大阪公立大学医学部附属病院は、前身の大阪市立大学医学部附属病院の時代の2013年度に、近畿地区で唯一の「造血幹細胞移植推進拠点病院」に指定された。拠点病院の目的である人材育成、移植コーディネート支援、地域連携を精力的に推し進めた結果、近畿圏は言うに及ばず、今や日本の造血幹細胞移植医療を牽引する中核病院となっている。同病院の血液内科・造血細胞移植科のこれまで取り組みと将来展望を、同科の部長であり大阪公立大学大学院医学研究科血液腫瘍制御学教授を務める日野雅之氏に聞いた。
大阪公立大学大学院医学研究科 血液腫瘍制御学
大阪公立大学大学院医学研究科 血液腫瘍制御学
医局データ
教授:日野 雅之氏
病床数:37床
同種造血幹細胞移植:40〜50人
関連病院:8病院
大阪公立大学医学部附属病院血液内科・造血細胞移植科は、同大学大学院医学研究科血液腫瘍制御学教授の日野雅之氏が率いている。部長を兼務する日野氏以下、准教授2名、講師11名(病院講師を含む)、大学院生8名、研究医7名の陣容だ。日野氏は1985年に大阪市立大学(現大阪公立大学)を卒業後、東京大学第3内科の髙久史麿教授(当時)、東京大学医科学研究所(浅野教授、渋谷教授)の下で、基礎研究、血液診療に携わった。その後に大阪市立大学に戻り、1999年4月に教授に就任、2017年4月から副院長も兼務している。
血液内科医を志した理由を日野氏に尋ねると、「疾患の全体をマネジメントできる点にやりがいがあります」という答えが返ってきた。「固形がんでは、内科医が診断しても治療するのは外科医というケースが多いのが実情です。これに対して造血器腫瘍は、診断から造血幹細胞移植、薬物療法、さらに患者によっては終末期まで内科医が診ることができます。そんな血液内科に魅力を感じました」と言う。
造血幹細胞移植の近畿圏の拠点に
大阪市立大学の血液内科は、大学病院としては後発グループに属していたが、造血幹細胞移植に力を入れたことで全国屈指の存在に躍り出た。2013年に大阪市立大学医学部附属病院(当時)は、東京都立駒込病院、名古屋第一赤十字病院とともに「造血幹細胞移植推進拠点病院」に指定されるに至った。このことは、同病院が近畿地方における造血幹細胞移植の拠点に選定されたことを意味する。骨髄移植、末梢血幹細胞移植、臍帯血移植の全てを実施している。
造血幹細胞移植推進拠点事業は、白血病などの造血機能障害を持つ患者が、どの地域の病院でも疾病の種類や治療ステージに応じた最適な造血幹細胞移植を受けられ、しかも移植を受けた患者がどの地域に居住していても、生活の質を保ちつつ長期のフォローアップ(Long Term Follow Up;LTFU)を受けられる医療体制の構築を目的とした事業。大阪市立大学医学部附属病院は、この要件を満たす全国3拠点の1つとして厚生労働大臣から選定された。
拠点病院のミッションは、「造血幹細胞移植医療人材育成事業」「造血幹細胞移植コーディネート支援事業」「造血幹細胞移植地域連携事業」の3つ。日野氏は「造血幹細胞移植医療の質を高める上ではどれも重要な事業であり、思いつく限りの手を尽くしてきました」と振り返る。
認定移植医、コーディネーター、LTFU看護師を育成
造血幹細胞移植には、血液内科の医師や看護師だけではなく、リハビリテーションやペインクリニックを担当する医師、理学療法士、管理栄養士、薬剤師、歯科衛生士など様々な職種がコミットする。その中で、育成に特に注力しているのが日本造血・免疫細胞療法学会認定の移植医と、造血幹細胞移植コーディネーター(HCTC)や、LTFUが実践できる看護師だ。
HCTCの仕事は、倫理性を担保しつつ患者・ドナーおよびそれぞれの家族の支援を行い、移植の円滑な調整を行うことでリスクマネジメントの一端も担う。また、タイミングが重要な移植医療の中で、骨髄バンクドナーの迅速なコーディネートのために院内外の移植医療関係者や関連機関との連携を行い、手術室の枠を確保するなど重要な役割も果たす。近畿圏のHCTCは2015年時点ではわずかに4人という状況だったが、2022年現在は30人に増加している。しかし、学会認定のHCTCを取得するには経験年数やコーディネート件数などの要件を満たす必要があり、全ての移植施設に配置できておらず、まだまだ不足している状況だ。
