臨床で感じた限界を突破できる「研究医」を育成

名古屋大学大学院医学系研究科総合医学専攻 運動・形態外科学 整形外科学/リウマチ学教室は、5年後の2027年に開講100周年を迎える。2020年、その歴史ある医局の第7代教授に同大OBの今釜史郎氏が就任した。80人にも上る大所帯を率いて、患者のために医療を進展させる「研究医」としてのマインドを持つ医師の養成に奮闘している。

名古屋大学大学院医学系研究科総合医学専攻 運動・形態外科学 整形外科学/リウマチ学

名古屋大学大学院医学系研究科総合医学専攻 運動・形態外科学 整形外科学/リウマチ学
医局データ
教授:今釜 史郎氏
医局員:80人(大学院生を含む)
病床数:75床
手術件数:1250件/年
外来患者数:3500名/月
関連病院:80病院

 名古屋大学は2021年、名古屋県仮病院・仮医学校の設置から数えて創基150周年を迎えた。その一部門である名古屋大学大学院医学系研究科総合医学専攻の運動・形態外科学 整形外科学/リウマチ学教室は、1927年に設けられた県立愛知医科大学整形外科学講座に端を発する。2020年、その第7代教授に今釜史郎氏が就任した。同大の生え抜きである今釜氏は、第5代の岩田久氏、第6代の石黒直樹氏の下で、臨床・研究に取り組んできた。

剣道での骨折を契機に整形外科学に興味

 今釜氏は小学生の頃に剣道を始めた。稽古で骨折することもあったが、その際に治療に当たってくれた医師の仕事ぶりを見て、整形外科学に関心を持ったという。「人の体を治すことで社会の役に立ちたい」と考え、名古屋大学医学部に進学した。今釜氏は「自由を重んじる校風と、関連病院の数が多いことが名古屋大学を選んだ理由です。卒業後すぐに医局に入るのではなく、現在の初期臨床研修制度のように関連病院を1年半ほど経験してから入局を決める仕組みも魅力的でした」と語る。

 大学卒業後に豊橋市民病院で臨床研修を受けた今釜氏は、整形外科以外の救急、内科、外科、産婦人科など多くの科を回った。「専門的なことは内科や外科の先生に任せるにせよ、どんなケースでもプライマリ・ケアを担当できるようになることが若い頃の目標だったので、とても有意義な研修でした」と振り返る。卒後4年目の冬には、国家公務員共済組合連合会名城病院整形外科・脊椎脊髄センターへ赴任した。同センターは脊椎・脊髄の手術が9割と多いのが特徴で、今釜氏はそこで同領域のあらゆる手技を修得した。

 これらの病院で豊富な臨床治療を経験した後、今釜氏は名古屋大学医学部大学院に進学して脊髄再生をテーマとする基礎研究に取り組んだ。損傷した脊髄にできる瘢痕が神経の再生や伸長を妨げることが知られているが、この瘢痕を縮小し軸索再生を実現することを目指した。「臨床医は、常に最新の知見や高度な技術を修得して診療に当たらなければなりません。特に大学病院では、難治性の疾患を抱えた患者さんに数多く対応することになりますが、現時点で最善の治療を行っても救えない患者さんがいることも事実です。そのような患者さんを少しでも減らすために基礎研究や臨床研究も同時に進め、医療発展に貢献していくことが、大学医局員としての使命だと考え努力してきました」と今釜氏は言う。

多忙でも最善な医療を患者に提供する

 名古屋大学医学部附属病院の整形外科は、内科に次いで患者数が多い多忙な診療科だ。しかし忙しいことを言い訳にすることなく、外来での保存治療や入院を伴う手術治療などを通して、世界的に見て現時点で最善の医療を提供することをモットーにしている。医局員に対しては、そのために必要な知識と技術を身に付けることを課している。

 医局員の教育という視点で今釜氏が目指しているのは、臨床に通じた「研究医」の養成である。研究医というと、臨床現場から離れて細胞などの試料や統計データなどを相手にする姿をイメージするかもしれない。だが、今釜氏が育てようとしているのは、臨床に精通しながらも、そこで感じた限界を突破するために基礎研究や臨床研究に取り組む医師だ。「“より多くの患者さんを救うための研究”を進めていくには、ベースとなる臨床医としての活動が不可欠なのです」と今釜氏は強調する。

 手の外科の三浦氏、軟骨・椎間板ヘルニアの岩田氏、関節リウマチの石黒氏と、これまでの教授は専門とする領域の診療を推進するために、基礎・臨床研究を重視してきた。今釜氏も同様に、脊髄再生を中心に臨床へのフィードバックを前提にした研究に取り組んでいる。「大学病院は、細胞を用いた基礎研究を進めやすい環境が整っています。また、臨床研究では難治性や希少な症例の治療経験を積むことができるので、他では難しいテーマに取り組むことも可能です。つまり『臨床があった上で初めて研究がある』という私の理念を実践するのに、大学病院は最適なところです。そのことを医局のスタッフに共有していくことも、私の使命だと心得ています」と今釜氏は言う。

 名古屋大学の整形外科教室は80にも上る関連病院を擁しているだけに、多施設が参加する臨床研究に取り組みやすいというアドバンテージがある。多くの患者を対象にした大規模臨床研究によって、現行の臨床治療にエビデンスを与えたり、未だ解明されていない事実を明らかにしたりすることを目指して進めている多施設研究も多い。基礎研究に関しては、現状における臨床の限界を打破するために必要なテーマに取り組み、患者さんを治療できるレベルにまで基礎研究を昇華させることを医局の目標にしている。

