「救急科専門医による救命救急医療体制」の構築を目指す

大分大学医学部救急医学講座の教授に就任し、同大学医学部附属病院の高度救命救急センターのセンター長も兼務する安部隆三氏は、前職の千葉大学医学部附属病院で、救急の診療だけでなく研修プログラムの作成や災害時の医療対応計画作成など様々な経験を積んできた。そのキャリアを生かして大分大学でも救命救急科の医局の充実を図り、大分県内に「救急科専門医による救命救急医療体制」を構築することを目指している。

大分大学医学部救急医学講座

大分大学医学部救急医学講座
医局データ
教授:安部 隆三 氏
医局員:11人
病床数:24床(ICU)
救急搬送患者数:1648人(2021年実績)
関連病院:2病院

 2022年4月、千葉大学災害治療学研究所教授だった安部隆三氏は、大分大学医学部救急医学講座の教授に着任した。同時に、同大医学部附属病院高度救命救急センターのセンター長にも就任した。

「現在、救命救急科の医局員は私を含めて11人です。そのうち2人は他の医療機関に派遣中で、5人は専攻医です。この人数で高度救命救急センターを運営していくことは難しいので、外科や整形外科、循環器内科などから9人が応援に来てくれています。まずは、救命救急科で安定した体制を組める陣容に整えることが急務です。2023年度には専攻医が4人入局する予定なので、今後さらに医局員を増やして、大分県の救急科専門医を増やしていきたいと思います」と安部氏は語る。 

 安部氏の前任地である千葉県には、人口約600万人に対して救急科専門医が約300人いる。一方、大分県は人口約110万人に対して救急科専門医は約40人。大学医局と言うより、県内に救急科専門医が不足している。大分県を含めた九州地方では、臓器別の外科や内科の医師が救急を担当するケースが主流で、救急科専門医に対する認知度が低かったことが関係しているのかもしれない。このような状況にある大分県で、「救急科専門医による救命救急医療体制の構築」が安部氏の目指すところでもある。 

救急医療は地域の特性に合わせた対応が必要 

 「救急医療体制の構築には、病院内の救急診療体制やドクターヘリ・ドクターカー関連設備など、受け入れ側を整備するだけでは不十分です。県内各地の地形や人口分布、年齢構成、救急対応が可能な医療機関の位置や特徴と搬送の所要時間などの病院外の環境も把握して、あらかじめ対応策を講じておくことが必須です」。こう話す安部氏は、千葉で過ごした23年間の自身の経験を、そのまま生かすことはできないと感じている。「大分に来てからの1年間は、この地域の特性を学ぶことに最も注力しました」と言う。 

 安部氏は、以前から高度救命救急センターに所属していたスタッフとあらゆる情報を共有するだけでなく、大分市に2つ(大分県立病院、大分市医師会立アルメイダ病院)、別府市に1つ(新別府病院)ある三次救急医療機関や、救急患者を多く受け入れている二次救急医療機関、県内の消防とのコミュニケーションを活発化。特に消防とは、二次医療圏ごとに行われる救急隊の事後検証会の全てに参加して、各地域の救急救命士と地域の課題についてディスカッションしている。 

 こうした活動の結果として表れた動きの1つが、大分大学医学部附属病院が基地病院となって運用しているドクターヘリの効果的な運用の実現だ。ドクターヘリの出動件数は、一時は年間700件に上ることもあったが、最近は400件程度に落ち着いている。その理由について、安部氏は次のように語る。「これまでドクターヘリが出動した際、救急医が駆けつけることで救命できたケースがあった一方で、結果的にはドクターヘリが不要だった例もあったと考えられます。ドクターヘリの出動中に別の要請が入ることもありますから、他の対応方法も含めて総合的に病院前救急医療の質を向上させていく必要があります」。 