LTFU看護師の育成も十分ではない。学会のLTFU看護師研修を受講するためには、移植を実施している施設で一定の実務経験を積むことと症例数の条件を満たすことが求められる。これは移植数の少ない施設に勤務する看護師には大きなハンデとなる。そこで大阪公立大学医学部附属病院は、看護師向けのマニュアルを作成し、無料で提供するとともに基礎研修(座学、半日×2回)と実習(4週間)を行い、学会のLTFU研修への橋渡しを行っている。
非血縁ドナーの採取希望情報をWEBベースで共有
「造血幹細胞移植の対象となる患者(レシピエント)の状態は急変することもあり、移植希望の登録から実際の移植までの期間はできる限り短くする必要があります」と日野氏。こうした思いから開発したのが「採取空き状況WEB登録システム」だ。
以前は、骨髄バンク事務局が採取施設にファクスで希望日程を記載した依頼状を送付し、施設がその日に採取できるかどうかを回答していた。ファクスを送られた施設がその日に採取できない場合、骨髄バンク事務局の担当者が次の施設に打診のファクスを送るという作業を繰り返していた。そうした非効率を解消するため、各施設がWEBに採取可能な日時をあらかじめ入力する仕組みを導入し、順繰りの問い合わせで生じる時間のロスを大幅に減らすことに成功した。
日野氏は「近畿地区の移植方法確定から採取までの日数の中央値は、全国7ブロックで最も短くなりました。また、移植施設が第1希望とした日程で採取できた割合も、3割から8割へと上昇しています。これは全国で最も高い割合です」と胸を張る。
造血幹細胞移植では、レシピエントはもちろん、ドナーの安全性確保が重要なテーマになる。日野氏らは、厚生労働科学研究費補助金の支援を元に「安全情報データベース」も構築している。これは、ドナーに起きた有害事象を共有し、採取の安全性を向上させるシステムである。
マップ検索システムで地域連携に貢献
日野氏は、造血幹細胞移植推進拠点病院事業の3番目のミッションであるLTFUを実現するために地域連携でもウェブを活用しようと準備を進めている。既に、造血幹細胞移植を受けることができる医療機関を検索できる「造血幹細胞移植施設マップ検索システム」(図1)を構築し、近畿圏の医師や患者に無料で提供している。このシステムでは移植可能な病院を地図や鉄道路線から検索できる。
これと並行して、移植を受けた患者のフォローアップやワクチン接種を引き受けてくれる一般診療所や地域の病院を検索するシステムも開発中だ。
各職種が有するスキルあってのチーム医療
「診断から最終治療まで一貫して診ることができる」ことが血液内科の魅力だと語る日野氏は、同時に血液内科の特徴として「病気にかかる責任が患者にない」点を挙げる。「生活習慣病は患者に依存する要素が高く、治すためには患者の意志も重要です。しかし血液腫瘍の患者には病気にかかった責任がなく、血液の病気を治すためには血液内科医の力が大きいのです」と強調する。
20世紀に入って登場した分子標的治療薬の恩恵を真っ先に受けたのが、血液腫瘍の1つである慢性骨髄性白血病だった。新たな治療薬の登場で、10年生存率は健常人と同じになった。造血幹細胞移植でも拒絶反応の制御法が進歩して、ヒト白血球抗原(HLA)のバリアを超える移植が可能になった。大阪公立大学は、こうしたハプロタイプ移植の先駆者となっており、移植年齢の上限も70歳まで伸ばしている。
一方で「移植は依然として厳しい治療です」と日野氏は語る。「移植しても2割が死亡してしまうため、移植する側は常にベストパフォーマンスを心がける必要があります。そこでのキーワードは『チーム医療』。医師も看護師も他の職種も加えて、チーム全体でスキルアップすることが求められます」とも付け加える。移植への拒絶反応である移植片対宿主病(GVHD)が出現する患者と、そうでない患者の早期の鑑別、重度な下痢への対応など、できる限り早く患者の異常に気づき、介入する必要がある。
