整形外科領域の「信州大学ブランド」を世界に発信

2020年1月、信州大学医学部運動機能学(整形外科)教室の第5代教授に髙橋淳氏が就任した。同大学の整形外科医局出身者としては初の教授となる。髙橋氏は医局で「脊椎班」のチーフを務めた時期に、診療・研究や若手医師の育成に力を入れ、高い成果を上げてきた。今後は教授として、医局全体のプレゼンス向上に挑む。目指すのは整形外科領域における「信州大学ブランド」の世界への発信だ。

信州大学医学部 運動機能学教室

信州大学医学部 運動機能学教室
医局データ
教授:髙橋 淳 氏
医局員:38人
年間手術数:972件(2020年度)
外来患者数:2万2292人(2020年度)
関連病院:32病院


小児の脊柱側弯症手術における理想的な固定範囲を示す「S-line」と「modified S-line」。前者は、海外のトップジャーナルである『Journal of Neurosurgery:Spine』に2019年に、後者は、同じくトップジャーナルの『Spine』に2020年に掲載された。国内外で評価を得たこれらの概念の「S」はShinshu、すなわち信州を意味する。論文執筆者に名を連ねた信州大学医学部運動機能学教室教授の髙橋淳氏は「講演などを通じてS-lineは、全国の脊椎外科を担当する医師に浸透してきました。今後は『信州大学ブランド』を海外に発信していきたいですね」と意気込む。 

信州大学同門として初の整形外科教授

髙橋氏は1992年に滋賀医科大学を卒業後、出身地である長野県に戻り、信州大学整形外科に入局。以後、2008年の米国留学時を除き、一貫して信州大学とその関連病院でキャリアを積んできた。そして「信州大学整形外科同門として初の教授」(髙橋氏)に就いた。
その髙橋氏が臨床・研究・教育のマネジメントという大学医局ならではの業務に手腕を発揮するようになったのは、2005年に「脊椎班」のチーフになってからだ。信州大学医学部運動機能学(整形外科)教室には、「脊椎班」「上肢班」「下肢班」「腫瘍班」の4班と「四肢外傷再建チーム」「関節リウマチ・骨粗鬆症チーム」の2チームがあるが、脊椎班は同大学整形外科の売りである脊柱側弯症や脊柱変形の治療を手がける花形の部署。その責任者として髙橋氏は、脊椎班のプレゼンス向上に尽力してきた。
髙橋氏がチーフに就任した16年前、脊椎班のメンバーはわずか4人だったが、現在は11人まで増えている。脊椎班の志望者が増えた背景には、高齢化により脊椎関連の患者が増加したという事情もある。だがそれ以上に、難易度が高い手術の件数を増やしたこと、英語論文の投稿につながる研究に力を入れたこと、若手医師が留学する機会を増やしたこと──など、髙橋氏が主導した取り組みが大きく影響している。

脊柱側弯症や脊柱変形の治療に強み

通常、大学病院の整形外科が扱う脊椎関連の疾患は、中高年に特有の腰部脊柱管狭窄症が最も多い。これに対し信州大学医学部附属病院では、脊柱側弯症や脊柱変形の比率が高く、脊柱変形の手術が全体の25%を占めるのが特徴だ。また、長野県は登山者の転落事故やスキー・スノーボードの事故が多いため、脊髄損傷を扱う頻度も高い。「高度救命救急センターにドクターヘリが常駐していて、県内全域から脊髄損傷の患者さんが搬送されるため、その緊急手術も多く手がけています。2018年度の実績では、うちの脊髄損傷の治療実績は、全国の大学病院の中で2番目の多さでした」と髙橋氏は語る。

717床を有する信州大学医学部附属病院は、延べ22万人の入院患者と、延べ35万人の外来患者の診療を手がける(2019年実績)。

一方、髙橋氏が率いていた脊椎班では、所属するメンバーの性格や資質に応じた育成方針をとることにも心を砕いてきた。「班員の中には、手術が好きな人、論文をたくさん書きたい人、基礎研究を頑張る人など、それぞれに得意分野があります。そういった部分をうまく育てて、チームとして最大の力を発揮できるようにすることを目指してきました」と言う。
さらに髙橋氏は、脊椎班の若手医師を国内外の病院へと積極的に留学させてきた。「信州大学では経験できない治療を各領域のスペシャリストの下で学び、最終的に長野県に還元するというコンセプトで、ここ10年ほど進めてきました。その結果、彼らのモチベーションも向上し、目に見えて成長するようになりました」。こう語る髙橋氏は「さらに、入局志望者が増えたことで脊椎班、ひいては整形外科全体の手術件数が増え、信州大学医学部附属病院の収入に占める整形外科の比率は、トップレベルになりました」と胸を張る。
そして髙橋氏は今、脊椎班のマネジメントで得た成果を、医局全体で実現すべく動き始めている。その一つの試みが、研究成果を論文として発表したり、研究費の申請書を作成する際のサポート体制の構築だ。「まだ始めたばかりですが、班の垣根を越えて論文の査読をしてアドバイスを行うなど、医局全体として協力していく体制ができつつあります。英文論文も、2020年は過去最高となる61編が採択されたり、今年度は科学研究費が6件採択されるなど、成果が上がってきています」と話す。