 一方、臨床に関する教育は、技術面の向上のみに重きを置いているわけではない。日々のカンファレンスでは、最適な治療計画だけでなく、患者の要望をかなえるには何が必要かまで考えた治療の進め方も議論する。「整形外科は、患者さんの痛みや不自由さに寄り添いながら、それを癒やしていくことが大切です」と今釜氏。学生や研修医を外来診療に同席させ、患者の訴えを聞き出すコミュニケーションを学ばせる。さらに、患者の立場に立って物事を考えることや、患者の発言にどのような答えを返すべきかについてのトレーニングも行っている。

名古屋大学医学部付属病院における手術風景。右が今釜氏。(同氏提供)

事務スタッフの活躍で医師の負担を軽減

 名古屋大学の整形外科教室では、患者本位の診療や研究に注力するため、業務の効率化も進めている。その1つが、医局員が医師でなければできない仕事に専念できるようにするタスクシフトの推進だ。他医療機関からの紹介患者やセカンドオピニオンを求める患者から病歴を聴取して記録したり、診療後の検査予約や次回の外来予約を取ったりする手続きは、全て「クラークデスク」という部署に所属する事務スタッフが担当する。「病歴聴取には専門的な知識が必要なので看護師にお願いしたい気持ちもありますが、看護師にも看護師にしかできない仕事を優先してもらいたい。そのため、クラークデスクの事務スタッフには疾患ごとに聴取すべき項目を事前にレクチャーし、漏れがない病歴聴取ができるようにしています。そして実は、医師や看護師にも話しづらいことを、患者さんがクラークデスクの事務スタッフに話してくださることもあるのです。」と今釜氏は話す。

 今釜氏は医工連携の推進にも力を入れている。名古屋大学の工学部は、以前から金属やセラミックを扱う企業との連携を進めてきた。「中部圏はトヨタ自動車をはじめ、物作り産業が盛んな地域でもあります。インプラントの開発などの医工連携を通して新しい医療を患者さんに届けていくことを名古屋大学の特徴にしていきたいですね」。こう意気込む今釜氏は、医工連携を診療の分野にも広げていきたい考えだ。「AI(人工知能)を組み込んだ診断システムや遠隔医療ソリューションの開発を通して患者さんに貢献していくことも、私たちに課せられた仕事だと思っています」と言う。

医局内外のコミュニケーション充実に配慮

 一方で、今釜氏は医局内外のコミュニケーションも重視している。「外科系の診療科では、チーム医療が大変重要です。整形外科では1人で行う手術は少なく、何人かの医師が協力して行う必要がありますし、看護師や理学療法士、作業療法士の協力も不可欠です。以前はコミュニケーションの円滑化を図るために懇親会を開催していましたが、コロナ禍の今は全て中止しています。再開できる日を心待ちにしているところです」と語る。

 医学生に対しては、整形外科に興味を抱いてもらえるような講演会やセミナーを積極的に開催している。「学生に手術を見学させる機会があるのですが、整形外科の手術では様々な機械を使うせいか、自分には難しいと感じてしまう人もいるようです。そこで、VR(バーチャルリアリティ)で模擬手術を体験してもらったり、手術に使うドリルを実際に手に取ってもらったりして、整形外科に親しみを持ってもらえるよう心がけています」と今釜氏。骨を削るドリルの実習は特に好評だ。生卵の卵殻膜を破らないように卵殻のみを削ってもらう課題には、一生懸命に興味深く取り組む学生が多いという。

 こうした試みに加え、関連病院などの初期研修医に対しては、医局説明会を兼ねて整形外科領域の技術やトピックを伝える研修会を開催している。その結果、毎年の入局者数は常に2ケタを維持している。

 また、名古屋大学の整形外科教室では、地元プロスポーツチームである中日ドラゴンズや名古屋グランパスエイトのチームドクターを担当。ほかにも、競泳日本代表チームのトビウオジャパンやラグビー日本代表を医療面からサポートしている。「最近では、元競泳選手の萩野公介氏を招いて講演会を開催し、学生や研修医に対してスポーツ、アスリートの視点から整形外科の役割などを伝えてもらっています。これも整形外科入局者の増加に一役買っているようです」と今釜氏は話す。

 その結果、名古屋大学の整形外科教室は、今や医局員数が3ケタに迫る大所帯になっている。それだけに学会での演題数や査読付き英語論文数などで、整形外科分野において全国一となることも多い。「学会発表や論文執筆は医療の発展につながることなので、積極的に努力して医療発展に貢献することを医局の目標の1つにしています」と今釜氏。とはいえ、若手にそれらを押し付けるような雰囲気はない。「医局内では若手も自由に発言できるようなフラットな関係性を重視しています」と今釜氏は言う。

整形外科学/リウマチ学教室のスタッフたち。(今釜氏提供)

 
 数多くある関連病院で最高の技術や知識を身につけ、大学病院では難治性疾患に取り組む。患者に現時点での最善の医療を提供しながら、そこで感じた限界を突破するための最先端の研究に取り組む──。名古屋大学の整形外科教室は、そんな医師の育成に日々取り組んでいる。

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今釜 史郎 氏

1997年名古屋大学医学部卒業。
豊橋市民病院、名城病院整形外科脊椎脊髄センターなどを経て、2020年より現職。


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