大阪公立大学医学部附属病院の血液内科・造血細胞移植科が最近、力を入れている治療にCAR-T療法がある。患者のT細胞を採取し、そこに患者の腫瘍抗原と反応するよう設計したキメラ抗原受容体(CAR)遺伝子を導入し、改変したT細胞による治療だ。患者によってはサイトカインストームなど致死性の副反応が出る場合もあり、極めて慎重な配慮が必要とされる。しかし造血幹細胞移植で経験を積んできた同科にとって、CAR-T療法はそれほど困難な治療ではないという。実力を付けたチーム医療の成果の1つといえるだろう。
チーム医療によって「ど根性医療」と決別
造血幹細胞移植という困難な分野に取り組む日野氏だが、医療者は全てを患者のために捧げるべきかという問いには、「違います」と明確に否定する。日野氏が教授に就任した際に医局員に徹底したのが「ど根性医療」の否定だった。
「昔の造血幹細胞移植は、医師の『ど根性』に依存していました。患者の容態が悪くなると医師は病院に泊まり込むのが当たり前でしたが、そうした習慣をなくしたいと思ってきました」と日野氏は語る。現在は主治医であっても、夜は代診医や当直医に任せて、帰宅するルールになっている。
主治医であっても他の医師に担当を変わる時間がある方式の良いところは2つある。1つは、オンとオフを明確に分けることにより、主治医がリフレッシュできること。消耗した心身は、しばしば臨床現場で誤った判断を下す危険性があるが、そのリスクが軽減される。
もう1つは、医療行為に第三者の目が入ることにより、主治医の誤った判断を正せる機会が増えることだ。「医師は往々にして他の医師の介入を嫌うものです。医局員たちの意識改革は大変でしたが、今では主治医の固定が患者のメリットにならないことを全員が共有しています」と日野氏は語る。
女性医師が子育てをしながら勤務を続けられる配慮も行っている。以前は女性医師が妊娠すると休職や退職を余儀なくされるケースもあったが、今は9時から14時までの時短勤務を制度化し、勤務を続けながら子育てを行えるようにしている。そのためのバックアップもチーム医療の1つだと日野氏は指摘する。
「造血幹細胞移植医療は、患者やドナーだけではなく、医療スタッフにとっても質の高い、やさしい移植でなければなりません。その3者にとってWin&Win&Winな医療であるべきです」と日野氏は話している。
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日野 雅之(ひの・まさゆき)氏
1985年大阪市立大学医学部卒、同大学医学部附属病院第2内科、東京大学第3内科、大阪市立大学血液内科講師、同大学大学院医学研究科血液病態診断学助教授などを経て、同大学大学院医学研究科血液腫瘍制御学教授。同大学医学部附属病院の血液内科・造血細胞移植科部長と中央臨床検査部部長、副院長を兼務している。
多職種連携を軸に診療・研究・教育に新機軸打ち出す
2023.02.15
愛知から感染症学のステータスアップを強力に推進
愛知医科大学医学部臨床感染症学講座
医局データ
教授:三鴨 廣繁
医局員:常勤5名(教授:三鴨廣繁、准教授:森 伸晃、萩原真生(分子疫学・疾病制御学寄附講座 准教授)、講師:浅井信博、平井 潤);非常勤6名(客員教授:森 健、渡邉邦友、山下 誠、大曲貴夫、鎌田信彦、山岸由佳)、薬剤師1名(専従)、臨床検査技師10名(専従8名、再雇用1名、臨床感染症学講座研究員1名)、看護師4名(専従3名、時短勤務1名)、事務員3名
病床数:不定床(病院の方針で必要に応じて増減)
外来患者数:2,392人(初診407人、再診2,443人)(2021年度実績)
入院患者数:83人(2021年度実績)
感染症患者:870人(2,425件)(2021年度実績)