「徹底的に外科医」をモットーに手術に自信のある整形外科医を育成

2023年4月に、昭和大学医学部整形外科学講座の第8代主任教授に就任した工藤理史氏が掲げるモットーは、「徹底的に外科医であること」だ。手術がうまい整形外科医を育成したいと、数多くの手術経験ができることにこだわって専攻医カリキュラムを運営している。一方で、「講座の発展には、臨床と同等に研究にも力を入れていく必要がある」とも語る。附属病院、関連病院が多く、症例数が豊富な同医局の特徴を生かして、臨床と一体で研究を進めていく方針だ。

昭和大学医学部 整形外科学講座

昭和大学医学部 整形外科学講座
医局データ
教授:工藤 理史氏
医局員:約120人
手術件数:本院と東病院で約1300件
手術件数:5つの附属病院合わせて5000〜5500件
関連施設:約30施設

 昭和大学医学部整形外科学講座は1928年に開講した、国内有数の歴史ある医局だ。所属する現役医局員は約120人、同門の医師数は500人以上。一体で運営されている附属病院本院と東病院に勤務する医師は30人で、それ以外の3つの附属病院(横浜市北部病院、藤が丘病院、江東豊洲病院)のほか、約30の関連施設にも医局員を派遣している。本院と東病院の年間手術件数は約1300件、附属病院全体では5000〜5500件ほどになるという。この大規模な医局のトップを務めるのは、2023年4月に第8代主任教授に就任した工藤理史氏だ。 

 「私のモットーは『徹底的に外科医であること』です。当医局では昔から、臨床医の育成に力を入れてきました。その伝統を引き継ぎつつ、「昭和大整形のドクターは手術がうまいね」と言われる臨床力に長けた整形外科医を当医局から輩出することを目指します。もちろん大学病院の役割として、研究にも力を入れていきます」と工藤氏は話す。

                                                                                  昭和大学医学部整形外科学講座、第8代主任教授の工藤理史氏。

 「徹底的に外科医」である整形外科医を育成するために、工藤氏が重視しているのは若い医師に数多くの手術の機会を与えることだ。工藤氏自身が市中病院勤務で外傷手術を多数こなし、外科医としてレベルアップしてきた経験から、それが最適だと考えているという。 

 「私は専門医になるまでに、多くの手術を担当しました。手術で良くなった患者さんも、あまり良くならなかった患者さんもいました。患者さんが良くならなかった場合には、自分の技術が足りなかったんじゃないか、もっと違う選択肢があったんじゃないかと、後で振り返って反省しました。若い外科医にとって、手術に紐づけられた経験は鮮明に残り、糧になるものです。たくさんの手術経験を積んで成長してほしいのです」(工藤氏)。 

 昭和大学整形外科学講座の専攻医カリキュラムでは、大学病院に加えて、通常、2-3つの関連施設を回って研修をする。研修病院となる同医局の関連施設は数が多いだけでなく、特徴も様々だ。中にはスポーツ選手の診療を多く手掛けている施設や、大学病院以上に3次救急の外傷症例が多い施設もある。 

 どの病院に配属になっても、手術経験が多く積めるように配慮されている。専攻医が執刀した手術が何件あったか、専攻医が第一助手を務めた手術が何件あったか、それらの手術の詳細についても関連病院の部長を集めた会議で提出してもらい、工藤氏自らが細かくチェックしているとのことだ。「専攻医に加えて、専門医資格を取ってからも数年間は、少なくとも年間100例の手術を担当してもらうようにしています。現在のところこの目標はクリアできています」(工藤氏)。 

 同医局では、医局長が研修医一人ひとりに、研修での困りごとや不満がないか定期的に聴取しているが、研修環境についてはおおむね好評で、「手術ができない」「技術を磨くことができない」といった不満は皆無だという。また、専攻医は全員1年目の時点で必ず症例報告などの学会発表を行い論文化するように指導している。外科医として技術を磨くだけでなく、若いうちから研究マインドをしっかり持って日々の症例に取り組むように指導している。 

 ローテーションの配属先については、カリキュラムに入る前から「スポーツ医療がやりたい」「脊椎を専門にしたい」などのように進路の希望が明確な専攻医もいるので、なるべく希望を汲むようにしているとのことだ。ただし整形外科医としての基礎を身に着けるため、専門医資格を取るまではあまり分野にこだわらず、たくさんの手術をこなすことに集中してほしいと指導している。 

