「日本を代表する救急医・集中治療医」の輩出を目指す

東京大学大学院医学系研究科の救急・集中治療医学教室は、東京大学医学部附属病院の救急と集中治療の双方を担う。高度な三次救急に対応しつつも、同時に最先端の治療を要する重症患者の集中治療管理も担当する。教授に就任した土井研人氏は、診療科や部門の垣根を越えて重症患者の治療成績向上を図るとともに、「救急医学・集中治療学の領域で日本を代表する人材の輩出」を目標に掲げ、日々の医局運営に邁進している。

東京大学大学院医学系研究科
救急・集中治療医学教室

東京大学大学院医学系研究科 救急・集中治療医学教室
医局データ
教授:土井 研人 氏
医局員:40人
病床数:救急・集中治療科病床25床(ICU8床・病棟17床)
その他集中治療部管理ICU病床34床
救急搬送患者数:年間約6000人
関連病院:2病院(専攻医派遣施設:6施設)

 2021年8月、東京大学大学院医学系研究科の救急・集中治療医学教授に土井研人氏が就任した。土井氏は「比較的新しい分野である救急・集中治療医学を、臨床医学だけでなく基礎医学や社会医学の教室とも連携を強化して発展させることで、次世代の医師たちが十二分に活躍できるよう教室を運営していくつもりです」と抱負を語る。

腎臓内科で全身管理の重要性を感じ集中治療へ

 救急・集中治療医学教室は、1961年に東京大学医学部附属病院に設置された救急処置室に端を発する。1990年に国立大学では2番目となる救急医学講座が新設され、初代教授に前川和彦氏が着任した。集中治療部は1991年に組織され、2001年のICU開設後は第2代教授の矢作直樹氏の下、同教室が主体となって国立大学病院最多のICU病床の運営を担当してきた。第3代教授の森村尚登氏は、救急科診療部門に救急科を開設した。

 その後を継いだ土井氏は、医学部卒業後、「血液浄化療法が持つ万能の可能性」(土井氏)に興味を抱いて腎臓内科に進んだ。だが、腎臓内科に勤務することになった土井氏は、一つの壁に直面することになった。「透析をすれば腎不全は良くなりますが、中には死亡してしまう患者さんもいます。そうした死亡例から、他の臓器も含めた全身管理を学ぶ必要性を痛感したのです」。2006年に米国立衛生研究所(NIH)に留学した際に急性腎障害・敗血症を研究テーマに選んだ経験も大きく影響していた。そこで土井氏は、自ら志願して集中治療部に異動した。

 全身性炎症疾患である敗血症は、複数の臓器で同時多発的に様々な生体反応が生じる疾患だ。これを制御できれば、重症患者の救命率を向上することができる。留学時を含めて土井氏は、このテーマに一貫して取り組んできた。東京大学医学部附属病院の救急・集中治療科ホームページの自己紹介にも、「多臓器不全・敗血症における臓器関連について急性腎障害・血液浄化療法を軸として基礎と臨床の両面から研究を進めています」と記している。

他の診療科と連携してICUを柔軟に運用

 東京大学医学部附属病院では、疾患を問わない急性病態の診療と、原因疾患を問わない重症病態の診療を、多職種・複数診療科が連携して行っている。救急搬送されてきた段階で患者の状態を判定し、緊急度や重症度が高い場合には救命救急センターが、その他は各診療科が担当する。緊急手術や緊急カテーテル検査など専門的な手技が必要な場合は、救急・集中治療科と専門診療科の医師が協働する体制を組んでいる。初期診療後の状態に応じて、患者は救命ICUか、CDU(Clinical Decision Unit)としての機能を有する救急病棟で治療を継続する。

 一方、同病院を受診中あるいは入院中の患者が重症化した場合は、主に集中治療部が診療を担当してきた。しかし、救命救急センターと集中治療部は、別々に治療を行っているわけではなく、同じ医局の医師が分担して診療に当たってきた。「現在、救急科という名称の病院診療科と救急科学という名称の医学部講座は、2022年4月にそれぞれ『救急・集中治療科』と『救急・集中治療医学講座』に変更しました。これまで救急医療と集中治療の両者を担ってきた実態に合わせて名称を修正したことになります。救急は外来中心で外科系医師が担当し、集中治療は麻酔科系医師が担当するというところが多いかと思いますが、東大では歴史的に一体的に運用してきました」と土井氏は語る。

 集中治療部の病床は、最重症の患者に対応する第1 ICUと、主に術後の患者に対応する第2 ICUに分かれている。第1 ICUには心臓血管術後や虚血性心疾患患者が入院するCCUと、肝移植・肺移植術などの大手術後や多臓器不全で集学的治療を要する患者が入院するICUとがある。ICU入室患者は各診療科医師と連携しながら救急・集中治療科医師が24時間常駐して患者管理を行っている。第2 ICUでは昼間は麻酔科医が常駐し、夜間は救急・集中治療科医師が患者管理を担当する。例えば、食道がん術後患者が重度の肺炎や腎不全を呈した場合、消化器外科の主治医と治療方針を相談しながら、人工呼吸器や血液透析などの全身管理を救急・集中治療科医師が担うといった具合だ。「当院には、それぞれの領域の第一人者がそろっています。その力を最大限発揮できるようにするため、ICUは柔軟に運用しています。そのことが患者さんのためになりますから」。腎臓内科の医師として、部外から集中治療部を見てきた経験を持つ土井氏ならではの運用方針と言えそうだ。

