広大な北海道で活躍する臨床医を育成、世界に向けた情報発信も

札幌医科大学医学部整形外科学講座では、オールマイティな基礎を持ち創造性豊かな臨床医の育成に取り組む一方で、神経再生研究、カダバーによる手術手技の開発なども精力的に手掛ける。アマチュアスポーツ連盟やプロチームの担当を務める医師が多数在籍し、スポーツ医学に強いことも同医局の特徴だ。2023年に第4代教授に就任した寺本篤史氏は、同医局での研究成果を、世界に向けて発信していきたいと意気込む。

札幌医科大学医学部 整形外科学講座

札幌医科大学医学部 整形外科学講座
◎医局データ
教授:寺本 篤史 氏
医局員:88人
専用病床:50床
1日平均外来患者数:1529人(2021年実績)
年間手術件数:約1000件
関連病院:北海道済生会小樽病院、函館五稜郭病院など26施設

 札幌医科大学に整形外科学講座が創設されたのは1951年のことだ。初代教授の河邨文一郎氏は整形外科医でありながら詩人としても名を馳せた人物で、札幌オリンピック(1972年)のテーマソング「虹と雪のバラード」を作詞したことでも知られる。 

 現在、同医局に所属する医師は88人。そのうち17人が札幌医大の教員で、10人が専攻医、13人が大学院生だ。40〜50人が、北海道済生会小樽病院(小樽市)、函館五稜郭病院(函館市)など、北海道内にちらばる26の関連病院で勤務している。 

 2023年10月に第4代教授に就いた寺本篤史氏は、2021年の東京オリンピックでスケートボード会場の医療責任者を務め、2022年の北京冬季オリンピックでは日本選手団本部ドクターを務めたスポーツ医学のスペシャリストだ。実力と魅力を併せ持つ医師を多数育んできた同医局を、さらに発展させたいと意気込んでいる。 

 「教授に就任した初日に、医局の運営方針として3つのモットーを医局員に伝えました。1つ目は『豊かな人間性と創造性を備えた実力ある整形外科臨床医の輩出、2つ目は国際的・先端的研究成果の発信』、3つ目は『新しい時代に即した明るく活気ある教室づくり』です。これらのモットーの下、医局員とともに日々成長していきたいと考えています」と寺本氏は語る。

                                                                                                       札幌医科大学医学部整形外科学講座教授の寺本篤史氏。

 オールマイティな能力備えた整形外科医を育成 

 札幌医大整形外科学講座の医師教育の方針は、まずは整形外科医としてオールマイティな能力を備えてもらうことだという。その理由は2つあると、寺本氏は話す。「1つ目は、北海道のどこに行っても活躍できる臨床医になってほしいからです。広大な北海道では、様々な整形外科疾患の患者さんを1人で担当しなければならない場合が少なくありません。手だけ、足だけ、膝だけしか診られないということでは立ち行かないのです」。 

 札幌医大整形外科の専攻医プログラムは、1年目は大学病院での研修、2〜4年目は関連病院を回りながらの外部研修、5年目に再び大学病院に戻り仕上げの研修といった流れになっている。大学病院には、全てのサブスペシャリティの知識と技術がまんべんなく指導できるよう、それぞれの領域の指導者を配置している。3年間の関連病院研修では異なるサブスペシャリティを持つ指導医がいる施設を順に回り、専攻医研修が終わるまでにひと通りの技術が身に着くよう設計しているという。 

 専門医を取得した後は、それぞれの医師が自身のサブスペシャリティを選択し、より深く知識や技能を追求していく。同医局では、脊椎、手、肘、肩、股関節、膝、足といった身体パーツの「横」の軸と、再生医療、人工関節、スポーツ医学、小児整形外科、骨軟部腫瘍といった医療カテゴリーの「縦」の軸を組み合わせた、2軸で自身のサブスペシャリティを決めるのが伝統となっている。大学に留まって診療や研究に取り組む医師、再び関連施設で勤務する医師、国内外の他施設に留学して学ぶ医師など進む道は様々だ。

