多職種連携を軸に診療・研究・教育に新機軸打ち出す

愛知医科大学の救命救急科は、早い時期から県内全域をカバーするドクターヘリを運用するなど、愛知県の救急・災害医療で大きな存在感を発揮してきた。そのトップに2022年6月、千葉大学で長く救急・集中治療に当たってきた渡邉栄三氏が就任した。多職種が有機的に連携する救命救急科を率いる渡邉氏は、診療と研究、教育のそれぞれで新たな取り組みをスタートさせている。

愛知医科大学 救命救急科

愛知医科大学 救命救急科
医局データ
教授:渡邉 栄三 氏
医局員:14人
病床数:EICU12床、HCU20床
救急搬送数:約5700件/年
関連病院:2施設

 
「おはよう、分かりますか? 手を握ってくださーい。もうすぐ管を抜きますよー」。取材当日、愛知医科大学病院の救急集中治療室(EICU)では救命救急科教授の渡邉栄三氏が、回診で患者にこう語りかけていた。教授回診に同行するのは医局に所属する医師と担当看護師という大学病院が多いが、同病院の場合はそれに加え、臨床工学技士や理学療法士、薬剤師もメンバーに加わっている。

多職種が参加する回診

 愛知医科大学病院では以前から、救急・集中治療における多職種連携に力を入れてきた。2022年6月に渡邉氏が救命救急科の教授に就任してからは、さらなる充実に取り組んでいる。「各職種でリーダーとなれる人をまず見つけて、その人に職種のグループを引っ張ってもらえるよう、密にコミュニケーションを取るようにしています。将来的には、そういった人材にプレホスピタルケアを含め、院内外を問わず指導的な立場で活躍してもらいたいと考えています」と語る。 

 同病院では、職種の枠を越えた勉強会も盛んだ。例えば外傷チームの勉強会には、救命救急科の医師やERの看護師はもちろん、放射線科の医師や診療放射線技師も参加する。また循環器救急の勉強会には、体外式膜型人工肺(ECMO)チームの立ち上げが計画されているため、臨床工学技士なども加わっている。「職種の垣根が低く、カンファレンスでもお互いに言いたいことを言い合えるのが、うちの良いところだと思います」と渡邉氏。このように充実した多職種連携を実践していることが、愛知医科大学救命救急科の大きな特徴となっている。

多職種が参加する朝のカンファレンス

 救急現場の経験をアカデミアに還元 

 千葉大学出身の渡邉氏は、同大学で約15年にわたり救急・集中治療の診療、研究、教育に携わった後、千葉県の九十九里町と東金市が合同で開設した東千葉メディカルセンターの救命救急センター長として5年間、救急・災害医療に当たってきた。その経験をアカデミアで生かすため、愛知医科大学の教授に転じた経歴を持つ。「現場での仕事に没頭する中で、研究面でやり残したことがあるという思いが強くなったこと、教育面でもトライしたいことが幾つもあったことから、愛知医科大学の教授公募にアプライしました」と渡邉氏は話す。 

 愛知医科大学への転身は、県内全域をカバーするドクターヘリを運用するなど、地域の救急・災害医療の拠点になっていることが決め手になったという。「診療、研究、教育の3本柱をバランス良く手を抜かずにやるというのが私の信条です。愛知医科大学では、それが全てできると確信しています」。こう語る渡邉氏は、赴任してからまだ半年ほどであるにもかかわらず、診療、研究、教育のそれぞれで独自の取り組みを始めている。 

 診療面では、救急外来から集中治療室までをシームレスにつなぐ治療の実現を目指す。「初期蘇生から集中治療までを当センターで完結できる体制が理想です。重症外傷への蘇生やドクターヘリによる救急医療も含め、クリティカルケアをより強化していくつもりです」と渡邉氏。「私の専門の1つが敗血症診療なので、血液浄化法やECMOなどの人工補助療法についても、新しい手法やより良いモダリティを追求していきたいですね」とも付け加える。 

 研究に関しては、基礎研究の成果を臨床に応用するトランスレーショナルリサーチに力を入れる方針だ。渡邉氏は「研究のための研究より、臨床に直結する研究を重視していきます。たった1人の患者さんでも、自分も研究によって救命できたという実感を持って研究者人生を締めくくる──。医局員には、そんな目標を持って研究に取り組んでもらいたいと考えています」と語る。 

 具体的には、敗血症を中心にした免疫系の研究をターゲットに据える。敗血症につながる重症熱傷も研究対象だ。また、2023年1月には愛知県の事業として「重症外傷センター」の試行運用が始まるので、その検証も臨床研究として進めていく。これは県内2カ所のセンターに主に体幹部損傷の重症外傷患者を集約することにより、外傷外科医のスキルや治療レベルの向上を図り、外傷死の最小化を目指す事業。愛知医科大学は、県内全域からドクターヘリで搬送される患者の治療も担当する。 

 これまではドクターヘリで重症外傷の患者を搬送する際、直近の救命救急センターで患者を下ろして診療を依頼する例(Jターン)が少なくなかったという。だが、重症外傷センターの試行運用では、愛知医科大学まで全ての重症外傷患者を連れて帰ってくること(Uターン)が基本になる。その結果、「当院で診る重症外傷、特に体幹部外傷の症例が増えて緊急手術や全身管理の機会が増加することにより、救命救急センターとしての実力が向上し、ひいては患者さんの予後が良くなることを期待できます」と渡邉氏。「当院と患者さん双方のベネフィットにつながるよう取り組んでいきます」とも言う。