 折からのコロナ禍を受けて、東京大学医学部附属病院救命救急センターでは、新型コロナ感染症(COVID-19)の重症患者の治療も担当した。2021年夏、感染の第5波に見舞われた頃の状況について、土井氏は「COVID-19の重症例は呼吸器領域にとどまらず、全身疾患として捉えるべきものでした。まさに救急・集中治療医が担当すべき症例と考え、ベッドに空きがある限り受け入れました」と振り返る。

 一方で同病院には、臓器移植などの高度医療にも対応しなければならないという使命がある。「臓器移植の症例も、救急症例と同様に前触れなく発生します。移植手術のみならず、術後の高度な全身管理も手がけることで、集中治療部のスタッフの負荷は高まります。当院は『COVID-19診療も高度医療も両方やる』という方針だったため、救急・集中治療科医師を2チームに分けることによって、感染リスクを最小限にしながら患者対応に当たりました」と土井氏は話す。

東京大学大学院救急・集中治療学教室のスタッフたち。(土井氏提供)

 診療科や部門の垣根を超え患者のために尽くす

 「我々に求められているのは、院内の重症患者全ての治療成績を向上させることです。教室スタッフには、どの診療科の患者か、誰が主治医かに関係なく、目の前の患者の治療に全力で当たってほしいと思っています」。こうした土井氏の考えは、先に紹介した救命救急センターや集中治療部の運営方針に通じるものだ。また、「どんなに知識や技術を持っていても、コミュニケーション力が低ければ、救急・集中治療には向いているとは言えません。オーケストラの指揮者のように、様々な診療科の医師や他職種との調整を通して最善の治療に到達するためには、ただ自己主張するだけの医師ではだめなのです」とも強調する。

 先進医療、高度医療を支えるスタッフの育成に努める半面、基本的な技術の修得にも土井氏はこだわる。「この病院では、単純な虫垂炎などの手術はあまり多くありません。だからといって『私は経験がありません』で済ますことは、医師としてできません。そのため、教室のスタッフには、関連病院など地域で救急の最前線を担っている医療機関へ、研修や応援に積極的に出て行ってもらうことにしています」。

 医局長の山本幸氏は、大学病院と市中病院の違いを次のように説明する。「大学病院と市中病院では、診療する症例が全く異なると言っていいかもしれません。三次救急と二次救急の違いもありますが、大学病院では診る機会が少ない外傷やcommon diseaseを、市中病院では多く経験できると思います」。

 研究面の充実にも、土井氏は前向きに取り組む意向だ。「この教室も救急・集中治療学もまだまだ若いので、取り組まなければならない事柄はたくさんあります。臨床研究では、敗血症や多臓器不全が主なテーマになるでしょう。一方で侵襲学など、基礎研究と関連が深いところも掘り下げていかなければと考えています」。

 土井氏が教授に就任してからの教室内の変化について、前出の山本氏は次のように語る。「土井教授のもと、学生・研修医教育の仕組みを新たに作りながら、臨床だけではなく、研究面でも皆で成長できる環境作りを目指しています。専門研修医の興味も多岐にわたりますので、各々の個性を生かせるような分野での症例集めと報告会などを定期的に行っています」。医師の働き方改革に合わせた勤務シフトの改善なども含め、救急・集中治療医学教室には少しずつ「土井カラー」が浸透しつつあるようだ。

 

東大病院の救命センターICUでは多職種が協働している。(土井氏提供)

 「私たちの教室なら救急と集中治療を両方学べる」

 教授就任から間がない土井氏だが、自らが率いる医局の目標は明確だ。「救急・集中医療学教室では、日本最先端の高度医療が行われている中で、救急と集中治療の両方を学ぶことができます。その結果として、今後は日本を代表するような救急医、集中治療医を輩出していきたいと考えています。蘇生や血液浄化など、様々な領域の第一人者を4、5人ぐらいは育成したいですね。それこそが東京大学に課せられた役割だと思うのです」と語る。

 「救急医学、集中治療医学関連のガイドラインに東京大学の名前が出てこないのは寂しいですね、ぜひとも東京大学が我が国の救急・集中治療医学のフラッグシップと皆さんに認識してもらえるようになりたいと思っています」とも。この土井氏の掲げる高い到達目標が、救急・集中治療学分野における東京大学のプレゼンスを高めていく原動力になりそうだ。

--------------------------------------------------

 土井 研人 氏

1997年東京大学医学部卒業。同大医学部附属病院内科、三井記念病院内科、湘南鎌倉総合病院腎臓内科、米国立衛生研究所(NIH)などを経て、2008年東京大学医学部附属病院腎臓内分泌内科助教、2012年同集中治療部助教、2015年同救命救急センター講師。2019年東京大学大学院医学系研究科生体管理学講座救急科学(救急・集中治療医学)准教授、2021同教授。(写真は土井氏提供)




閲覧履歴
お問い合わせ(本社)

くすり相談窓口

受付時間:9:00〜17:45
(土日祝、休業日を除く)

当社は、日本製薬工業協会が提唱する
くすり相談窓口の役割・使命 に則り、
くすりの適正使用情報をご提供しています。