1973年に開設された秋田大学大学院医学系研究科整形外科学講座の歴史は50年に迫る。その歴史ある講座の第5代教授に、秋田大学医学部卒の生え抜きである宮腰尚久氏が就任した。宮腰氏は医局の枠を超え、県内で診療に携わる同門の力を結集して研究、臨床に当たることで、秋田県の整形外科医療のレベル向上に取り組んでいる。目指すのは、県内の患者すべてを支えることと、秋田発の最新医療を世界に発信していくことだ。
秋田大学大学院医学系研究科整形外科学講座
秋田大学大学院医学系研究科整形外科学講座
教授:宮腰 尚久 氏
医局員:20人(大学院生7人を含む)
病床数:38床
手術件数:466件(2020年実績)
外来患者数:15,241人(2020年実績)
関連病院:24病院(全身麻酔手術可能施設:19病院)
秋田大学医学部に整形外科学講座が設置されたのは1973年で、2023年に創立50周年を迎える。2021年、第5代教授に就任したのが宮腰尚久氏だ。同大学医学部を卒業した生え抜きとしては初の教授となる。宮腰氏が大学を卒業して整形外科学講座に入局した1990年は、初代教授の荒井三千雄氏が退官した年である。「滑り込みでしたが、私は初代教授から先代教授に至るまで、すべての教授に直接、指導をしていただきました」と宮腰氏は語る。
「初代教授の荒井先生は、特に人工股関節置換術と関節リウマチに力を入れ、先生自らイギリスに渡り、直接チャンレー型の置換術を学んで導入されました」と宮腰氏。第2代教授の佐藤光三氏は、専門であった脊椎脊髄外科に力を入れ、秋田県内における診療のレベルアップを推進した。また、骨代謝の基礎研究や骨粗鬆症の薬物治療研究にも尽力したという。
「第3代教授の井樋栄二先生は専門の肩関節で医局の国際化を推進する一方、得意の英語を生かして、我々に英語論文の執筆を指導してくださいました」と宮腰氏は振り返る。第4代教授の島田洋一氏は、当時リハビリテーション医療の先進分野であった、電気刺激により筋肉を収縮させる機能的電気刺激療法の研究に熱心に取り組んだという。
サブスペシャルティ領域ごとの「同門グループ」を組織
秋田大学大学院医学系研究科整形外科学講座には、「脊椎」「関節・外傷」「骨軟部腫瘍」「リハビリテーション」という4つの臨床グループがあり、医学部附属病院でそれぞれの領域の疾患を持つ患者の診療に当たっている。これに加えて、県内の医療機関に在籍する同大学OBをメンバーに加えた「同門グループ」が、整形外科のサブスペシャルティ領域ごとに組織されている。同門グループは、秋田大学を中心とした多施設共同研究を進めるための基盤となっている。
「同門グループが結成されるに至ったのは、私たち脊椎グループの活動がきっかけでした」と宮腰氏は振り返る。秋田大学医学部附属病院の整形外科を訪れる外来患者は1万5241人で、同科の手術数は466件であった(いずれも2020年実績)。だが、同大学のOBが診療する関連病院の手術件数を合計すると年間1万1000〜1万2000件になる。
「大学病院の脊椎グループだけでは症例数が限られるので、関連病院との多施設共同研究にして症例数を増やしたところ、周りから良い評価をいただくようになりました。そこで他の臨床グループも、関連病院を加えた同門グループを作って共同研究を始めるようにしたところ、いわゆるサブスペシャルティ領域ごとの同門グループが立ち上がり、今では10グループを数えるまでになっています」と宮腰氏は説明する。
各同門グループは同講座のウェブサイト内に専用のページを開設している。宮腰氏がディレクターを務めるASG(Akita Spine Group)を例に取ると、来歴や活動目的、手術数や論文数の年次推移を紹介するとともに、所属するメンバー名を勤務先の医療機関名も合わせ掲載している。
秋田県は県土が広いうえに、北の白神山地、東の奥羽山脈、南の鳥海山・丁岳(ひのとだけ)で隣県と隔てられているため、県外から訪れる患者は少ない。そのため、宮腰氏は「秋田の患者さんは秋田で治す」ことにこだわっている。「地産地消」ならぬ「地患地療」(宮腰氏)を志向しているのだ。
この「地患地療」を進める上で、同門グループに所属する関連病院間の連携が大きな意味を持つ。また、関連病院では対応に難渋する重症患者が搬送された場合は、秋田大学医学部附属病院から応援の医師が駆けつける仕組みも整えている。宮腰氏は「整形外科の重症患者さんは動かしにくいケースが多いので、医師が移動した方が治療開始までの時間を短縮できるのです」と説明する。
秋田大学の整形外科学講座を中心に、領域ごとに関連病院が連携し合って地域の患者の診療に当たる同門グループの体制は、秋田県内の整形外科医療のレベル向上に大きな役割を果たしていることは間違いない。
