10年後にアジアをリードする救命救急センターを目指す

東京医科歯科大学病院の救命救急センターを開設初期から支えてきた森下幸治氏が2023年10月、同大学の救急災害医学分野の第2代教授に就任した。大学病院の救命救急センター長も兼務する森下氏は、自己完結型の救急医療提供体制を継承しつつ、多様性や人間性を大切にした臨床、教育、研究を推進。5年以内に「日本一」の、10年後に「アジアをリードする」救命救急センターとなることを目指して医局を牽引している。

東京医科歯科大学大学院
医歯学総合研究科 救急災害医学分野

東京医科歯科大学大学院
医歯学総合研究科 救急災害医学分野
◎医局データ
教授:森下 幸治 氏
医局員:29人(大学病院内のみ。院外を含めると約100人)
病床数:36床(ICU14床、HCU16床、一般6床)
救急外来患者数:約8000人/年
関連病院:6病院(定期的に医局員を派遣している医療機関)

 2023年10月、東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科救急災害医学分野の第2代教授に森下幸治氏が就任した。同大学病院の救命救急センター長も兼務する。救急災害医学分野講座は、2006年に大友康裕氏を初代教授に迎えて開設された。森下氏が入局したのはその翌年である。 

 東京医科歯科大学病院は、救急医療の充実を図った故・鈴木章夫学長や前院長の坂本徹氏の尽力で、2007年に救命救急センターの指定を受けた。同年に東京消防庁のヘリコプターの受け入れを開始し、2009年にはドクターカーの運用もスタート。2016年に病院救急救命士を配置したほか、2023年にはハイブリッドERシステムを装備した「機能強化棟」を稼働させるなど、着実に実績を積み上げてきた。 

 東京医科歯科大学病院が建つ東京都文京区には、東京大学医学部附属病院や日本医科大学付属病院、順天堂大学医学部附属順天堂医院などの大学病院がひしめく。「救急医療は基本的には直近主義なので、患者さんがいる場所に近いところが担当します。あえて言えば、大友先生の代から当院は外傷診療に力を入れていて、当院で治療する重症患者さんの割合で一番多いと思います。他の医療機関に救急搬送された患者さんが想定より重症だった場合の転送に対応することも少なくありません」と森下氏は語る。 

 外傷以外、例えば急性腹症の患者に緊急手術が必要な消化管穿孔が見つかった場合なども、転送を受け入れる。「都内ばかりでなく、転送先が見つからない他県の患者さんを受け入れることあります」と森下氏。「新型コロナウイルス感染症のパンデミックでは、新型コロナウイルス陽性の患者さんに緊急手術が必要な場合も当センターで対応しました」とも付け加える。

                                                           救急患者搬送の様子。(東京医科歯科大学病院提供)

病院前診療を含む初期対応からICU管理までシームレスな救急医療を提供 

 森下氏は1998年に東京慈恵会医科大学を卒業すると、母校の医局に入らず、試験を受けて沖縄県立中部病院に初期研修医として入職した。「当時の沖縄の医師養成は、離島への赴任を想定して、最新の画像検査よりも病歴や身体所見を重視するものでした。私はそこで医師の基本を学び、救急対応を含めてどんな患者さんにも対応できる臨床医となるため、大学病院での研修を選びませんでした」と森下氏は振り返る。 

 その後、外科医としてがん治療のスキルを身につけるため本土の病院での研修も経験したが、再び沖縄県立中部病院に戻った。「沖縄県立中部病院の外科は臓器別の診療を意識せず、General surgeonsの育成に力を入れていましたので、心臓血管外科、脳神経外科、整形外科、泌尿器科、産婦人科など様々な外科診療を幅広く経験することができたからです」。こう語る森下氏は、その後も沖縄県内で外科医を務めていたが、父親の体調不良がきっかけで東京に戻ることを考え始めた。ちょうどその頃、東京医科歯科大学の教授に就任した大友氏が救急と外科の両方の専門医資格を持つスタッフを探していることを知り、同大学病院に入職することになった。 

 東京医科歯科大学病院の救命救急センターは開設以来、基本的に院内で全ての治療をカバーする「自己完結型」を目指してきた。そのため、センターに所属する医師は、ドクターカーでの現場での病院前診療、病院に到着した際の初期診療、緊急手術、ICU管理などを経験する。脳外科の開頭手術や心臓血管外科の心臓手術など一部例外はあるものの、救命救急センターにいれば、救急医療の全てを学べるわけだ。 

 自己完結型の強みを、森下氏は次のように語る。「救急外来だけを担当してその後は他科に任せていると、最終的に患者さんがどうなったかを見届けられないことがありますが、当センターでは一連の救急医療の流れをシームレスに経験できるので、救急の初期診療が患者さんにどのように還元されたかまで確認できます。それが医局員のやりがいにつながっています」。 

