県内に多い成人T細胞白血病(ATL)の診療・研究に邁進

熊本大学大学院⽣命科学研究部血液・膠原病・感染症内科学講座は100年以上の歴史を持つ医局だ。2024年1月に第8代教授に就任した安永純一朗氏は医局の伝統を引き継ぎ、臨床と並行して基礎研究にも力を入れていくと話す。研究の重点テーマはATLの発症予測・予防、発症メカニズムの解明だ。臨床検体、臨床データと最新の基礎研究の手法を組み合わせて、新たな知見を見いだすことを目指している。

熊本大学大学院 ⽣命科学研究部
血液・膠原病・感染症内科学講座

熊本大学大学院 ⽣命科学研究部
血液・膠原病・感染症内科学講座
◎医局データ
教授:安永 純一朗 氏
医局員:31人
年間外来患者数:約18000人
年間入院患者数:約370人
関連施設:18病院

 熊本大学大学院⽣命科学研究部血液・膠原病・感染症内科学講座の前身である医学部内科学第二講座が発足したのは1920年のことだ。長い歴史の中で、医療、医学への寄与は数多い。昭和初期、第2代教授の小宮悦造氏は健常者血液像を発表し、現在の骨髄穿刺針の原型となる小宮式骨髄穿刺針を開発した。また、血球産生を促進する物質の名称としてPoietinを提唱し、昭和52年に同講座講師の宮家隆次氏がエリスロポエチンの精製に成功、バイオ医薬の誕生につなげた。第5代教授の高月清氏は成人T細胞白血病(ATL)の疾患概念を提唱し(当時は京都大学所属)、第6代教授の満屋裕明氏は世界初のHIV治療薬を発見している。血液疾患・感染症・免疫の分野において日本の臨床と研究をリードしてきた医局の1つといえるだろう。

 現在、血液・膠原病・感染症内科学講座に所属する医師は31人で、複数の診療科・部門より構成されているため、教員は特任を含め17人となっている。また、11人の大学院生(うち5名が海外からの留学生)、3人の博士研究員と共に研究を進めている。2024年1月に、第8代教授に就任した安永純一朗氏は、「血液・膠原病・感染症内科学講座は、発足から100年以上の歴史がある医局で、先輩方は数多くの功績を残してきました。臨床と並行して基礎研究にも力を入れてきたことが、当医局の特徴であり強みだと思います。その伝統を守り、さらに発展させ、成果を世界に発信していきます」と話す。

血液・膠原病・感染症内科学講座教授の安永純一朗氏。

 血液・膠原病・感染症内科学講座教授の安永純一朗氏。

ATL診療では積極的に造血幹細胞移植を検討

  熊本大学病院血液・膠原病・感染症内科の新規入院患者数は年間370人ほどで、内訳は白血病が約30人、悪性リンパ腫が約150人、多発性骨髄腫が約20人、膠原病が約90人などとなっている。同種造血幹細胞移植の実施件数は年間約20件であり、2022年からはCAR-T細胞(キメラ抗原受容体T細胞)療法も開始した。

  症例数は多くないものの、同診療科で特徴的なのは難治性の血液がんであるATLの診療だ。ATLはHTLV-1(ヒトT細胞白血病ウイルス1型)が主に母乳を介して母子感染し、発症する。母乳を人工乳で代替することなどで感染リスクが大幅に低減できるため、現在では新規感染者は減少傾向となった。しかし熊本県を含む九州地方にはHTLV-1キャリアが依然として多く、40歳を過ぎた辺りから発症する人が増え始める。

  熊本大学病院のATLの治療方針は基本的に日本血液学会の診療ガイドラインに従っており、造血幹細胞移植が適応となる70歳未満の患者には積極的に移植を勧めているとのことだ。「HTLV-1に感染してもATLを発症する人は5%ほどで、ほとんどの人は発症せずにキャリアのまま生涯を終えます。しかし、いったん発症すると抗がん剤が効きにくく、予後が悪いことが知られています。化学療法に効果があり寛解に入っても、ほとんどの場合、再発します。一方で、免疫に対して感受性が高いがんでもあり、造血幹細胞移植は有効です。ですから完全寛解に入ったら、あるいは部分寛解であっても化学療法にある程度効果があった段階で、造血幹細胞移植の実施を検討しています」(安永氏)。

  キャリアは無症状なので、ATL発症前から大学病院を受診しているわけではない。従って、市中のクリニックや関連病院と連携し、ATLの発症が疑われる場合はできるだけ早いタイミングで紹介してもらえるよう呼び掛けているという。大学病院側でも、紹介を受けた患者が移植適応であれば、早期に移植を検討する体制を取っている。