デジタル技術の導入にも積極的
宮腰氏の医局運営におけるもう1つの特徴が、医局員に「2つのメジャー」を持つように勧めていることだ。実際に宮腰氏自身も、脊椎脊髄外科領域と骨代謝・骨粗鬆症領域という2領域での研究に取り組んでいる。先に紹介した同門グループでは、脊椎脊髄外科領域のASGと骨代謝・骨粗鬆症領域のA-BONE(Akita Bone and Osteoporosis Network)の2グループでディレクターを務めている。
医局員に2つのメジャーを持つよう勧める理由は2つある。1つは、医師が少ない秋田県では、他の専門領域の患者を診なければならない局面に遭遇する頻度が高いこと。もう1つは、情報収集のチャネルが増えて様々なアイディアを入手できるようになることだ。宮腰氏は、この方針を医局内に浸透させるとともに、学生教育の充実にも注力し、整形外科医の確保と養成にも力を入れている。
また、広い県土と医師不足に対応するために宮腰氏は、秋田県全体が取り組んでいるデジタルトランスフォーメーション(DX)の積極的推進も見据えている。「我々の分野でDXと言えば、まず挙げられるのが遠隔医療です。専門医がいない地域の患者さんを診断して最適な治療に導くために、学内では医理工連携を、学外では産学連携を進めています」と語る。
秋田大学における既存の医理工連携の実践例としては、整形外科とリハビリテーション科が共同で開発したリハビリテーション支援ロボットなどの医療福祉機器が挙げられる。このロボットについては、特に骨髄間葉系幹細胞由来の脊髄再生治療患者の運動機能回復に対して有効であることを示すデータが集まり始めている。「遠隔診療や医療福祉機器から得られるデジタルデータを適切かつ有効に利活用することで、より多くの患者さんに効果的な医療を提供していく形のDXを進めていきたいと考えています」と宮腰氏は言う。
DXは医師の働き方改革にも活用されている。従来、午前7時半や午後6時に行っていたカンファレンスを、通常の勤務時間内に収まるよう開催時間を変更した。「勤務時間中、医局員は医局や病棟などそれぞれ異なる場所にいるので、カンファレンスはICT(情報通信技術)を利用したウェブミーティングの形を取らざるを得ません。そのことが『3密』を避けることになり、かえって感染対策になるという副産物も得ました」と宮腰氏は語る。
医師不足のハンデを研修の魅力としてアピール
産婦人科では、女性患者から女性医師を望む声が強いと言われるが、それは整形外科でも変わらないと宮腰氏は言う。「側彎症は女児に多いのですが、思春期の女児は女性医師に担当してほしいものです。そうしたニーズに対応するため、整形外科への女性医師の入局者を増やしていきたいと考えています。そのために私は、女性の様々なライフステージに対して働きやすい環境を提供することを、教授就任時の公約の一つに掲げました」。
秋田大学の整形外科学講座では、地方に共通する医師不足という逆境を逆手にとって、多くの手術・症例を経験できることを魅力としてアピールしている。「ここでは、都市部の市中病院以上のペースで手術件数を積み上げていくことができます。また、必ず小児整形外科の専門病院でも研修してもらいますから、先天的な疾患などに対する知識を得ることもできます。短期間で密度が高い研修が可能です」と宮腰氏は話す。
宮腰氏が自分に課しているテーマは2つ。1つは20年以上取り組み続け、数多くの論文を発表してきた高齢者の脊柱変形に対するトータルマネジメント。アジア太平洋地域では秋田大学のプレゼンスが高まっているが、未だ残る未知の部分を解明していくことを目指している。
もう1つは、「オステオサルコペニア」。骨粗鬆症のオステオポローシスと筋力低下のサルコペニアを合わせた概念で、複合的な要因による運動機能の低下を指す。健康寿命の延伸に取り組む中で、避けては通れないオステオサルコペニアの予防法や克服法を見いだすことも、宮腰氏の目標になっている。
秋田に生まれ、秋田県立秋田高校から秋田大学医学部に進み、秋田の整形外科医療に一生を捧げる覚悟を持つ宮腰氏の座右の銘は「Think globally, Act locally」。秋田の整形外科医療の水準を世界レベルにまで高め、秋田発の最新医療をグローバルに発信していくことを目指して、今日も奮闘を続けている。
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宮腰 尚久氏
1990年秋田大学医学部卒業。秋田大学医学部附属病院、秋田県太平療育園、米国ロマリンダ大学筋骨格疾患センター博士研究員などを経て、2021年より現職。