新設講座で地域を支える「感染症の拠点」作りに挑む

宮崎大学医学部内科学講座の呼吸器・膠原病・感染症・脳神経内科学分野は、2021年に新たな講座として開設された。初代教授に就任した宮崎泰可氏は、コロナ禍を教訓とした病院の感染症対応体制の構築や、感染リスクを抑えた検査・診断法の開発にも取り組んでいる。感染症学を専門とする医師を全国に輩出してきた母校・長崎大学やそのOBネットワークと協調しながら、自らの医局を同大学のような「感染症の拠点」に育て上げることを目標に掲げている。

宮崎大学医学部内科学講座 
呼吸器・膠原病・感染症・脳神経内科学分野

宮崎大学医学部内科学講座 呼吸器・膠原病・感染症・脳神経内科学分野
医局データ
教授:宮崎 泰可 氏
医局員:院内36人
病床数:56床
外来患者数:令和3年の初診1282人
関連病院:38病院

2021年4月、宮崎大学医学部内科学講座の呼吸器・膠原病・感染症・脳神経内科学分野の教授に宮崎泰可氏が着任し、新たな講座としてスタートを切った。宮崎氏は同大医学部附属病院の呼吸器内科の診療科長も務める。

領域の垣根をなくした大講座制

 宮崎大学医学部の前身である宮崎医科大学が1974年に設置されて以来、医学部の内科系の講座として内科学第一、内科学第二、内科学第三が順次、開設された。2003年に宮崎大学と統合され同大学医学部となった後、上記の医学部の内科系講座を含めた19講座が廃止され、内科学、外科学などの大講座制に改組された。これに伴い宮崎大学医学部附属病院の診療科も、開院以来続いてきた第一内科、第二内科、第三内科から循環器内科、腎臓内科、肝臓内科、血液内科、神経内科、呼吸器内科、内分泌・代謝・糖尿病内科、膠原病・感染症内科、消化器内科へと再編されている。

宮崎大学医学部附属病院は1977年に宮崎医科大学の附属病院として設置され、2003年に宮崎大学と統合され現在の名称となった。

 同大医学部講座の変遷について、宮崎氏は次のように語る。「国立大学医学部の多くは、いわゆるナンバー内科から始まって、領域ごとに診療科が分かれていき、それぞれに教授がいて講座が組織される形になっていました。宮崎大学も例外ではなく、呼吸器は神経、内分泌とともに第三内科が診療していました。2006年の大講座制への移行は、これらを一度リセットすることになりました。大講座制の下では、領域ごとの垣根をなくし内科全体で力を合わせて若手をトレーニングすることにより、総合力の高い医師を育てられるようになりました」。

 宮崎大学医学部は、大学病院として高い専門性を持つ医師を養成する使命がある一方で、地域医療を支える人材として、多種多様な疾患に対応できるゼネラリストを育成することも求められている。様々な疾患に対する診療を経験できる大講座制は、この面でも有効に機能する。「当講座には呼吸器、膠原病、感染症、脳神経内科の医師がいますが、それぞれの診療科の患者さんが肺炎になったり感染症にかかったりした時などは、互いに気兼ねなく相談できます。講座外の循環器、消化器、血液などの医師ともコミュニケーションは良好です」と宮崎氏は語る。

医局総会に集まった宮崎大学医学部内科学講座呼吸器・膠原病・感染症・脳神経内科学分野の面々。前列右から4人目が宮崎氏。

コロナ禍の教訓から診療体制の改善に取り組む

 呼吸器内科の疾患で多いのは、肺炎、肺がん、慢性閉塞性肺疾患(COPD)、喘息などで、重症化した患者が紹介されてくる。また、先天性の異常や生活習慣病などの基礎疾患を持ち、肺と同時に合併症治療を必要とする患者も受け入れている。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)でも同様だ。

 「県内の病院関係者の間には、呼吸器疾患の重症例は大学病院が担当するという共通認識があります。COVID-19対策において、デルタ株までは重症患者さんがたくさんいましたので、ECMO(体外式膜型人工肺)が必要な重症例を大学病院が、その他の中等症以上の患者を県立病院等が担当する体制をとっていました。しかし、オミクロン株以降は重症者が減ったため、中等症でも基礎疾患を持つ患者さんは大学病院が受け入れています」と宮崎氏は話す。