 CAR-T細胞療法の件数増加を見越して医療連携を進める

  悪性リンパ腫については、近年、治療法が大きく進展している。熊本大学病院では2022年4月に、CAR-T細胞療法を開始した。県内でCAR-T細胞療法が実施できるのは、現在熊本大学病院のみだ。「当院では、悪性リンパ腫に対して承認されている3つのCAR-T製剤が全て投与できる体制を整えています。概ね1カ月に1件ほどのペースで実施しています」と安永氏。

  多発性骨髄腫に対するCAR-T細胞療法も導入した。今後、CAR-Tの実施件数はさらに増える見込みのため、地域の医療施設との連携を強めているという。「基本的には移植やCAR-T細胞療法が必要な患者さんは、関連病院から紹介してもらい大学病院に集めるようにしています。一方で、通常の化学療法で治療可能な患者さんは関連病院で対応するという体制の構築を進めています。当院で診断した患者さんであっても、関連病院で治療対応可能な場合は、ご自宅近くの病院で治療を受けていただく方針を検討します」(安永氏)。

「アミロイドーシス診療センター」を介して院内他診療科と連携

 「アミロイドーシス診療センター」を介した院内他診療科との連携も、熊本大学血液・膠原病・感染症内科の特徴の1つだ。同センターは脳神経内科などが中心になって設置した診療科横断的な組織で、アミロイドーシスの患者の診断、他施設からの診療支援依頼に対応している。患者は日本全国から訪れるという。

 多発性骨髄腫の合併症でも、アミロイドーシスが起こる場合がある。「実際に、循環器内科の医師が心電図を見てその特徴からアミロイドーシス、多発性骨髄腫を疑い、当科に紹介となる方もいます。従って、脳神経内科、循環器内科とともに「3科合同セミナー」を開催して症例検討も行っています。アミロイドーシス診療センターを通じた他診療科との連携は、当診療科の医師にとって貴重な勉強の場にもなっています」と安永氏は話す。

血液・膠原病・感染症内科学講座のカンファレンス風景。
血液・膠原病・感染症内科学講座のカンファレンス風景。

臨床検体や臨床データを活用して基礎研究を進める

  安永氏は1995年に旧内科学第二講座に入局し、2003年に日本学術振興会の特別研究員として京都大学ウイルス研究所(2016年に再生医科学研究所と統合してウイルス・再生医科学研究所に改称、2022年に医生物学研究所に改称)に赴任した。同研究所では、後に第7代教授として熊本大学血液・膠原病・感染症内科に着任する松岡雅雄氏と共にATL発症のメカニズム解明などの基礎研究に取り組んだ。米国立衛生研究所(NIH)への留学を挟んで同研究所に13年間在籍し、2019年に血液・膠原病・感染症内科学講座に准教授として戻ってきた。

  「長い間、医局の外で基礎研究に取り組んでいましたが、いずれは熊本に帰ってきたいとの思いはありました。というのも私がATLの基礎研究に真剣に取り組むようになったのは、熊本県内でも特にATLの患者さん、HTLV-1キャリアの患者さんが多い地域で臨床を始めたのがきっかけだったからです。基礎研究分野での経験を、いつか還元したいと思っていました」と安永氏は言う。

  出身医局のトップに就任した安永氏は、熊本大学で手掛ける基礎研究の方針について、「お手本は、当医局の先輩方です。臨床と直結した基礎研究に取り組むことが重要だと考えています」と語る。

  冒頭で紹介した高月氏によるATLの「発見」は、特徴的な白血病の患者のカルテを並べて見ていて、病原体による疾患ではないかと気づいたのがきっかけだったという。満屋氏が抗HIV薬を発見できたのは、いち早くHIV患者の検体を用い、効果を判定する実験を行ったからだ。宮家氏は、エリスロポエチンを精製するために、再生不良性貧血の患者の尿を2.5トン集めた。医局の先輩医師たちがそうしてきたように、臨床検体や臨床データと基礎研究の手法を組み合わせることで、新たな知見を見いだしたいと安永氏は考えている。

  「これまでにも当講座からは、ATLの発症にHTLV-1遺伝子であるHBZが重要であることを示した研究成果(※1など)や、他大学との共同で、機械学習や数理モデルを使ってATLの発症予測を試みた研究成果(※2)などを論文発表しています。いずれもATL患者さんの検体や医療情報と、最先端の基礎研究の手法を組み合わせて得た研究成果です。今後も同様の方針で基礎研究に取り組んでいきます。カギとなる検体の収集も精力的に進めています」と安永氏は話す。

※参考文献
1)Takafumi Shichijo, Jun-Ichirou Yasunaga, Kei Sato, Kisato Nosaka, Kosuke Toyoda, Miho Watanabe, Wenyi Zhang, Yoshio Koyanagi, Edward L Murphy, Roberta L Bruhn, Ki-Ryang Koh, Hirofumi Akari, Terumasa Ikeda, Reuben S Harris, Patrick L Green, Masao Matsuoka. Vulnerability to APOBEC3G linked to the pathogenicity of deltaretroviruses. Proc Natl Acad Sci U S A. 2024;121(13): e2309925121. doi: 10.1073/pnas.2309925121. Epub 2024 Mar 19.