整形外科学講座の医局員たち。(寺本氏提供)

幅広い基礎が創造性豊かな医師の土台になる 

 寺本氏が、若い整形外科医にオールマイティな能力を身に着けてもらいたい2つ目の理由は、創造性豊かな医師になるための、土台にしてほしいとの願いからだという。現代の整形外科のサブスペシャリティは細分化されており、自分の領域以外のことはあまり分からないという医師も少なくない。 

 しかし、あるサブスペシャリティ分野の知識や技能が、別のサブスペシャリティ分野の診療に大いに役立つ場合もある。「例えば足首の軟骨損傷の手術をする際、通常の手術方法では病変にアプローチできなくても、膝の手術で使用する専用器具を使えば容易に可能な場合もあります。様々なサブスペシャリティの視点を養うことで、自分のサブスペシャリティ分野の疾患を別の角度から見ることができたり、新しい治療法を創造できたりする医師になってほしいのです」(寺本氏)。 

 ちなみに札幌医大整形外科学講座の歴代4人の教授のサブスペシャリティは、全て異なっている。初代教授の河邨氏は股関節、2代目の石井清一氏は手、3代目の山下敏彦氏は脊椎が専門だった。4代目の寺本氏は足が専門だ。「これまでの教授の専門が被っていないのは、たまたまです」と寺本氏は言うが、医局として全てのサブスペシャリティを大事にして、幅広い能力を持つ整形外科医を育てることに連綿と取り組んできた結果ともいえそうだ。 

医学部生や研修医向けにカダバーによるサージカルトレーニングを実施

 同医局は、入局前の医学部生や研修医の教育にも積極的に取り組んでいる。カダバーによるサージカルトレーニングも特徴的なプログラムの1つだ。元々は専攻医が手術の修練をしたり、中堅やベテラン医師が新しい術式の開発研究を行うためなどに実施していた。しかし早い段階で整形外科手術を体験してもらい、この診療分野に興味を持ってほしいとの思いから、寺本氏主導で医学部生や研修医にも門戸を開いたという。 

 「トレーニングでは、関節鏡や人工関節など整形外科の本格的な手術を体験してもらいます。受講した医学部生や研修医からは『達成感があった』『整形外科に興味が出てきた』との感想が聞かれ、好評です」(寺本氏)。このトレーニングをきっかけに同医局に入局した医師もおり、入局者の増加にも寄与しているとのことだ。

                                                                    毎週月曜の朝に行っている教室連絡会議の様子。(寺本氏提供)

神経再生をテーマに研究に注力、脊髄損傷の細胞治療で薬事承認を獲得 

 札幌医大整形外科学講座が現在、一番力を入れている基礎研究および臨床研究のテーマは神経再生だ。神経再生医療学部門教授の本望修氏が、脳梗塞の新しい治療法開発を目指して始めた、骨髄間葉系幹細胞を静脈内に投与する研究がおおもとになっている。 

 2013年に共同研究が立ち上がり、脊髄損傷の治療法開発に関しては、整形外科学講座が主体となって取り組むことになった。医師主導治験を経て、脊髄損傷の細胞治療として2019年に薬事承認を獲得した。承認から数年間は、この細胞治療を実施できる医療機関は札幌医大病院のみに限られていたため、日本各地からメディカルジェットで、多くの患者が来院したとのことだ。2024年3月末の段階で札幌医科大学での登録件数は約110症例に上る。 

 全国の医療機関の整形外科医も札幌医大に国内留学で訪れ、2カ月から半年の研修を経て実施方法を習得。その後、それぞれが所属する病院に戻って治療を実施し始めた。2024年3月末の段階で、この細胞治療が実施できる登録病院は全国に10施設となっている。 