 森下氏は連続性以外に多様性も重視している。救急の専門医資格の他に外科など他の診療科の専門医資格取得を奨励し、それぞれの研修施設に送り出している。「センターには救急と外科の両方の専門医資格を持つ医師が多くいます。あるいは内科や麻酔科の専門医資格を取得した医師もいます。このように様々な人材がそろっていることが当センターの特徴にもなっています」と森下氏は話す。

                                                          ハイブリッドERシステムを囲む医局メンバーたち。(東京医科歯科大学病院提供)

教育では人間性、研究では多様性を重視 

 森下氏が教育面で大切にしていることは、救急医療のダイナミズムと繊細さの双方を伝えることだ。「救急医療には、心肺停止の患者さんを蘇生して救命するという大胆に攻め込むダイナミズムだけでなく、自殺未遂や精神疾患、高齢者など複雑な背景を持つ患者さんへの配慮などの繊細さも求められます。そういった患者さんの家族に寄り添うことも必要ですので、思いやりのあるコミュニケーション力など、豊かな人間性を育む教育にも力を入れています」と森下氏。「病気だけでなく、患者さん自身をしっかりと診られる医師に育ってほしいと願っています」とも言う。 

 研究面でも森下氏は、診療と同様に多様性を尊重している。それを体現するかのように同氏自身、医療管理学の修士課程を修了している。「救急医療には社会学や医療経済学などの視点も必要です。東京医科歯科大学大学院には一橋大学、東京工業大学、東京外国語大学と本学の4大学連合による医療管理学・医療政策学の修士課程が設けられたので、診療後の夜間に勉強して修士号を取得しました。このとき知り合った東工大の先生と眼球運動など人間工学の研究を開始したほか、多臓器不全の患者さんを救命するための米国留学で研究してきた動物を使った研究も行っています」。こう語る森下氏は、機会を捉えて医局スタッフに大学院で行っている研究テーマを紹介するなどして、研究活動への参加を促している。 

ハイブリッドERに適した働き方を模索 

 機能強化棟に設置されたハイブリッドERによって、患者を移動させることなくCT検査や血管内治療を行えるようになった。「重篤な患者さんは様々なラインや人工呼吸器がつながっている場合もあり、移動させることなく各種検査や治療ができることは、患者さんだけでなくスタッフの負担軽減にもつながります」と森下氏。半面、様々な機器が患者の周りに配置されているため、それぞれの機器を干渉させることなく使いこなすための手順やコツを習得しなければならない。 

 これらの操作をするのは、医師と看護師、診療放射線技師などの多職種で構成するチームとなる。各職種のスタッフはシフト制で交代するため、チームメンバーは常に入れ替わる。また、内科や整形外科、麻酔科など他科の専門医が参加する場合もある。それだけにチームリーダーを担う医師の役割は重要だ。森下氏は「チームリーダーには適切なリーダーシップの発揮が求められると同時に、チームのメンバーに適宜必要な提案を行うフォロワーシップも求められます」と話す。 

 2024年4月からの医師の働き方改革の本格化に向けて、これら多職種のチームによる効率的なワークシェアリングの導入にも森下氏は前向きに取り組んでいる。それと同時に、臨床実習に参加する学生や研修医などの若手に対しては、先輩医師の行動を見極めて、臨床現場に入ったら効率的に動けるよう準備しておくことを促している。「迅速な対応は患者さんのためになるだけでなく、時間を無駄にしない働き方につながります」(森下氏)という理由からだ。 

 森下氏の新人時代は、労働時間を気にせず、しゃにむに知識や技術の習得に励んだという。だが、「確かに人より早く1人前になれたと自負していますが、それぞれの仕事への取り組み方は、個々人のキャリアプランに応じて決めるべきだと思います」。こう語る森下氏は、「これまでいくつかの病院で1000人ぐらいの初期研修医を見てきましたが、『臨床的にセンスがいいな』と感じる人は長い時間をかけなくても、短期間でレベルアップしていくものです。その点でも、長時間働けばいいとは言い切れないと考えています」とも話す。さらに、個々人の長所と短所を理解し、キャリアプランをサポートしながら人材育成をしていきたい、と言う。

                                                         機能強化棟3階に設けられたER ICU。(東京医科歯科大学病院提供)

積極的に取り組んできた地域貢献活動を再開する 

 東京医科歯科大学病院の救命救急センターは、地域貢献活動にも力を入れている。その1つの取り組みとして毎年、消防署の救急隊員80人程度が参加する勉強会「湯島フォーラム」を開催している。「救急隊の方々は搬送した患者さんの『その後』をとても気にしています。個人情報保護のため、それぞれの患者さんの詳細を話すことは難しいのですが、この勉強会では匿名化した症例報告することで情報をフィードバックし、救急隊とセンターとの連携を強化しています」と森下氏は言う。 

 「湯島フォーラム」の開催は、既に15回を数える。新型コロナウイルス感染症のパンデミックで一時中断していたが、2023年に再開した。症例報告だけでなく、駅構内で救命措置に尽力した駅員を表彰したこともある。森下氏は「救急医療は社会全体、一般の方々の協力も大切です。人が多く集まる駅では急患が出ることも多いので、今後は鉄道会社のスタッフとの交流も強化していく必要性を感じています」と語る。 