2)Asami Yamada, Jun-ichirou Yasunaga, Lihan Liang, Wenyi Zhang, Junya Sunagawa, Shinji Nakaoka, Shingo Iwami, Yasunori Kogure, Yuta Ito, Keisuke Kataoka, Masanori Nakagawa, Masako Iwanaga, Atae Utsunomiya, Ki Ryang Koh, Toshiki Watanabe, Kisato Nosaka, Masao Matsuoka  Anti-HTLV-1 immunity combined with proviral load as predictive biomarkers for adult T-cell leukemia-lymphoma. Cancer Sci. 2024 Jan; 115(1): 310-320. doi: 10.1111/cas.15997. Epub 2023 Nov 10.

重点テーマはATLの発症予測・予防と発症メカニズムの解明

  現在、同医局で特に力を入れている基礎研究のテーマは、HTLV-1キャリアのATL発症を予測する方法や予防方法の開発と、発症メカニズムの解明だ。発症予測・予防は長らく課題のまま残されているが、「ATLはウイルス感染によって起こる感染症です。発症予測・予防は、ウイルス学的な側面、免疫学的な側面から、必ずできると私は考えています」と安永氏は言う。

  大半のHTLV-1キャリアはATLを発症せず、発症しなければ全く症状は出ない。予防薬やワクチンには多少なりとも副作用のリスクがあるので、発症する可能性が高い人を高精度に見つけ出して投与する必要がある。そのため安永氏らは、ATL患者、HTLV-1キャリアの検体を解析し、遺伝子発現の共通点やバイオマーカーの探索を続けている。

  発症予測の次にくるテーマがワクチン、あるいは発症予防薬の開発となる。「既に研究は進んでいます。予防法の開発は発症メカニズムに基づく必要があると考えており、平行して精力的に研究を進めているところです」と安永氏は語る。

血液・膠原病・感染症内科学講座のスタッフたち。血液・膠原病・感染症内科学講座のスタッフたち。

臨床・研究のアクティビティを高めて医局の拡大につなげる

  臨床と研究に並行して取り組めるよう、診療体制も見直した。同医局では2024年4月に、それまでの主治医制からチーム制に移行している。血液内科については5人1組のチームを4チーム作り、それぞれのチームに指導医と専攻医をバランスよく配置した。

  安永氏はその意図を次のように語る。「『医師の働き方改革』により時間外労働の上限時間が定められた中、臨床にも研究にもしっかり取り組んでもらうには、主治医制よりもチーム制の方が適していると判断しました。チーム制にしたことで、研究をしたい人が研究に集中する時間を確保できるような体制を目指しています。また、専攻医にも、勉強やレポートの作成などに時間が取れるようにと配慮しています。まだ改善すべき点はたくさんありますが、仕組みの大枠ができたので、これをたたき台として発展させていきます」。

 今後は、臨床、研究ともに、医局のアクティビティをさらに高めていきたい考えだ。「臨床に関しては新しい治療法、知見をどんどん取り入れて、大学病院として最先端の医療を提供し続けることを目指します。研究に関しては引き続き、ATLの発症予測や発症予防の方法の確立、発症メカニズムの解明に取り組み、研究成果の発表につなげたいですね。当医局の活発な活動の様子を見て、魅力を感じ、入局してくれる若い医師が増えればいいなと思っています。そうやって仲間が増えて、アクティビティが高まり、さらに発展していくというのが、3年後、5年後の当医局のビジョンです」と安永氏は話している。

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安永 純一朗(やすなが・じゅんいちろう)氏

1995年熊本⼤学⼤学院医学研究科卒業、熊本⼤学医学部附属病院・第⼆内科・研修医。1997年球磨郡公⽴多良⽊病院・内科・医員。1998年天草郡市医師会⽴天草地域医療センター・内科・医員。2003 年熊本⼤学⼤学院医学研究科卒業、⽇本学術振興会・特別研究員(京都⼤学ウイルス研究所)、京都⼤学ウイルス研究所・助教。2007〜2010年⽶国国⽴衛⽣研究所・国⽴アレルギー・感染症研究所・博⼠研究員。2010年京都⼤学ウイルス研究所・講師。2016年京都⼤学ウイルス・再⽣医科学研究所・講師。2019 年熊本⼤学⼤学院⽣命科学研究部・⾎液・膠原病・感染症内科学講座・准教授。2024年同・教授、(兼任)熊本⼤学病院⾎液内科科⻑、膠原病内科科⻑、感染免疫診療部部⻑、輸⾎・細胞治療部部⻑。

安永 純一朗(やすなが・じゅんいちろう)氏


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