 例えば、急患が発生した場所の地理的条件によっては、ドクターヘリを要請するよりも、地域の救急隊が搬送を開始して、三次救急医療機関から出動したドクターカーと合流したところで患者を引き継ぐ方が有効な場合もある。安部氏は「三次救急医療機関が沿岸部に集中する大分県では、ドクターヘリでなければ助けられない山間部の方々がいることも実感しています。それだけに、ドクターヘリを有効に運用するための方策を模索していかなければと感じています」と言う。 

 また、安部氏が大分に来て、千葉との違いを痛感した救急病態が2つあるという。1つはマダニが媒介する重症熱性血小板減少症候群(SFTS:severe fever with thrombocytopenia syndrome)。もう1つは転落事故だ。「東日本ではほぼ発生していないSFTSが、2022年の夏には4例もありました。屋外で作業中にマダニに噛まれて発症したようです。一方、転落症例で多いのは、屋外で農作業中だった高齢者です。段々畑や樹上から3m以上転落して搬送されるようなケースが非常に多く、また蓋のない水路への転落もありました。いずれも都市部ではあまり遭遇しない症例です。もちろん外傷症例の原因では交通事故が最も多いのですが、この地域で頻度の高い症例に、いかに対応していくかも課題の1つですね」。

ドクターヘリの前に集合した搭乗スタッフとクルー。前列中央が安部氏。(安部氏提供)

 災害対策にも積極的に取り組み 

 災害に対応できる医療体制の整備も、安部氏に課された課題の1つだ。大分大学医学部附属病院は県の基幹災害拠点病院となっているため、県の防災局と連携して災害時の医療対応マニュアルなどの改定に携わったり、訓練を計画するなどしている。安部氏は「訓練そのものも重要ですが、訓練の計画を立てる際に県庁をはじめ消防、警察、海上保安庁、そして自衛隊など様々な組織の方々と協議し、連携することが効果的な対策作りには不可欠です。千葉大学時代も災害対応を担当していましたが、大分大学でも病院の災害対策室と一緒に取り組んでいます」と話す。 

 これに加え、災害対応に関する安部氏ならではの新しい取り組みと言えるのが放射線災害に備えた訓練だ。大分県内に原子力発電所はないが、豊後水道の対岸である愛媛県には伊方原発がある。万一この原発で事故があった場合、そこより西側の佐田岬半島の住民は大分県に避難してくる。また、風向きによっては大分県側に放射性物質が流れてくる可能性もある。大分県はこうした被害者救助のために必要な資機材を購入していたが、それらを使った訓練はまだ実施されていなかった。 

 そこで安部氏は、量子科学技術研究開発機構(旧放射線医学総合研究所、千葉市)に出向している元同僚に協力を求めて、放射線被曝による多発外傷などへの対応訓練を実施した。「現代は、自然災害や人為的な事故に加えて、軍事侵攻やテロリズムによって一度に多数の負傷者がでることも想定しなければならない時代です。テロは人口密集地でのみ起こるとは限りません。目的によっては、想定外の地域が標的になることもあり得ます。考え得る全ての事態への対策を常にアップデートしていくことが重要です」と語る。 

救急医が対応すべき領域の拡大へ 

 高度救命救急センターの運営は、原則として日中にはERが2人、ICUは2人、ドクターヘリを2人の医師が担当し、夜間は1、2人が当直する。そのため、日勤に続けて夜勤を担当する場合もある。このような状況にあっても、安部氏は院内救急も全て救急科専門医が担当すべきだと考えている。 

 「当院のラピッド・レスポンス・システム(院内迅速対応システム)は、今は救急科と麻酔科で分担している形で、しかも機能しているのは日中に限られています。千葉大学時代にこのシステムの構築を担当した経験を生かして、大分大学でも24時間対応できるように進めていきたいと考えています」と安部氏。想定外の急変に臨機応変に対応できるのは救急医だという自負が、この取り組みの原動力になっている。 

