秋田大学大学院医学系研究科の血液・腎臓・膠原病内科学講座(旧第三内科)の第4代教授である髙橋直人氏は、同大医学部を卒業して以来、ほぼ一貫して同講座に所属。講座OBとも協力し、医局員相互が助け合う美風を守り、秋田県の地域医療の向上に努めてきた。地域医療を担う医師の養成を着実に進める一方、診療と研究の関係が近い分野であることから、トランスレーショナルリサーチや個別化医療の研究にも力を入れている。
秋田大学大学院医学系研究科 血液・腎臓・膠原病内科学講座(旧第三内科)
秋田大学大学院医学系研究科 血液・腎臓・膠原病内科学講座(旧第三内科)
医局データ
教授:髙橋 直人 氏
医局員:30人
病床数:42床(血液内科、腎臓内科、リウマチ科合計)
外来患者数:血液内科25.1人/日、腎臓内科8.4人/日、リウマチ科23.5人/日(2022年10月)
手術件数:移植34件(2021年)
関連病院:20病院
髙橋直人氏が秋田大学大学院医学系研究科 血液・腎臓・膠原病内科学講座の第4代教授に就任したのは2015年。旧第三内科から改称した同講座は、今でも旧称で呼ばれることが少なくない。秋田大学医学部は1970年に開設され、その4年後に第三内科が置かれた。初代教授の柴田昭氏、第2代の三浦亮氏、第3代の澤田賢一氏はいずれも血液領域を専門にしており、髙橋氏の専門も同じである。
「秋田大学医学部を卒業した私は、第三内科に入局しました。その頃はまだ血液領域を専門にしようと決めていたわけではありませんが、消化器・神経領域を対象とする第一内科、循環器・呼吸器領域が対象の第二内科に対して、第三内科は特定の臓器を対象に絞り込まずに全身を診る『内科らしい内科』であったこと、卒前教育で接した三浦先生に尊敬の念を抱いていたことから、同科を選びました」。こう振り返る髙橋氏は、「第三内科は東北で初めて骨髄移植を手がけるなど、血液領域の診療・研究が盛んであったため、自然とその領域に取り組んでいくことになりました」とも言う。以来、髙橋氏はカナダのサスカチュワン大学サスカチューンがんセンターに留学していた時期を除き、一貫して第三内科での診療・研究・教育に取り組んできた。
第三内科から血液・腎臓・膠原病内科学講座へと衣替えした同講座の医局員は、関連病院への出向者も含めて30人。同門会の会員数は130人を超え、秋田県内を中心に各地で診療に当たっている。また、秋田厚生医療センター、市立秋田総合病院、秋田赤十字病院、由利組合総合病院、平鹿総合病院、能代厚生医療センター、大曲厚生医療センター、湖東厚生病院、中通総合病院に所属する同門会の医師は、初期臨床研修プログラムに組み込まれた市中病院研修での教育も担当している。
秋田の地域医療に貢献する人材を育成
「今の医学生や研修医は、専門医や学位の取得が大きな目標になっています。ですから卒後や初期研修後も県内にとどまってもらうためには、大学での研修プログラムを魅力的なものにしなければなりません。秋田大学の内科専攻医研修プログラムは、大学病院で高度先進医療に触れ研究の指導を受けられるだけでなく、市中病院でコモンディジーズへの対応や基本的な手技を習得できるなど、実践的な内容になっています」と髙橋氏は話す。
他県には、専攻医の経験症例を確保するため、受け入れ人数を制限する「シーリング」を設けている例もあるが、秋田県にはそれがない。「秋田大学の後期研修では、確実に内科専門医などの取得に必要な症例数を経験できますし、十分な数の指導医もいます。他県の初期研修医の皆さんも、秋田大学での後期研修をぜひ検討してみてください」と髙橋氏は呼び掛ける。
一方、医学生の方は、定員の4分の1に当たる30人ほどを「地域枠」に設定している。この地域枠の学生が地域医療に熱心なのは当然としても、「一般枠の学生も秋田県の地域医療に貢献したいという思いが強い」というのが髙橋氏の得ている感触だ。「大学卒業後、県外での初期研修を選択しても、専攻医向けのプログラムは秋田大学のものを選択するため、毎年60人ぐらいが戻ってきます。そして、そのうち約10人が毎年、秋田大学内科専攻医研修プログラムを選択してくれます」と髙橋氏。「ありがたいことですが、秋田大学の内科学講座全体としては年20人ぐらいまでは対応できますので、当科でもさらに入局者を増やしていきたいですね」とも付け加える。
女性医師を呼び寄せる休職者のサポート体制