いち早くナビゲーションシステムを導入

髙橋氏が掲げる医局運営の柱は、「教育、研究、診療に情熱と誇りを持てる教室を実現する」ことと、医局員に「特性、状況、希望に応じた活躍の場を提供する」ことの2つ。
診療面については、できるだけ侵襲が少ない治療の実践を心がけている。ハイブリッド手術室でのコンピューターナビゲーションシステムを用いた低放射線量低侵襲側弯症手術は、その代表例だ。「私たちは1996年にいち早くナビゲーションシステムを導入し、この分野で日本をリードしてきました。2018年にハイブリッド手術室を開設してからは、ナビゲーションシステムとの連動によって、低放射線量かつ低侵襲な側弯症手術を実現しています。側弯症は小児の患者さんが多いのですが、診療放射線技師との連携によって、診断用CTの被曝線量の5分の1にまで減らしています」と髙橋氏。

コンピューターナビゲーションシステムを用いたハイブリッド手術室での手術風景。中央が髙橋氏。(髙橋氏提供)

研究面では、日常診療で発見した疑問を研究につなげることを重視している。「日々の診療で当たり前だと感じていても、実は当たり前でないことは意外とあるものです。淡々と診療するのではなく、そこから疑問を見いだして研究につなげていくようにと、日ごろから医局員には話しています」。こう語る髙橋氏は、「うまくいかなかった症例から学ぶことも大事です。なぜうまくいかなかったのか、うまくいくようにするにはどうすればいいのかを検討する過程で、研究テーマを考えてもらっています」と付け加える。
教育面に関しては、臨床現場で役立つ整形外科知識の習得という基礎に加え、「リサーチマインドにあふれる国際的医療人の育成」を方針に掲げている。「頑張って仕事をする以上は、やはり海外でも認められる仕事をしてほしい。だから医局員には、海外の大学に留学したり、インパクトファクターが高い国際ジャーナルに英語論文を投稿したりすることを勧めています」と髙橋氏。
一方、医局員の活躍の場の提供については、個々人の適性に応じた処遇もさることながら、女性医師にどう活躍してもらうかが大きなテーマになっている。「最近は女性医師の入局者が増えていて、今年は5人中3人が女性でした。結婚し、子育てをしながらでも女性医師が働ける場所、実力が発揮できる場所を提供し続けていきたいですね」と髙橋氏は言う。


他大学との共同研究プロジェクトも

信州大学医学部運動機能学教室では、名誉教授の加藤博之氏が立ち上げた、長野県小布施町民を対象とした運動器コホート研究である「おぶせスタディ」をはじめ、様々な臨床研究を手がけている。中でも注目されるのが、浜松医科大学と山梨大学と共同で進めている「アルプス浜名湖スパインスタディーグループ」による研究活動だ。2011年から毎年夏に、泊まり込みの勉強会を開催するとともに、3大学の間で若手医師の短期交換留学を行うなど人的交流も図っている。
「アルプス浜名湖スパインスタディーグループでは3大学の共同研究によって、既に12本の英語論文を国際ジャーナルに発表するなどの成果を上げています。今後は3大学による共同研究の輪を、他の班にも広げていければと考えています」と髙橋氏は語る。大学単独の研究で、あるいは他大学との共同研究によって、整形外科領域における「信州大学ブランド」を世界に発信していく──。髙橋氏が目指す意欲的な取り組みの行方が注目される。

 運動機能学教室のメンバーたち。(髙橋氏提供)

 


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髙橋 淳 氏

1992年滋賀医科大学卒業、信州大学整形外科入局。長野・山梨県内の関連病院勤務を経て、1998年信州大学整形外科医員。2002年同大学整形外科助手、2007年同大学医学部附属病院整形外科講師。2008年米国サンディエゴ・Rady Children’s Hospital留学。2017年信州大学運動機能学教室准教授、2020年より現職。


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