 この他にも、救命救急センターの医師や救急救命士は、これまで学校などの施設での講習会を通じて、一般向けに心肺蘇生などの指導に取り組んできた。新型コロナウイルス感染症のパンデミックが落ち着きを見せてきたことから、再び積極的に市民公開講座などを開催していく方針だ。 

 森下氏は、学内の学生救命救急サークル「TESSO(Tokyo medical and dental University Emergency Medicine Study Session Organized by students)の顧問も担当している。TESSOは学内での救急医療の勉強会の他、全国の医学生(4、5年生)に参加を呼びかけワークショップを年1回、開催している。 

 「このワークショップは、9月第1週の土日2日間をかけてICLSや外傷初期診療・内科救急などの救急医療について学ぶもので、企画から運営まで全てが学生たちの手で行われます。タイトルは『目指せ!カリスマ救急医!夏期セミナーin医科歯科』で、略称は『カリセミ』です。例年、全国から20人ほどが参加してくれますが、参加費は無料とし、交通費は当センターが補助しています。ただし、ワークショップの内容は学生に任せ、我々はアドバイスをする程度にとどめています」(森下氏)。「カリセミ」も新型コロナウイルス感染症のパンデミックで4年間休止していたが、2023年に復活し15回目となった。近年は応募者が定員を上回り、選抜が必要なほどの人気だという。 

2024年初頭の能登半島地震への医療支援も 

 2024年1月1日に発生した能登半島地震への医療支援でも、東京医科歯科大学病院の救命救急センターは多彩な活躍を見せた。同月11日には厚生労働省と東京都の要請により、医師2人、看護師3人、救急救命士2人、業務調整員1人からなる派遣医療チーム(DMAT)を被災地に派遣。救急車2台に4人ずつが乗り込み、医療用品を届けるとともに現地での救援活動に当たった。 

 1月18日には、東京医科歯科大学病院のDMAT第1隊のメンバー8人が無事帰還。それと入れ替わる形で同日、東京都医師会の要請で日本医師会災害医療チーム(JMAT)として東京医科歯科大学病院の職員5人(医師2人、看護師・臨床検査技師・事務各1人)が被災地を訪れ、22日まで医療支援活動に携わった。さらに1月22日から24日かけて、第2次JMAT隊として東京医科歯科大学病院の部長クラスの職員も続々と現地入り。災害時感染制御支援チーム(DICT)のメンバーとして、避難施設における感染制御に関する技術的支援手段の検討などを担当した。 

 これらの救援活動を実施するに当たり、東京医科歯科大学病院のDMATやJMATは、被災者に負担をかけず自己完結できるように水、食料、寝袋、携帯用トイレなどを持参した。支援に臨む隊員からは「救急車の中でも寝泊りできるように準備をしたら、寝る場所もないほどの大きな荷物になりました。過去に様々な被災地に行きましたが、今までで最も寒く、過酷な救援活動になると思いますが、少しでも被災地の皆さんに必要な医療を提供したいと思います」との抱負が聞かれたという。 

 JMATの一員として被災地に赴いた森下氏は、今回の医療支援について次のように語る。「私たちは穴水を拠点に周辺地域への医療支援を行いましたが、その一方で炊き出しをしていただくなど、地元の人たちから助けられた面もありました。そういったものには我々も励まされますし、お互いに助け合いながら生きていくことの重要性を強く感じました。我々は一定の期間、仕事をして引き継ぎを終えて帰りましたけれど、医療支援はおそらく数カ月は続く話ですから、今後どういう支援ができるかを引き続き考えていきたいと思います」。

                                                           能登半島地震の被災地への派遣を前にDMATチームと(中央白衣が森下氏)。(東京医科歯科大学提供)

医局の目標に「日本一」「アジアをリード」を掲げる 

 森下氏は5年後の目標として、「日本一の救命救急センター」を掲げる。「以前、当センターは厚生労働省の充実度評価で1位を獲得しましたが、少し順位を下げていますので、改めて新体制では、『日本一』をしっかり目指します。そのためには医局メンバーの力が必要なので、厳しさの中にも楽しさがある医局として頑張りたいと思っています」と森下氏は意気込む。 

 それに続く10年後の目標を尋ねると、森下氏からはこんな答えが返ってきた。「現在、ハイブリッドERの見学申込や研修のアポイントが、タイやフィリピンなど東南アジアから多く来ています。このつながりを強化するためにも、10年後の目標には『臨床、研究、教育の領域でアジアをリードできる救命救急センター』を掲げて努力していきます」。 

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森下 幸治(もりした・こうじ)氏

1998年東京慈恵会医科大学卒業。沖縄県立中部病院・沖縄県立北部病院、川崎市立川崎病院、東京医科歯科大学病院救命救急センター、カリフォルニア大学サンディエゴ校などを経て、2023年より現職。

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