ところで、同講座に所属する医師30人のうち、女性は10人と3分の1を占める。髙橋氏は特に意識していないようだが、入局に際して女性医師は、講座に所属する同性の先輩にどのような働き方をしているかを聞いて進路を決めているという。「当講座の女性医師は、産休や育休をきちんと取って、その後に復帰するケースがほとんどです。性別にかかわらず、他の医師が休職した医師の業務をカバーするという当講座の気風が、女性医師の入局を増やす結果につながっているのではないかと思います」と髙橋氏は語る。
医局員が相互に助け合うのは、第三内科以来の伝統でもある。その気風が引き継がれ、ロールモデルとなる医師が常に存在したことが、男女を問わず常に入局者が途切れなかった理由と言えそうだ。「医師も人間である以上、何らかの事情でそれまでの半分しか働けなくなることはあるでしょう。そのとき、リジェクトしてしまうと0.5が0になってしまいますが、うまくやり繰りすれば1に戻り、いずれは1.5働くようになるかもしれません。そういった余裕を持つことが、今話題になっている医師の働き方改革にも有効ではないでしょうか」(髙橋氏)。
医師の働き方改革については現状、医師の勤務時間は実際に患者に接して診療に当たる時間を基準とし、研究に費やす時間は自己研鑽に組み入れられようとしている。この方向性は、「研究は『労働』ではない」という髙橋氏の思いと一致する。「医学の真理を探究する研究は、いわゆる労働とは異なるものと私は考えています。外部の人から『研究は自己研鑽の時間だろう』と言われるには違和感を禁じ得ませんが、確かに研究は金銭の対価として行っているものではありません。私に限らず、研究を労働と捉えている人は、そもそも大学に残らないでしょう」と髙橋氏は語る。
トランスレーショナルリサーチや個別化医療の研究に取り組む
秋田大学の血液・腎臓・膠原病内科学講座は、同大学の医学部附属病院で、血液内科、腎臓内科、リウマチ科を担当し、各領域の研究に積極的に取り組んでいる。「いずれの診療科も顕微鏡が必須です。顕微鏡で見る検体は血液、骨髄像、腎臓の腎生検像と様々ですが、患者さんから採取した検体を診断に用いるという診療スタイルは共通しています。他の診療科であれば病理医の協力を仰ぐのに対し、血液内科や腎臓内科、リウマチ科には、自分で判断して治療法を決めるという醍醐味があります」と髙橋氏。
こうして収集した臨床検体が、診療科の開設以来蓄積されて膨大な量になり、貴重な情報となっている。蓄積された臨床検体の情報を元に新しい病気が発見されたり、新しい病気の分類ができたり、その病気の治療に関する研究を加速したりというトランスレーショナルリサーチにつながっているのだ。さらに臨床研究から生まれた疑問が、大学院での研究テーマになるという好循環も生まれている。
また、臨床に近いところでは薬物血中濃度モニタリング(TDM)にも取り組んでいる。「白血病や骨髄腫などでは、TDMを個別化医療に応用することが有効です。それぞれの薬剤には標準投与量が決められていますが、半分の量で十分な効果が得られたり、標準投与量では副作用が強く出たりする場合があるので、TDMによって患者さんごとに最適な投与量を探りたいと考えています。TDMに関しては、薬剤部の先生と協力しながら手弁当で対応しています」(髙橋氏)。
一方、自らの専門である血液領域に関して髙橋氏は医局員と共に、骨髄移植の一種である「ハプロ移植(HLA半合致移植)」に取り組んでいる。骨髄移植ではレシピエントとドナーのヒト白血球抗原(HAL)の合致が前提条件になるが、少子化の影響もあり家族間での適合者が減っているのが実情だ。その対策として髙橋氏は、市民ボランティアの協力を得て骨髄バンクを立ち上げたり臍帯血移植を進めたりしているが、多くのニーズに応えられるほどの成果は得られていない。
ハプロ移植は、そんな現状に風穴を空ける試みだ。ただし、難易度が高く課題は多い。「ハプロ移植では、拒絶(レシピエントの免疫系が移植片を攻撃することで起きる合併症)やGVHD(ドナー由来のリンパ球がレシピエントの身体を攻撃することで起きる合併症)を抑制するための措置が重要になります」。こう語る髙橋氏は、「現状では白血病などの治療に移植術を選択せざるを得ませんが、ドナーに負担をかけてしまいます。私はいずれ訪れるであろう、薬のみで白血病を寛解させられる未来を信じて、薬物療法の研究に引き続き取り組んでいきます」と話している。
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髙橋 直人(たかはし なおと)氏
1990年秋田大学医学部卒業。秋田大学医学部第三内科、2003年カナダ・サスカチュワン大学サスカチューンがんセンター留学、秋田大学医学部第三内科学講座を経て、2015年より現職。