても貢献できるようになる。

大学病院ながら2次救急の輪番制に参加

先代の教授だった松田氏と常に医局の在り方について話し合いを続けてきただけに、森口体制となっても「ことさら変わったことはない」。しかし、自身を現実主義者と分析する森口氏は、確実さをより大事にする方針をとる。「できないことはできないと断りますし、一度引き受けたら最後まで覚悟を持ってやり遂げます。私の方針で医局の雰囲気が多少変わったかもしれませんが、トップ交代の前後でだれも医局を抜けていないので、これは支持されているのだろうと思っています」。
救急集中治療医学講座には、各方面からさまざまな要望が寄せられる。森口氏はそれぞれの案件について、医局の人的リソースで実施・継続が可能かを検討した上で対応の可否を決めてきた。医局員の増加に合わせて対応し始めた業務として森口氏は、教授就任前のものも含めて次の3つを挙げる。
1つ目は、院内患者が急変した際の対応についての看護師への教育だ。早期に対応するほど治療に要する時間が短くなるため、患者の救命率の向上や救急科の負担軽減にもつながっている。2つ目は、臨床・基礎研究への取り組みだ。具体的には、血液浄化などに用いる新規デバイスの開発や患者の臨床データの分析などを手がけている。入局して博士号を取った大学院生もいる。そして3つ目が、2011年から開始した2次救急の応需だ。地域における輪番制の2次救急に参加し、積極的に救急搬送を受け入れている。3次救急や院内急変に対応した上で、さらに患者を受け入れられるほど医局のスタッフが充実したと判断した結果である。
「ここに来て、やっと一般的な大学病院の医局に求められる要素が一通りそろった観があります」と森口氏。2005年から始めた医局立ち上げの取り組みは、一段落を迎えつつあるようだ。
ただし、まだ実現していないことがある。関連病院を作れていないのだ。「医局の関連病院は現状ではゼロです。医局員が増加しないと、継続的に医師を派遣することはできないでしょう。確かに救急医を出してほしいという県内の病院からのニーズは高まっています。しかし、出すからには医局員だけで相手先の救急機能を担えるように、最低でも若手、中堅、ベテランの3人1チームで派遣したいと考えています。ベテラン医局員には、部長職で関連病院に行くことを想定して腕を磨けと話しています」と森口氏は言う。
さて、医局員の増員についてだが、森口氏は「希望者 歓迎」の看板を掲げている。「救急は常に急いで対応しなければいけないため、忙しくて大変そうというイメージを持たれがちですが、実は別の側面もあります。もちろん楽ではありませんが、時間が来れば交代して業務から解放されますし、主治医制ではないので急な呼び出しも滅多にありません。研究などの時間も取れますし、例えば育休中など短い時間でも働くことができます。実はライフ・ワーク・バランスがコントロールしやすい診療科なのです」。
とはいえ救急医療に携わるスタッフの交代には、安全を担保するための適切な引き継ぎが必要になる。そのベースとなる人間関係に、森口氏は最も心を砕いているという。「発生したミスを、システムの不完全さではなく属人的なモノとして叱責するようなスタッフがいると、しかられた側が萎縮して必要な情報を伝えなくなってしまう可能性があります。でも人間関係が良好なら、ちょっとした気づきも含めてより多くの情報を伝え合うようになるからです」。この森口氏の方針によって、山梨大学病院が全スタッフを対応に毎年行う医療安全に関するアンケートでは、救急集中治療医学講座が「オープンなコミュニケーションが行われている」という項目で高い評価を得続けている。

地域医療に貢献できる体制づくり目指す

森口氏が今後5年で対応したい課題は、入院から高度急性期医療を介して退院にスムーズにつなげていくシステムの構築だ。山梨県の集中治療室(ICU)の病床数は全国平均の4分の1しかない。つまり、他の都道府県ならICUにいる患者も、山梨県では一般病床で治療されていることになる。そこで森口氏は、山梨大病院に高度治療室(HCU)を増床し、救急集中治療医学講座が1次・2次救急を含めたより多くの患者に介入し、他科に引き継ぐシステムを構築することを目指している。この取り組みは山梨県が2016年に策定した地域医療構想に沿うもので、山梨大病院が地域医療により貢献できることにもつながる。
この取り組みを実現する上でもスタッフの増強は必須だ。そのため森口氏は、研修医にこう呼びかける。「どの診療科を選んでもそれぞれの達成感や醍醐味は得られるでしょうが、救急集中治療医学講座は、患者を疾患や臓器別ではなく緊急性や重症度という視点で診るところが特徴といえます。それまで助けられなかった患者を助けられるようにすることが医学の歴史だとすれば、その最先端にあるのがクリティカルケアです。死に瀕している患者を救える喜びを分かち合いましょう」。
誕生して20年に満たない山梨大学医学部の救急集中治療医学講座だが、それだけに上意下達や苦労自慢のような旧態依然とした風習はない。また、自身のスキルアップに必要と思える救急医療に関する研修は、医局が支援してくれる。ここは、型にはまったロールモデルを必要とせず、自分でキャリア形成をイメージできる医師にとっては最適な医局といえそうだ。

山梨大学医学部救急集中治療医学講座の面々。ドクターヘリが着陸するアルミデッキ、夜間照明を備えたヘリポートにて撮影。(森口氏提供)


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森口 武史 氏

1997年千葉大学医学部卒。同大学医学部附属病院救急部医員、国保直営総合病院君津中央病院救急集中治療科、千葉県済生会習志野病院救急集中治療科などを経て、2005年山梨大学集中治療部助教、Yale University School of Medicine、2019年山梨大学医学部付属病院救急部部長、2020年より山梨大学医学部救急集中治療医学講座教授。


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