ドクターヘリの出動件数は年間約400回に及ぶ

 救急と集中治療の双方の専門医取得を奨励

 一方、教育面では、卒前教育においてシミュレーション教育に重点を置く。「医学教育に客観的臨床能力試験(OSCE)が取り入れられて久しいですが、救急・集中治療領域は臨床実習で実際の患者さんに協力を頂くのが難しい分野なので、シミュレーション教育を積極的に進め、実践的な能力を身に付けてもらうと同時に、この分野への興味を持ってもらえるようにしたいと考えています」と渡邉氏。また学会や抄読会への参加などを通じて、早い段階からリサーチマインドの涵養にも努めていくという。 

 卒後教育については医局員に対し、まずは救急科専門医と集中治療専門医のダブルボードを求めるという。さらに本人の興味や希望によって、循環器科や外科、小児科の専門医を取得することをサポートする。研修医に対し、こうした点をアピールすることによって、従来は専攻医の入局がなかった年もあった状況は打開していきたい考えだ。 

 医局員の海外留学も奨励している。「留学には、積極的に行ってもらいたいと思っています。かけがえのないものが得られることは、自分の経験からも分かっていますから」。こう語る渡邉氏は「大学院を卒業した直後くらいの適齢期の医局員には、全員に留学を打診するつもりです」とも言う。 

 留学先としては、コネクションがあるアメリカやドイツ、オーストリアなどを想定している。「特にアメリカは、臨床系の研究室でも基礎医学のラボを持っているところが多く、トランスレーショナルリサーチが実現しやすいのが特徴です。クリティカルケアで実績のある、個人的なつてのある海外の大学もありますので、今後は積極的にスタッフを送り出していきたいと考えています」と渡邉氏は話す。

救命救急科のスタッフたち。

 「やりたいことが何でもできる」医局 

 これまで見てきたように愛知医科大学の救命救急科は、渡邉氏の教授就任を機に、診療、研究、教育のそれぞれで新しい動きをスタートさせている。その動きを確たるものとするために欠かせないのが、新たなスタッフを継続的に医局に迎え入れることだ。渡邉氏の医局では若手医師に向けて、広く門戸を開いている。 

 「ここに来れば、やりたいことは何でもできます。本道である救急集中治療はもちろん、他の診療科に回ってサブスペシャルティのトレーニングもできます。基礎研究に軸足を置くことも可能です。さらに、災害医療研究センターの教員を兼任するスタッフも在籍しており、DMAT(災害派遣医療チーム)資格の取得も勧めています」。こう語る渡邉氏は、医局の雰囲気について「重症患者の救命のため、いくら熱くなっても浮いてしまうことはありません。とはいえ、みんな人当たりはいいですよ」と話す。 

 その上で渡邉氏は、若手医師にこう呼びかける。「目の前の患者さんの救命はもちろん大事ですが、それだけでなく、ぜひ研究にも前向きに取り組んでほしいと考えています。それは研究のための研究ではなく、自分の研究成果によって将来、目の前の患者が救われたという実感が持てるような研究です。難しいことかもしれませんが、そうした最終目標を掲げ、一緒に切磋琢磨していきましょう」。

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 渡邉 栄三(わたなべ・えいぞう)氏

1997年千葉大学卒業、同大学医学部附属病院の救急部・集中治療部研修医。川崎製鉄健康保険組合千葉病院、国保直営総合病院君津中央病院、千葉大学医学部附属病院を経て、2006年からWashington University School of Medicineに留学。2009年千葉大学医学部附属病院救急部・集中治療部助教、2012年同大学大学院医学研究員救急集中治療医学講師、2014年同准教授、2017年東千葉メディカルセンター救命救急センター長。2022年6月より愛知医科大学病院救命救急科教授。

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(別掲記事)

愛知医科大学の救命救急科では、有機的な多職種連携が行われていることが大きな特徴となっている。ここでは、その連携を支える医師以外の職種のコメントを紹介する。


川谷陽子氏(看護師長)
「救命救急センターでは、もともと医師と看護師が同じ目標に向かって取り組むので、チームワークは良好でした。それに加えてここ数年は、リハビリ職種や薬剤師などとも合同で勉強会をする機会が増え互いにコミュニケーションが取れるようになり、連携がうまくいくようになったと感じています」

斉藤佑治氏(薬剤師)
「EICUを担当しています。患者さんは人工透析やECMOが必要な例が多いのですが、その状態は常に変わっていくので、日頃から医師と話し合って治療の実施や必要な薬剤の投与量を調整しています。また、看護師と採血の時間を共有して正確な判断ができるよう努めています」

松本乃里子氏(薬剤師)
「私が担当しているHCUは、入院前の治療内容などの情報収集が大事になるので、ERはもちろん、かかりつけ医や薬局とも連絡を取って、もともとの服用薬が症状悪化の原因になってないかなどを判断しています。入院患者については、継続すべき薬や中止すべき薬について医師や看護師と情報共有しながら、病態に応じた薬物治療の継続を実施しています」


黒田貴樹氏(臨床工学技士)
「前職の病院に比べ、すごく働きやすいと感じています。臨床工学技士のチームの平均年齢が若いこともあり、やりたいことをやりやすい環境にあることに加え、医師もいろいろと話を聞いてくださりディスカッションできます。プライベート面でもよくしてもらっています」
 

 塩谷美苑氏(臨床工学技士)
「愛知医科大学病院は愛知県で唯一の高度救命救急センターであるため、三次救急に関わりたいと思い入職しました。私は新人なのですが、医師が気軽に話しかけてくださるので助かっています」

 三浦祐揮氏(理学療法士)
「朝のカンファレンスに呼んでいただくなど、渡邉教授をはじめとする医師が情報共有の機会をくださるので、職種を超えた連携はかなりうまくいっていると思います。特に救急はリスク管理が大事なので、看護師とも協力しながらリハビリテーションを進めています」

 



 

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