「シームレスな救急・集中治療」を実践、働き方改革にも意欲的に取り組む

2019年に中田孝明氏を教授に迎えた千葉大学大学院医学研究院救急集中治療医学講座のモットーは、救急・集中治療をシームレスに提供すること。当講座は、折からのコロナ禍で、国内有数のECMO(体外式膜型人工肺)センターとして注目を集めている。一方で、女性医師を含めた全ての医師が働きやすい職場環境を追求するなど、医師の働き方改革にも注力。IT(情報技術)を活用した医療現場の課題解決に対しても積極的に取り組んでいる。

千葉大学大学院医学研究院 救急集中治療医学講座

千葉大学大学院医学研究院 救急集中治療医学講座
医局データ
教授:中田 孝明 氏
医局員:45人
病床数:26床
救急外来患者数:年間約8000人
関連病院:6病院

 「ドクターカーやドクターヘリでの病院前救急診療から、ER(救急救命室)での初期診療、ICU(集中治療室)での集学的治療まで、救急・集中治療の全てをシームレスに提供する」──。千葉大学大学院医学研究院救急集中治療医学講座が掲げるモットーである。

 国内有数のECMOセンター

  2019年、当講座の教授に就任した中田孝明氏は、救急と集中治療を一体的に扱う理由を次にように語る。「救急と集中治療は重なる部分が大きいので、この分野に携わる医師は、両方できることが基本だと私たちは考えています。救急だけできるとか、集中治療だけできるというのでは不十分で、両方のプロフェッショナルとして活躍できることがポイントになります」。

 当講座は、新型コロナウイルス感染症の拡大に伴って、ECMO(体外式膜型人工肺)に関する先進的な取り組みでも注目を集めている。「千葉大学が、ECMOに関して国内トップランクであることは間違いありません。早い時期から米国のミシガン大学やスウェーデンのカロリンスカ研究所にスタッフを派遣して、トレーニングを積んできました。そのためECMOに関するノウハウが蓄積されており、今では国内有数のECMOセンターとして、他の医療施設から派遣されてきたスタッフにOJT研修を行うまでになっています」と中田氏は話す。

 千葉大学では、医学部附属病院中央診療棟が全面的にリニューアルし、2021年1月から稼働し始めた。新病棟では、1階の救命救急センターにICUを8床設けたほか、6階にもICUを18床確保し、病院内外から搬送されてくる重症患者の対応に当たっている。

 「中央診療棟のリニューアル前は、ICUが22床でしたから病床数の増加は4床にすぎません。ですがICU内のスペースは、2倍に増え周りが見やすく働きやすいレイアウトになりました」。こう語る中田氏は「最新の医療機器や設備が設置され、現状はベストの状態にあります」とも付け加える。

ビッグデータ用いた研究に注力

 病棟のリニューアルによりハード面の充実が図られる一方で、救急集中治療医学講座では、臨床研究などのソフト面にも力を入れている。取り扱うテーマは敗血症や臓器不全、人工臓器、ECMO、血液浄化などと幅広い。特筆すべきは、ビッグデータを用いた解析を積極的に行っていることだ。

 「日本全国の院外心停止患者のデータを分析したり、敗血症治療に関するDPC(診断群分類別包括評価)や診療報酬データを解析する研究を行っています。それらに加え、ICUにおける治療では、毎分、毎時間どんどんとデータが蓄積されていくので、過去10年分、2万件くらいの時系列データを解析して、AI(人工知能)によって患者がたどる転帰を予測する研究なども進めています」と中田氏は語る。海外ジャーナルに投稿した論文も少なくないという。

 救急集中治療医学講座では、研究と臨床のバランスにも気を配っている。「ノーベル賞を取るような研究者になってくれと医局員に求めているわけではありませんが、全員に研究に携わってほしいと考えています」と中田氏は言う。その根底にあるのは、臨床だけを手がけていてはいずれ行き詰まることになり、それを打開するのが研究である、という考えだ。

 「臨床は、そもそも患者さんの変化に対応するという、言ってみれば受け身の仕事です。でも、それを繰り返しているだけでは、10年後も20年後も同じ治療をすることになりかねません。これに対して研究は、自分が能動的に動くことで進んでいくものです。自分が対応できない患者さんを担当するときに、色々なことを調べてどう対応するかを自ら考える経験を積んでほしいということを、日頃から医局員には伝えています」と中田氏は話す。

 とはいえ、不慣れな若手医師がスムーズに研究を手がけられるとは限らない。そこで中田氏は、チームで対応することを医局員たちに求めている。「研究に関して言えば、若い臨床医はみな初心者です。ですから臨床と同様に、研究にもチームで取り組むことが必要です。最初はできることが少ないので、やりやすいところから担当してもらうなどの配慮は欠かせないと考えています」。

 完全シフト制で医師の勤務負担軽減

  一般に救急や集中治療の分野は、長時間労働が当たり前の厳しい職場と捉えられがちだ。しかし、中田氏が教授に就任してからの救急集中治療医学講座は、完全シフト制を敷いており、全国の大学病院の中でも「医師の働き方改革」をリードする存在となっている。「現在、医局員の半数を女性が占めています。ですから、女性も男性も分け隔てなく働ける環境作りに気を配っています」と中田氏。「男性しか働けないような職場は、これからの時代、発展する余地がないのでは」とも言う。