 「2014 ~2017 年に施行した医師主導治験『脊髄損傷患者に対する自家骨髄間葉系幹細胞の静脈内投与』では、細胞治療を行った頚髄損傷症例13例のうち12 例(92%)で主要評価項目(ASIA impairment scale[AIS]で1 段階以上の改善)を達成し、重大な副作用は発生しませんでした。この分野で私たちはトップランナーです。引き続き研究と臨床に精力的に取り組み、将来性のあるこの医療をさらに発展させるとともに、国内外への情報発信にも取り組んでいきます」と寺本氏は話す。 

参考文献;
Intravenous infusion of auto serum-expanded autologous mesenchymal stem cells in spinal cord injury patients: 13 case series. Clin Neurol Neurosurg. 2021; 203
Honmou O, Yamashita T, Morita T, Oshigiri T, Hirota R, Iyama S, Kato J, Sasaki Y, Ishiai S, Ito YM, Namioka A, Namioka T, Nakazaki M, Kataoka-Sasaki Y, Onodera R, Oka S, Sasaki M, Waxman SG, Kocsis JD.

カダバーを使った研究で靭帯損傷の状態に応じた術式を検討

 カダバーを使った足、膝関節などの術式の検討、バイオメカニクス研究も、同医局に特徴的な研究テーマだ。フレッシュカダバーを使い、実際の手術にほぼそのまま応用できるデータの取得を目指している。例えば、異なる術式で関節の手術をした後、それぞれにロボットを使って様々な方向から負荷をかけて固定力、安定性などを評価し、最も妥当な手術方法はどれかを明らかにするといった内容だ。 

 「コンピュータシミュレーションや、動物を使った模擬手術でも術式の検討は可能です。しかしカダバーを使った研究では、より実臨床に即したデータがより迅速に得られます」。寺本氏は研究の意義をそう説明する。 

 カダバー研究が本格的に行えるのは、国内では十数施設のみだ。法律にのっとった研究の実施、遺族への適切な対応、献体された遺体の保存施設の整備、前処理の手技、研究者・研究をサポートする人材の育成などがハードルとなっている。札幌医大では、解剖学講座の医師の尽力によって、歴史的にカダバー研究が活発だった。整形外科学講座がカダバー研究に力を入れるようになったのは先代教授の山下氏の時代からだ。山下氏の下で先頭に立って取り組んだのが寺本氏だった。 

 寺本氏は米国Baylor College of Medicineに留学してカダバー研究を学び、そのノウハウを札幌医大に持ち帰った。「帰国後、カダバーを使った世界レベルの整形外科研究が、札幌医大でも行えるように環境整備を進めました。世界最先端の実験機器、機械を導入したほか、最先端の感染症対策も実施済みです」(寺本氏)。さらに一歩進んで、研究に使うロボットや機械、シミュレーターの独自開発も手掛けているという。東京都立大学システムデザイン学部機械システム工学科教授の藤江裕道氏と、医工連携の共同研究を実施中だ。 

 現在取り組んでいる具体的な研究テーマの1つは、足の靭帯損傷のメカニズム解析と治療戦略の検討だ。「足首には外側靭帯、三角靭帯、脛骨と腓骨をつなぐ脛腓靭帯という3つの大事な靭帯があります。それぞれの損傷の仕方、程度の違いにより、どのような治療法を選択するのがよいかをカダバーを使って検討しています。手術をすべきか否か、するならどんな術式で行うのがよいかを明らかにするのが目的です。膝関節の半月板や靭帯の損傷についても、同様に検討していく方針です」(寺本氏)。 

スポーツ医学分野の研究成果を世界に向けて発信 

 前述のように寺本氏はオリンピックで医療責任者などを務めた経歴も持つスポーツ医学のスペシャリストだ。医局内には他にも、各種アマチュアスポーツ連盟、プロサッカーなどでチーム専任医師を務めていた、あるいは現在も務めている医師が多数いる。スポーツ医学は札幌医大・整形外科学講座の大きな強みで、同医局が手掛ける研究でも主要なテーマとなっている。 

