市中病院の経験生かし大学病院の救急強化に取り組む

滋賀医科大学医学部附属病院における救急医療の充実を図るため、同大学救急集中治療医学講座の第2代教授に塩見直人氏が就任した。前職の病院にて救急医不足に陥っていた救急部門を立て直した手腕を買われ、医局スタッフの確保に邁進する一方、学生や研修医の教育にも注力する。一刻を争う緊迫した環境の救急集中治療の場にあっても、「楽しく働く」ことにこだわる塩見氏流の医局運営が始まっている。

滋賀医科大学救急集中治療医学講座

滋賀医科大学救急集中治療医学講座
医局データ
教授:塩見 直人 氏
医局員:13人
病床数:25床(ICU12床・一般病棟13床)
救急搬送患者数:2800人/年
関連病院:6病院

 2022年、滋賀医科大学救急集中治療医学講座の第2代教授に塩見直人氏が就任した。同講座の開設は2003年だが、これに先立って1990年に滋賀医大医学部附属病院に救急部を設置。1993年には集中治療部が置かれ、これらが2004年に救急・集中治療部として統合された。2016年には別に、診療科として救急科が設置されている。

 上記の救急と集中治療の統合について、塩見氏は次のように語る。「救急と集中治療は本来異なる領域ですが、救急集中治療医学講座として一体化しているメリットは、重症の患者さんが搬送された場合に初療した後、速やかに集中治療に移行できるところです。先進的で高度な医療を担う大学病院である当院では、術後の全身管理などで集中治療の充実を先行してきました。一方の救急も臨床研修制度で必修化され、専門医育成の面でもニーズが高まっていることを受けて、充実させていくフェーズに入っていると思います」。

 前職の済生会滋賀県病院救急科部長、救急集中治療科部長、救命救急センター長として一定の成果を上げた塩見氏は、周りからの勧めを受けて滋賀医科大学の教授公募に応募した。「私のこれまでのキャリアでやり残してきたことのうち、最も大きなものが教育でした。特に学生教育は、大学でしかできません。そのことが教授公募に応募する理由になりました」と塩見氏は語る。済生会滋賀県病院の所在する湖南保健医療圏で実現した救急医療体制を、新たに滋賀医大を有する大津市保健医療圏でも構築させたい、という思いもあったという。

市中病院の救命救急センター長から大学教授に

 救急領域の充実を図りたい大学と、臨床医として数多くの救急症例を診ることで地域の医療に貢献したいと考えてきた塩見氏のマッチングがかなったのは、双方のタイミングが一致したからといえる。「私は、医師としての約40年の現役期間について、13年ずつの3ターンに分けて目標を設定してきました。1ターン目が、医師として研鑽を積む修業時代。2ターン目が、地域の救急医療の充実に貢献する期間です。そして3ターン目は、後進の育成に充てる期間にしようと考えました」(塩見氏)。

 京都府出身の塩見氏は、救急医を目指して久留米大学医学部に進学。卒業後は地元京都の医療に貢献したいと考え、京都府立医科大学附属病院で研修医生活を開始し、1ターン目の研鑽時代をスタートさせた。当時の同大には救急の講座がなかったが、塩見氏は救急症例も扱うことができるからという理由で脳外科の医局に所属し、頭部外傷や脳卒中に対応していた。だが、臓器別領域を問わずに治療する救急医への思いは断ち難く、母校に戻り救命救急センターに所属。改めて救急医としての経験を積むことにした。

 久留米大学病院の高度救命救急センターで講師を務めるまでになった塩見氏は、前述の1ターン目から2ターン目への移行を考えていた。そして京都に住む家を決め、その後に京都府立医科大学時代の先輩を頼って勤務先の目途を立てた。

 ちょうどその頃、塩見氏は府立医大脳外科時代の同期の結婚式に出席するため、久留米から京都へ出向く機会があった。その披露宴の席で、以前からの知り合いである済生会滋賀県病院の麻酔科部長と久しぶりに再開した。「元気か。どこでなにやってんねん」といった問いかけに、「久留米で救急医をしていますが、そろそろ京都に戻ろうかと……」と塩見氏が答えたところ、「いいやつがおった。滋賀県病院に今、救急医がおらんし困ってんねん。おまえ、京都じゃなく滋賀に来い」と誘われた。既に別の病院の紹介を受けていたので迷ったが、『救急医が不在になった救急科を立て直してほしい』という熱意ある言葉に応えたいと思い、済生会滋賀県病院に移ることにした。

 そして塩見氏は前述の通り、済生会滋賀県病院の救急部門を立て直すに至った。「スタッフはたまたま毎年のように1人ずつ入ってきましたから、私が何かしたわけではありません。でも、辞めないようにするのは私の仕事です。『この人と働きたい』と思ってもらえるように努めました。病院前医療は救命率向上のために必要なことなので、スタッフに応じて整えていきたいと思っていたところ、事務方を含めた病院側が積極的に導入準備を進めてくれたので、私は診療面の体制づくりに専念できました」と塩見氏は語る。

 こうした実績を積み上げて滋賀医大に着任した塩見氏に課されたミッションは、済生会滋賀県病院で実現したような「救急機能と医局スタッフの充実」を図ることだ。滋賀医科大学医学部附属病院に、市中病院の組織運営手法を導入することも期待されている。

滋賀医科大学医学部と603床を有する同附属病院の全景。(同大学提供)