 「まずは整形外科のすべての分野の手術を一通り経験して、トリアージや、外科医としてのサジェスチョンができるようになることが第一です。しっかりと経験を積み、一定のレベルに到達したその先で、自分の色を出していくのは良いことだと思います」と工藤氏は話す。

昭和大学医学部整形外科学講座のメンバー。(工藤氏提供)

脊椎手術は年間300件、腰曲がり症や首下がり症などの矯正治療に特徴

 昭和大学病院・整形外科が強みを持つ分野は広範囲だ。先々代教授の宮岡英世氏が股関節の専門、先代教授の稲垣克記氏が手の専門だったことから、薫陶を受けた医局の医師が専門診を引き継いでおり、多くの患者が訪れる。股関節に関しては、大腿骨頭壊死症、若年の臼蓋形成不全に対する骨切術を積極的に手掛けている。一般的な病院では実施していない手術であるため、関東で数少ない対応可能施設として患者が集まるという。手の外科は外傷の手術が多く、一時は日本で最も症例数が多い病院とされていた。股関節の手術は100~150例ほど、手の手術は同300例ほどを毎年継続して手掛けている。

 工藤氏の専門である脊椎については、年間の手術件数は300例ほど。腰部脊柱管狭窄症、頸椎症性脊髄症、骨粗鬆症性椎体圧潰、腰椎椎間板ヘルニアなどが数としては多いが、成人の脊柱変形の手術、特に腰曲がり(成人脊柱変形)や首下がり症などの矯正治療が特徴的だ。

 首下がり症は首が前に垂れ下がり、まっすぐ前が向けなくなる症状を特徴とする疾患だ。「首が痛い」「首が悪い」「前が見えない」といった患者の訴えがあって、他の医療機関から紹介されてくるケースが9割以上だという。

 手術治療自体が最近始まったもので、以前は外科的に治療可能な疾患とは見なされていなかった。そのため他の疾患に比べて症例数はまだ少ないものの、近年、学会でシンポジウムが組まれることも多いホットな分野となっている。潜在的な患者は実は多く、手術で治ることを知ると、是非治療してほしいとの希望が非常に多いとのことだ。昭和大病院整形外科が首下がりの手術に積極的に取り組み始めたのは10年ほど前からで、この分野では日本のトップランナーの1つといえる。

 首下がり症の治療が難しいのは、症状が首に出ていても、問題がある箇所が頸椎だとは限らないことだ。工藤氏らは東京医科大学などとの共同研究で、10年ほど前に、独自にその知見にたどり着いた。首の手術で症状が改善した首下がりの患者と、症状が十分に改善しなかった患者の症例を集めて画像解析を行った結果、頸椎のパラメーターは治療成績が良かった群と悪かった群とで違いはなかったが、胸腰椎のパラメーターに問題があり、それを解決することで症状が改善することが分かったという。

 最近も、他院で首下がり症と診断され、セカンドオピニオンを求めて昭和大学病院に来院した患者がいた。患者は、「首の手術を勧められている」と話したが、工藤氏が診察したところ、実は頸椎ではなく腰椎に問題があることが分かったという。患者は昭和大学病院で腰椎の矯正手術を受け、実際に、首下がり症が改善したという。

 「高齢の患者さんが多く、手術適応となるのは3~4割です。まだ全ての患者さんを治せるわけではないですが、どの部分が悪いのかをしっかり見極めてピンポイントで手術をすることで、高齢でも手術可能なケースが増えています。この疾患に限りませんが、症状が出ている部位だけに着目するのではなく、体全体を見て、適切な手術をすることが大事なのです」と工藤氏は話す。

症例が集まりやすい特徴を生かして臨床に即した研究を推進

 「医師の働き方改革」で医師の時間外労働の上限が設定され、これまで「自己研鑽の範囲」として実施されてきた研究活動をどうするかについて、多くの医局運営者が頭を悩ませている。工藤氏は、「大学病院である以上、診療、教育、研究のバランスは非常に大切です。臨床のみならず研究にも今まで以上に力を入れて講座を発展させたい。昭和大学は非常に多くの手術症例数があるので、その特性を生かし、より臨床に即した研究を推進していくのが大切だと考えています」と話す。 