 COVID-19が流行し始めた頃、宮崎氏は長崎大学の臨床感染症学教室で准教授の職にあった。そこでの経験を通じて得た教訓は、病院全体で感染症のパンデミックに対応する仕組みを作るということだ。「宮崎大学に来てから大学の方々に提案させていただいたのが、『フェーズ』という考え方です。流行規模や重症化率に応じて、医師の診療体制や看護師の勤務シフトも機動的に変化させなければいけません。フェーズごとに『何を優先すべき』という共通認識を持って、それぞれの職種が最善を尽くしていくシステムが必要です。この仕組みを病院の委員会や執行部の方々と作り上げていければと思っています」(宮崎氏)。

 また宮崎氏は、感染症内科医が限られている施設では、呼吸器内科医が肺炎を、泌尿器科医が尿路感染症を治療するといったように、各診療科の医師が担当臓器の感染症に対応せざるを得ないと考えている。「重症または難治性感染症の場合、感染症内科医は担当診療科の医師と共に診療して、必要な検査や薬剤の使い方について助言します。また、感染症の効果的な予防法や適切な診断法、抗菌薬や抗真菌薬の適正使用についても日頃から周知していく活動が重要です」と宮崎氏は言う。

教授回診で病棟の患者を診察する宮崎氏。

研究では地元・宮崎が求めるテーマも重視

感染症の予防・治療では疫学調査・研究が大きな意味を持つが、その実施のためには資金や人手を確保しなければならない。この点について宮崎氏は、次のように語る。「2022年1月に初当選した宮崎市長の清山知憲氏は、宮崎大学病院で第三内科の医師として勤務されていた時期があります。清山市長に対しては釈迦に説法ですが、宮崎県における感染症の状況や、それへの対応状況などを知らなければ対策の立てようがありません。そのため、例えばワクチンの接種率であったり、ワクチン接種率を上げるために必要なことを、疫学研究を通じて探っていきたいということを、何回かお目にかかってお話しさせていただきました。市長のご理解のもと、今後は関係する行政機関や医師会などのご協力を得て疫学調査・研究を進め、いずれは市から県へとその範囲を広げていきたいと考えています」。

 一方、医師が研究テーマを設定する際に大事なことが3つあると宮崎氏は言う。1つ目は「自分が何をしたいか」を明確にすること、2つ目は「自分に何ができるか」を見極めること。そして3つ目は「自分は何を求められているか」を認識することだ。これまで肺炎や真菌の研究に取り組んできた宮崎氏は、「世界最先端の研究を進めていくことも大学としては大事です。加えて、宮崎大学では宮崎県が高浸淫地域となっている重症熱性血小板減少症候群(SFTS)や、ヒトT細胞白血病ウイルス1型(HTLV-1)による白血病の研究も精力的に行われています。このように地域性が高いテーマは、引き続き研究を充実させていく必要があります。宮崎に来て、『何を求められているか』を認識することの大切さを改めて感じています」と語る。

 新しい治療法を確立するための創薬研究については、企業との協力関係の構築にも意欲を見せる。宮崎氏は「アカデミアの中だけでは難しいところがありますが、臨床検体の採取などは製薬会社よりも大学の方が適しています。我々ができること、すべきことを明確にして、企業と連携を図りながら創薬研究に携わりたいと思っています」と話す。

 また宮崎氏は、気管支鏡に代わる簡便な検査・診断法の開発にも乗り出す計画だ。コロナ禍では、感染対策の面から気管支鏡による検体採取が大きく制限されたため、従来のスタンダードな診断法が採れず、抗菌薬や抗真菌薬の使用を悩む場面が多くあった。「確定診断にしても除外診断にしても、検査ができないと患者さんに必要な薬を適切な量や期間で処方することが困難です。例えば、アスペルギルス症などの真菌症に対して、血液や尿で簡単に診断できる新しい方法を探し出すことにも取り組んでいます」と宮崎氏は言う。