 また、入院後の集中治療についても、救急科が中心的役割を果たすことを目指している。特に、複数の診療科にかかっている患者が救急搬送されてきた場合は、領域横断的に診ることができる救急医に任せてもらいたい考えだ。「千葉県よりも大分県では高齢化が進んでいるせいか、救急搬送されてくる患者さんの平均年齢は高い印象があります。そのため複数の疾患を抱えていることが多いのです。今後、この傾向に変化があるとは考えにくいので、救急科が担当すべき役割を広げていかなければなりません」。 

 安部氏が実現したいと考えている計画は他にもある。体外循環式心肺蘇生(ECPR)だ。心停止患者に体外式膜型人工肺(ECMO)をつなぎ、酸素化された血液を循環させて蘇生する方法である。千葉大学時代にECMOを使って心停止患者や重症心不全、呼吸不全の患者を治療してきた安部氏は「ECPRのエビデンスを蓄積するために臨床研究や基礎研究を進めていく必要があります。医局員がECPRに関する研究をはじめとする各種研究に取り組める環境も整えていきたいと考えています」と話す。

高度救命救急センターのスタッフ。救命救急センター棟の車寄せにて。2列目中央が安部隆三氏。(安部氏提供)

 若手の理想となるロールモデルを育てていく 

 安部氏の構想を実現するためには、医局員数を増やしていくことが必要条件だ。それは医局員が無理なく臨床技術を修得でき、研究や教育に充てる時間を確保できることにもつながる。また、研究によって培われる科学的観察眼や論理的思考力、説得力のあるプレゼンテーションのスキルが、診療の質の向上をもたらすことにもなる。 

 医局員を増やすための1つの方策として、安部氏は専攻医の専門研修プログラムの充実を図っている。具体的には、連携する研修先として千葉大学医学部附属病院や大阪府済生会千里病院の千里救命救急センターなどを用意。「研修プログラムの作成も前職で経験済みです。今ラインナップされていない研修先でも、専攻医からの希望があれば、私から依頼をして研修先に加えていくつもりです」と安部氏は言う。 

 また、医局への勧誘の初めの一歩として、医学生に救急医のやりがいを伝えていく活動にも取り組んでいる。「瀕死の状態から自宅に帰れる状態まで、一貫して治療するのが救急医です。その変化の大きさが達成感に連動します。診療科を選ぶ前の医学生や初期臨床研修医にそのことを伝えるとともに、救急診療は臓器別診療科の業務の一部ではなく、救急科専門医がその専門性を発揮する領域であることを伝えていきます」(安部氏)。 

 先に紹介したように大分大学の救急医学講座では、専攻医の研修先を県内に限定していない。海外を含め希望の医療機関で研修して実力をつけて戻ってくるような、若手のロールモデルとなる医局員を育てようと考えているためでもある。同様に、子育てや介護をしながら働く医局員も1つのロールモデルになり得る。 

 「今は、医局員それぞれの事情に配慮して、相互にカバーしながら働くことで、働きやすい環境を作っていくことを心がけています。主治医制を採らずに医局全員で患者さんを診ていることもその一環です。日勤の時間が終われば引き継ぎをして帰れるのも救急科ならではで、ワーク・ライフ・バランスを実現しやすいのです。『救急医療は救急科専門医が担うもの』という理念を若手に定着させながら、大分県に救急科専門医による救命救急医療体制を構築、展開していくことに努めていきます」と安部氏は意気込んでいる。

スタッフを指導する安部隆三氏(左から2人目)。(安部氏提供)

-----------------------------------

安部 隆三(あべ・りゅうぞう)氏

1999年千葉大学医学部卒業。千葉大学医学部附属病院救急部、成田赤十字病院、イェール大学医学部外科学 (血管外科)ポストドクトラルフェロー、千葉大学医学部附属病院集中治療部部長、千葉大学災害治療学研究所教授などを経て、2022年より現職。


閲覧履歴
お問い合わせ(本社)

くすり相談窓口

受付時間:9:00〜17:45
(土日祝、休業日を除く)

当社は、日本製薬工業協会が提唱する
くすり相談窓口の役割・使命 に則り、
くすりの適正使用情報をご提供しています。