移植で培ったノウハウやリソースを活かしたCAR-T細胞療法への取り組み

兵庫医科大学病院血液内科は同種造血幹細胞移植、特にハプロ移植で知られていたが、最近では悪性リンパ腫や骨髄腫の診療も多く手掛けてきた。これらの経験およびリソースを活かしていち早くCAR-T細胞療法を導入し、日本有数の症例数を持つ施設となった。呼吸器・血液内科学(血液内科)教授の吉原哲氏は、CAR-T細胞療法の対象となる疾患に対する治療全体の流れを熟知していること、移植の経験が豊富な病棟スタッフが合併症のマネジメントを行っていること、そして患者の紹介元となる近隣の病院と良好な関係を築けていることの全てが、円滑にCAR-T細胞療法を実施する上で同診療科の強みであると述べる。

兵庫医科大学医学部 呼吸器・血液内科学(血液内科)

兵庫医科大学医学部 呼吸器・血液内科学(血液内科)
◎医局データ
教授:吉原 哲 氏
医局員:約15人
造血幹細胞移植:年間30~50例
CAR-T細胞療法:年間約50例
関連施設:約5施設

 兵庫医科大学附属病院が開設されたのは1972年のことだ。病院の歴史は50年ほどと大学病院の中では浅い方だが、血液内科の分野では数々の特徴的な取り組みが全国的に知られている。 

 1991年に輸血学の教授に就任した原宏氏は臍帯血移植の日本のパイオニアの一人で、黎明期の1995年に臍帯血バンクを兵庫医大の敷地内に設立した(後の兵庫臍帯血バンク)。また、2006年に輸血学講座と統合された血液内科教授に就任した小川啓恭氏らは、HLA不適合血縁者間移植の方法として、抗胸腺細胞グロブリンとステロイドをGVHD(移植片対宿主病)予防に用いる「兵庫医科大学型ハプロ移植」を開発し、実用化した。 

 このような歴史的経緯から、現在も同病院は阪神地区の造血幹細胞移植の拠点の1つで、年間30~50例の移植を実施している。加えて近年はCAR-T細胞療法でも日本有数の症例数を持つ施設となった。日本で薬価収載されたCAR-T細胞4製品のうち、2製品は同病院でローンチされた。CAR-T細胞療法の実施件数は4製品合わせて年間約50例に上る。 

 CAR-T細胞療法の導入と実施の取り組みでリーダーを務めてきたのは、2007年に大阪大学から兵庫医大に赴任し、2023年に教授に就任した吉原哲氏だ。吉原氏自身も元々移植を専門とする医師で、多数の症例を手掛け、研究も行ってきた。CAR-T細胞療法をいち早く導入した経緯と現在の強みについて、吉原氏は次のように話す。 

 「当院の血液内科は、急性白血病や骨髄異形成症候群が主な対象疾患となる移植医療にほとんどのエフォートを注いできましたが、地域の要望に応えるため、2015年頃から幅広く血液疾患全般に対応するよう方針を転換しました。そのため、悪性リンパ腫や骨髄腫の患者さんも多数診療してきました。また、CAR-T細胞療法が初めて承認された際、CAR-T実施施設の認定において細胞を取り扱う輸血・細胞治療部門における品質マネジメントが厳しく問われましたが、当院の輸血・細胞治療センターは移植医療において以前より非常に高いレベルで品質マネジメントを行っていました。そのため、CAR-T細胞療法をいち早く導入することができました。CAR-T細胞療法の実施に関する私たちの強みは、日ごろから悪性リンパ腫や骨髄腫の患者さんを多く診ているため、治療全体の流れを熟知していることです。特に骨髄腫に対するCAR-T細胞療法については、その患者さんにおいて長期にわたる治療の『シークエンス』の1つとして考える視点が重要です。また、患者さんの紹介元となる近隣の病院とは、兵庫医大の関連施設か他大学の関連施設かにかかわらず、良好な関係を築けていることも大きな強みです」

呼吸器・血液内科学(血液内科)教授の吉原哲氏
呼吸器・血液内科学(血液内科)教授の吉原哲氏。

CAR-T細胞療法の効果を最大限引き出すには地域連携が大切

 CAR-T細胞は、患者自身のT細胞に、がん細胞と結合する「キメラ抗原受容体(CAR)」の遺伝子を導入したものだ。患者から採取したT細胞を製薬会社の工場に送ってCAR を導入する。そして増殖させて施設に送り返されてきたCAR-T細胞を患者に投与する。

 「CAR-T細胞療法の効果には、CAR-T細胞の状態が大きく関わっていることが分かってきました。より良いCAR-T細胞を作成するのに大切なのはより良い状態のT細胞を採取することですが、抗がん剤がたくさん入れば入るほど、それは難しくなります。ですから、どのタイミングでCAR-T細胞療法の適応と判断し、リンパ球を採取するかが重要なのです」と吉原氏は言う。