宮崎氏を囲んで進められる医局のミニカンファレンスの様子。

医学生から専攻医まで感染症教育の充実に注力

 「前任地の長崎大学は感染症に力を入れていたこともあり、私個人としては、宮崎大学の医学生向けの感染症の授業数には正直物足りなさを感じています。宮崎大学も他大学並みの授業を行っており、決して少ないわけではないのですが……」。こう語る宮崎氏は「もう少し頑張って感染症の基礎的な知識を身に付けてもらえれば、感染症への興味がより深まり、医師としての成長にもつながるはずです。そのため、病棟実習で呼吸器内科に回ってきた医学生には、毎週必ず感染症のレクチャーを実施しています。私は呼吸器系や感染症系のカリキュラムを作成するコースディレクターも務めているので、担当の先生たちと相談して感染症教育の充実を図っていきたいと考えています」とも付け加える。

 一方、研修医に対する宮崎氏の指導は、患者の元へすぐ駆け付ける機動性を重視している。例えば、入院患者に感染症が疑われるイベントが発生したら、その場にいる研修医や専攻医を連れて患者のベッドに出向き、どのような感染症が疑われるか、それを鑑別する方法は何か、診断できたらどのような治療を行うべきか──などを指導していく。

 だが、感染症に関する基礎知識を備えていなければ、この貴重な機会を生かすことはできない。そのため宮崎氏は「医学部での病棟実習期間か、遅くとも研修医2年目までには、感染症の基礎知識を一通り修得してほしいですし、専攻医であれば学んだ内容を自ら実践できるようになってほしいと考えています。呼吸器内科や感染症内科に限らず、どの診療科でも感染症の患者さんを診る可能性があるわけですから、できるだけ多くの若手医師と接していきたいですね」と話している。

外来教育で研修医を指導する宮崎氏。

卒後すぐに決めた感染症医への道

 宮崎氏は長崎市出身で、地元の長崎大学医学部に進学し、卒業すると第二内科に入局した。「第二内科は呼吸器、循環器、腎臓、消化器を担当していて、体の真ん中にある臓器が集まっていることから、素人感覚で『ここがメインだ』と思い同科を選びました」と宮崎氏は話す。「最初に回ったのが呼吸器領域だったのですが、当時の私の指導医は河野茂先生をはじめ、みな感染症の先生でした。肺炎など感染症の患者さんは元気になって帰って行く症例も少なくなかったので、自分が頑張れば治して帰せるのだと思い、感染症の道に進むことを決めました。あとは一直線にレールの上を走り続けてきた感じです」と振り返る。

 長崎大学の河野氏は、教え子である感染症の専門医や指導医を全国の大学病院、国立感染症研究所などに数多く輩出してきたことで知られる。そして宮崎氏も、その1人となった。感染症を巡る長崎大学と宮崎大学の協力関係は古い。「宮崎大学に呼吸器内科を立ち上げるに当たって当時の幹部は、長崎大学に協力を要請したそうです。それ以降、継続的に医師が派遣されてきた歴史があります」と宮崎氏は語る。

 宮崎氏の目標は、自らの医局を、母校の長崎大学に負けない「感染症の拠点」へと発展させていくことだ。「長崎大学や全国の同門の先生と協力しながら頑張っていくつもりです。まずは長崎大学や熊本大学、鹿児島大学など九州の大学がまとまって感染症分野での取り組みを行う際に、宮崎大学も後れを取らないような体制を築くことから始めます」と宮崎氏は意気込む。九州の感染症医療に新風を吹き込むであろう宮崎氏の挑戦は、始まったばかりだ。

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宮崎 泰可 氏

1998年長崎大学医学部卒業。長崎大学病院第二内科、国立嬉野病院(現・国立病院機構嬉野医療センター)、日本赤十字社長崎原爆病院、米国NIH/NIAID/Clinical Mycology Section留学、長崎大学大学院医歯薬学総合研究科臨床感染症学准教授などを経て、2021年より現職。




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