スタッフ増の秘訣は「楽しく働ける」職場作り

 医局運営の基盤を支えるためにはスタッフの確保も重要だ。必要なこととして塩見氏は、済生会滋賀県病院での経験を元に、「楽しく働ける職場であるとスタッフに認識してもらうこと」を挙げる。「楽しく働いてもらうために、私は彼らの要望をできるだけ聞くようにしています。どのような仕事に携わりたいのか、休暇はどのくらいの期間を希望しているのかなど、各人の要望を細かく聞いて、可能な限りかなえるようにしています」とも言う。

 例えばドクターヘリの出動は日中の明るい時間帯だが、夏場は日暮れが遅くなるため、子育て中の医師が保育園に子どもを迎えに行く時間と重なることもある。そういう場合、子育て中の医師をシフトから外すのではなく、塩見氏自身が代わりに夕方の勤務を買って出る。「救急の初療を重点的に経験したい」というスタッフには、本人が集中治療室での全身管理に興味を持つまで救急初療に専念させ、塩見氏が初療後の管理を引き継ぐこともする。「組織のトップがしたいことを優先してはいけません。スタッフがしたいことを実現することで、組織が活性化し、充実していきます。その結果、組織に求められている役割を、それぞれのスタッフが果たせるようになっていくのです」と塩見氏は言う。

 前職の済生会滋賀県病院では、最初に入局した1人目のスタッフから要望に応えていたところ、それを見ていた初期臨床研修医が後期研修で救急に入局するなどの良い流れができたという。塩見氏は「最終的には11人まで増えたスタッフのうち、6人が女性医師であることは、ちょっとした自慢です。女性医師が活躍できる職場づくりは必須ですね」と話す。

 滋賀医大の救急集中治療医学講座には、済生会滋賀県病院の専攻医が研修にやって来ることもある。そのうちの1人に、塩見氏が「大学での研修期間を延長してくれないか」と持ちかけたところ、「病院前医療も経験できる、塩見先生が作り上げた済生会滋賀県病院の研修プログラムを全うしたいので」と断られてしまったという。この経験を踏まえ、塩見氏は「大学医局の体制も早く整えなければ、という決意を新たにしました」と語る。

塩見氏(前列右から3人目)と滋賀医科大学救急集中治療医学講座のスタッフたち。

 
「医師である以上は心肺蘇生の技術習得を」

 学生に対する教育について、塩見氏は次の3点を重視している。1つ目は、患者の話をよく聞くこと。大学病院を訪れた患者から学生実習への協力の同意が得られた場合、塩見氏は「患者さんご自身の人生経験を学生に話してください」と依頼する。一方で学生には、「病気のことを聞くのはもちろんだが、あえて病気以外のことも聞くように」と指導する。全人的な医療の提供には、患者の話を聞いて共感できることが基本となる。それに気付かせることが目的だ。

 2つ目は心肺蘇生の技術を習得すること。「学生が将来どの診療科に進むかは様々ですが、医師である以上は心肺蘇生技術の習得は必須であると思います」と塩見氏。

 3つ目は、救急の初療を担当できるようになることだ。救急患者を前にしたときに自分が何をすべきか、誰に協力を要請すべきかを正しく判断するために、救急の初療を担える能力は必須の要件といえる。どの診療科に進むにしても、学生にはその能力を備えてほしいと塩見氏は考えている。

 一方、学生を指導する際の心得として学生の評価をしないことに気を配っているという。「一方的な指導では学生の心に響かないため、双方向でやり取りをするようにしているのですが、こちらから質問を投げかけても、評価を気にして萎縮してしまう学生が少なくありません。ですから最初に『今日あったことは評価材料にはしない。楽しく実習しよう』と宣言します」。こう語る塩見氏が学生に伝えたいと考えているのは、「勝負は医師免許を取ってから。学生時代の成績は気にせず、楽しく学べばよい」ということだ。

目標は「シームレスな対応力を持った医師」の育成

 塩見氏の率いる救急集中治療医学講座が今後注力すべき取り組みとして、他の診療科や他の医療機関との連携強化を挙げている。「私たちは『断らない救急』を実践していきたいと考えていますが、救急だけでは治療が完結しないケースが大半です。大学病院内の他科に協力を要請する場合もありますが、相手の受け入れ体制を無視して強引にお願いはできません。その場合は、対応してもらえる医療機関を探して依頼できる形が理想です」と塩見氏は言う。

 ただし、小児の重症患者については受け入れ体制を強化して、小児科と協力しながら大学病院の集中治療室で一手に引き受けたいと考えている。「小児の場合は致命的な外傷や急性疾患の症例が他の年齢層に比べて少ないものの、救急対応しなければいけない場合は専門的な知識と技術が要求されます。ですから小児の重症患者さんを大学病院に集約することで、この領域の専門医を育成していきたいと思っています」と塩見氏は語る。

 医局を支えるスタッフに関しては、救急と集中治療の融合を図っていく方針だ。「専門医を取得してある程度の年数が経てば、救急と集中治療とに分かれていく傾向にあります。そこは尊重しながらも、若手には救急と集中治療の両方に対応する力を付けてもらい、救急と集中治療の一体化を進めていくことも目標にしています。私達も環境を整えていきますので、病院前診療から救急の初療、集中治療室での全身管理までシームレスに対応できる医師を目指す方は、ぜひ救急集中治療医学講座にアクセスしてきてください」と塩見氏は話している。

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塩見 直人 氏

1995年久留米大学医学部医学科卒業。京都府立医科大学附属病院脳神経外科、済生会京都府病院脳神経外科、久留米大学病院高度救命救急センター、済生会滋賀県病院救命救急センター長などを経て、2022年より現職。


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