 シフト作成に当たっては、中田氏が社長を務める千葉大学発のスタートアップ企業「Smart119」が開発したソフトウエアを使用している。「以前は半日から1日くらいかけて担当医師がシフト表を作成していましたが、患者の前にいるべき医師が、そのような作業に時間を取られるのは大きな機会損失です。そこで、各医師が休みたい日を入力すれば、自動で1カ月分のシフト表が作成できるシステムを導入しました」と中田氏は話す。

 中田氏は市販のシフト作成ソフトウエアも試したが、医師の働き方に合わせてシフトを作成するのが難しかったため、独自開発に踏み切ったという。現在、千葉大学医学部附属病院で利用を開始しており、シフト作成のアルゴリズムを最終調整している段階だ。今後は他の病院への外販も検討していくという。

 「出入り自由」な医局

  救急集中治療医学講座では、女性の医局員が増えたことにより、教授が医局員の勤務先を決定する、いわゆる「医局人事」は既に過去のものとなっている。例えば、女性医局員のパートナーの転勤が決まった際、その転勤先が遠方の場合には、そこの責任者に中田氏自ら女性医師を受け入れてもらえるよう手はずを整えたりもする。「派遣期間が終わったら、また帰ってくればいいよと伝え、関連病院以外の遠方の病院であっても快く送り出しています」と中田氏は言う。

 この点について、助教の柄澤智史氏は次のように語る。「これまでは、いったん入局したら教授の命令は絶対で、抜けたら縁が切れる医局が多かったと思います。これに対して私たちの医局では、医局員の家庭の状況も鑑みて、気持ちよく他の病院に移ってもらえるよう準備をします。また、移った先の病院で共同研究を手がけているようなケースもあります」。

 これとは逆に、千葉大学救急集中治療医学講座で学びたいという医師には、たとえ短期であっても門戸を開いている。「出入り自由」なことが、救急集中治療医学講座の特徴だ。「今はもう、医局に縛られるような時代ではありません。むしろ医局員には、医局を都合よく活用してほしい。そういう時代になっていると思います」と中田氏は語る。

 中田氏が若手医師だった20年ほど前は、卒後7〜8年になるまでは結婚を控える医師が多かったという。だが今は、卒後間もない時期に結婚する医師も珍しくない。「最近は大学を卒業してすぐに結婚する医師が増えましたし、出産する例も増えています。これは非常に良いことだと考えています」と中田氏は言う。

 こうした変化に順応しているのは、中田氏が46歳と、千葉大学医学部で最も若い教授であることも関係しているようだ。「若い教授ということで、下の人たちの気持ちが分かるということはあるかもしれません。これからの時代を担う若い人が働きやすいように、私たちが先んじて対応している部分があることは確かだと思います」と中田氏は言う。実際に女性医師を含め、救急集中治療医学講座の門を叩く若手医師が増えていることは、「救急・集中治療はきつい職場」というイメージが払拭されつつあることの表れと言えそうだ。

救急集中治療医学講座のスタッフたち

ITを活用し医療現場の課題解決に挑む

  先のシフト表作成で触れたように、中田氏は大学教授に加えて、企業経営者の顔も併せ持っている。2018年から、千葉大学発のスタートアップ企業、Smart119の社長として医療現場の、特に救急医療現場の課題解決に資するシステム開発に取り組んでいる。

 その経緯を中田氏はこう語る。「もともと医療現場には、他産業に比べて遅れていることがたくさんあって、なんとかできないかという問題意識がありました。そこで中学・高校時代の同級生だったIT(情報技術)専門家の協力を得て、課題解決のための取り組みを始めたところ、AMED(国立研究開発法人日本医療研究開発機構)の研究に採択され、会社を立ち上げることになりました」。

 同社では、社名にもなっている救急医療情報システム「Smart119」のほか、効率的な救急医の呼び出しを可能にする「ACES」、災害時の病院の初期対応をサポートする「Smart DR」を実用化している。Smart119は千葉市に導入されているほか、ACESは国立国際医療研究センター(東京都新宿区)や島根大学、関西医科大学で、Smart DRは大阪急性期・総合医療センター(大阪市住吉区)や、りんくう総合医療センター(大阪府泉佐野市)で、既に活用されている。
 こうした新たな取り組みに挑戦する中田氏は今、「未来の医療」を一緒に作り上げていく仲間を募集している。「千葉大学の救急集中治療医学講座は、楽しみながら未来の医療を自分たちで作っていく医局です。私自身は卒後20年目の医師ですが、20年前の医療と今の医療は全く違います。未来の医療を作る作業に興味がある方は、ぜひ一緒に取り組んでいきましょう」。

ドクターヘリによる患者搬送の様子。(中田氏提供)

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中田 孝明 氏

1999年千葉大学医学部卒業、救急集中治療分野の診療・研究を開始。2006年同大学院医学研究院博士課程修了。
2008年カナダ ブリティッシュコロンビア大学ポストドクトラルフェロー。2012年千葉大学救急集中治療医学講師。2019年より千葉大学大学院医学研究院救急集中治療医学教授。


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