 工藤氏が具体的な例として挙げるのは、既に同医局から論文発表済みの、骨粗鬆症性椎体骨折に対する矯正手術の治療成績や、骨粗鬆症薬がインストゥルメンテーション手術に及ぼす影響についての臨床研究だ。骨粗鬆症を合併する高齢者の脊椎手術では、固定用の金具を骨に設置することが多いが、骨が弱いとトラブルが起きやすい。患者の多くは高齢者であり、どのような症例が低侵襲化できるのかを手術成績から検証し報告している。また、手術と併用して骨粗鬆症薬を使うことで、埋め込んだ金属のスクリューの安定性がどれほど変わるのか、引き抜き強度がどれだけ高まるのか、手術後の患者の状態にどういったメリットがあるのか──といった点について症例を集めて解析し報告している。 

 「手術が成功しても、治療効果が維持できなければ意味がありません。そういった視点での臨床研究、報告に力を入れています。私たちの医局は規模が大きく、症例が集まりやすい特徴があります。それを最大限に生かして臨床に即した研究を実施し、学会発表や論文発表につなげていこうと考えています」(工藤氏)。 

 研究を希望する医局員には基礎も含めて大学院に入学して研究に取り組んでもらう。そのための枠を設けており、現在は8人が大学院に在籍中だ。「大学院在籍中の医師は、しっかりと研究に専念できるようにしています。医局員が多いからこそ、こういった体制も取れます」と工藤氏は話している。

                                                           医局で定期開催しているカンファレンスの様子。(工藤氏提供)

教授就任後も「徹底的に外科医」であり続ける 

 工藤氏は今後の抱負について、まず関連施設での他大学とのコラボレーションを挙げる。関連施設には基本的には単独で医師を派遣しているが、他大学の整形外科医局と医局員を出しあって運営している「コラボレーション施設」も複数ある。いまきいれ総合病院(鹿児島市)は鹿児島大学整形外科学教室と、日本赤十字医療センター(東京都渋谷区)、横浜労災病院(横浜市)などは東京大学整形外科学教室とのコラボレーションで、医局員を半数ずつ派遣している。「コラボレーションを通じて、他大学医局のスキルや文化を取り入れることができます。また、若い医師にとって、他大学医局の医師と交流し人脈を築くことは非常に大きなメリットになります。既にかなりの数のコラボレーション施設がありますが、さらに増やしていこうと考えています」(工藤氏)。 

 医局員の拡充も、今後の重要なミッションだ。医局運営全体に渡って、ベースになるのは医局の規模だと工藤氏は考えている。医局員の人数が多いほど、医師を派遣する関連施設が増やせるだけでなく、「働き方改革」の新体制にも対応しやすくなる。基礎研究に専念する医師の枠、国内外に留学する医師の枠なども、今以上に大きくとることができる。 

 同医局の女性医師は20人弱で、年々増えてはいるが、さらに増やしていきたいとのことだ。「『整形外科は力仕事が多い男の職場』とのイメージがまだあるようです。体力が必要な手術があるのは事実ですが、決してそれだけではありません。たとえば手の外科やスポーツ関連の内視鏡手術など、力よりも繊細さが重視される分野がたくさんあります。そういった分野では、すでに当医局の女性医師がすごく活躍してくれています。医学部に女子学生が多くなっていることもあり、女性医師は講師としても人気です。ですからもっと多くの女性医師に当医局に入局して活躍してもらえるよう、アピールを続けていきます」と工藤氏は言う。 

 「徹底的に外科医」である整形外科医の育成は、今後ももちろん続けていく。一方で工藤氏自身も引き続き、外科医であることにこだわりたいとのことだ。 

 「医局教授になると忙しくなり、ほとんど手術をやらなくなる医師も多いようです。しかし私は、教授就任前と同じとまではいきませんが、自分は外科医であるという点は絶対に譲らす、継続して手術を手掛けていくつもりです。私自身が手術をしていないのに、『徹底的に外科医』と言っても説得力がないですから(笑)。少なくとも私宛の紹介でこられた患者さんの手術は、私が責任を持って担当します。その手術を若手の医師にも見てもらい、技術を継承していきたいですね」と工藤氏は話す。

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工藤 理史(くどう・よしふみ)氏

2001年昭和大学医学部卒業、整形外科学講座入局。2005年昭和大学大学院卒業、太田西の内病院整形外科。2006年亀田総合病院整形外科。2007年NTT関東病院整形外科。2008年総合高津中央病院整形外科。2009年荏原病院整形外科。2011年昭和大学整形外科助教。2015年昭和大学整形外科講師。2016年和歌山県立医科大学整形外科(脊椎内視鏡手術)。2020年昭和大学整形外科准教授。2022年1~3月フランスボルドー大学整形外科・脊椎外科(脊柱変形手術)。2023年昭和大学整形外科主任教授、診療科長。

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