 「体に強い負荷をかけるアスリートは、一般の人に比べて、関節や靭帯の損傷をより起こしやすいといえます。どんな傷害が起ったとき、どんな治療法を選択すれば関節が安定し、より早く動けるのか、リハビリに移行しやすいのかといった情報を、世界のトップアスリートが求めています。カダバー研究を通じて得た重要なデータを、世界に向けて積極的に発信していきます」と寺本氏は話す。 

野球チームの活躍が明るく活気ある医局の象徴 

 3つ目のモットーである「明るく活気ある教室づくり」の象徴になっているのが同医局の野球チームだ。日本整形外科学会が毎年開催している親善野球大会で、開催20回のうち6回も優勝している強豪だ。2024年の成績は3位であった。 

 野球チームのメンバーは、主に高校や大学で野球部だった経験者だ。しかし試合当日の応援や打ち上げには医局員みなが自然と集まり、大いに盛り上がるという。「医療以外にも、夢中になって取り組めるものをそれぞれの医師に持ってほしいのです。もちろん取り組むものは人それぞれでよいのですが、野球チームに入って活躍する医局員の姿は、そのロールモデルになっているように思います」と寺本氏は話す。

                                                                      2023年の日本スポーツ整形外科学会でスポーツ大会(チャンバラ合戦)にチームで出場した際の1コマ。(寺本氏提供)

「10年後に25%」目標に女性医局員の比率を高めていく 

 今後も、引き続き3つのモットーの下、医局運営を続けていく方針だ。「オールマイティな基礎を備えた、実力のある、人間性も豊かな臨床医を育てていきます。また、神経再生研究、カダバーを使った研究などに力を入れ、特にスポーツ医学、スポーツ整形外科については世界に向けた情報発信の拠点となることを目指します。親善野球大会では、優勝回数をどんどん増やしていきたいですね。日本整形外科学会では親善サッカー大会も開催されており、毎年参加しているのですが、こちらはまだ優勝できていません。サッカーチームの初優勝も大きな目標です」と寺本氏は話す。 

 医局の発展のためには医局員を増やすことも不可欠だ。入局者数は順調に増えているが、女性医師の割合が課題だという。「現在、当医局の女性医師の割合は15%ほどです。外科系診療科としては低くないのですが、医師全体の女性比率(20%強)には達していません」(寺本氏)。 

 札幌医大の医学部生の女性比率は4割に達しており、将来的に大学医局の女性比率が徐々に高まっていくのは自然な流れといえる。しかし寺本氏は、より積極的に女性医師を増やしたいと話す。「整形外科の診察では、患部に触ることが多いので、同性の医師による診察を希望する患者さんも多いのです。例えば外反母趾などは性差が大きく、ほとんどの患者さんが女性です」(寺本氏)。 

 医学部生や研修医の女性には、整形外科は体力的、職場環境的に厳しいので自分には向かないのではないかとの考えが、まだ根強いとのことだ。 

 「そのため、実際には短時間で済む手術も多いことや、出産して子育てをしながら働き続けている優秀な女性整形外科医がたくさんいることを医学部の講義や実習、臨床研修で紹介しています。医局に在籍する女性整形外科医から、直接話を聞いてもらう機会を設けたりもしています。このように女性医師の入局者を増やす取り組みに力を入れ、10年後には、医局員の総数120人、女性比率25%を目指します」と、寺本氏は抱負を話す。

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寺本 篤史(てらもと・あつし)氏

「1999年、札幌医科大学医学部卒業。北海道の地域医療に携わった後、2006年、米国留学(2006年Baylor College of Medicine, Sports Medicine Research Center, Research Fellow、2007年Florida Orthopedic Institute, Research Fellow)。2009年、札幌医科大学大学院医学研究科修了、医学博士。2011年、札幌医科大学医学部整形外科助教。2015年同講師。2022年同准教授。2023年10月、同教授就任。専門は足の外科、スポーツ医学、バイオメカニクス。2022年には北京冬季オリンピックの日本選手団本部ドクターを務めた。

 

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