 兵庫医大病院で悪性リンパ腫や骨髄腫の治療を受けている患者にCAR-T細胞療法を実施するのであれば、同病院内で適切なタイミングを見極めることができる。しかし実際には、他の施設から紹介されてくる患者が多いため、適切なタイミングで患者を紹介してもらえるよう、紹介元の施設との間で日ごろから意思疎通を図っておく必要がある。

 CAR-T細胞療法が国内に導入された当初は、製造枠の制限があり、実際には「適切な実施タイミング」で行うことが難しかった。しかし、現在は製造枠の制限が解消され、またCAR-T細胞療法の有効性が証明されたことから、保険適応上もより早い治療ラインで実施できるようになってきた。 

 「現在は、悪性リンパ腫(大細胞型リンパ腫、濾胞性リンパ腫)に関しては2次治療として、骨髄腫に関しては3次治療としてCAR-T細胞療法が実施できます。特に大細胞型リンパ腫の2次治療としてCAR-T細胞療法を実施する場合には、再発後、救援療法に入る前にリンパ球を採取することが望ましいため、ご紹介いただくタイミングが極めて重要となります。日ごろから紹介元施設の医師とコミュニケーションをとることで、こういった情報も共有するよう心掛けています」と吉原氏は話す。 

紹介元施設との間で治療の流れやスケジュールを共有

 紹介患者にCAR-T細胞療法を実施することが決まったら、紹介元との間で密な連携をとることが必要となる。患者は、紹介元施設と兵庫医大病院を行き来することになるからだ。

 まず兵庫医大病院で、2泊3日程度の入院でリンパ球を採取し、製薬会社の工場に送る。そこから分離された患者のT細胞を基に、製薬会社でCAR-T細胞を製造するのにかかる期間は1カ月強。多くの場合はその間、患者は紹介元の施設でCAR-T細胞療法実施までの「ブリッジング治療」を受ける。

 CAR-T細胞療法を円滑に行うには、患者、紹介元施設とCAR-T実施施設が治療の流れやスケジュールを共有することが大切だ。兵庫医大病院において多くの件数をスムーズに実施できている要因の1つは、これらの日程調整や患者のサポートを移植コーディネーターが行っていることだ。

 「現在の日本ではまだ正式な職種として位置づけられていませんが、海外のCAR-T実施施設では『CAR-Tコーディネーター』という職種が一般的となっています。当院では、移植コーディネーターさんがCAR-T細胞療法にも関わってくれているのが大きな特徴です。治療の日程調整や患者さんのサポートはかなり大変なのですが、コーディネーターさんが関わってくれているおかげで医師は診療に専念でき、とても助かっています」と吉原氏は話す。

逆紹介の際も患者と紹介元施設の希望を尊重

 製薬会社の工場からCAR-T細胞が届いたら、患者には再び兵庫医大病院に入院してもらい、CAR-T細胞を投与する。投与後は一定の入院期間および外来での観察期間を経て、兵庫医大から紹介元の施設へと患者を逆紹介する。

 「CAR-T細胞療法の実施後には血球減少が長く続くことがあり、その場合には頻繁に顆粒球コロニー刺激因子を投与したり輸血したりといった処置が必要となることがあります。紹介元施設で手間がかからない状態になってから患者さんをお戻しすることを心掛けていますが、遠方の患者さんは通院の問題があるので、ご希望に沿う形で対応しています」と吉原氏は話す。

移植の経験がコメディカルにも生きてCAR-T細胞療法の実施がスムーズに

 兵庫医大病院血液内科が、多くの件数のCAR-T細胞療法をスムーズに実施できている要因としては、医師をサポートするコメディカルの存在も大きい。

 リンパ球採取やCAR-T製品の保管、投与時のCAR-T細胞の解凍など様々な業務を担う輸血・細胞部門では、専任技師の中から、さらに移植およびCAR-T細胞療法における業務に専門的に取り組む技師を育成している。 

 また、既に紹介したように、紹介元施設との調整や患者サポートには移植コーディネーターが関わっている。さらに、移植病棟でCAR-T細胞療法を行っているため、最も重要な合併症である「サイトカイン放出症候群」と「神経毒性症候群」への対応もスムーズであるとのことだ。吉原氏はその理由の1つとして、病棟看護師の経験の豊富さを挙げる。「サイトカイン放出症候群や神経毒性に類似した合併症は、同種移植後にも見られます。当院は移植に力を入れてきた施設であり、またCAR-T細胞療法の実施件数も多いため、これらの副作用への対応については医師も看護師も経験が豊かなのです」。

血液疾患全般が診られる医師の育成を目指す

 医局の若手医師の教育に関して、吉原氏は「当診療科はCAR-T細胞療法に特化した施設を目指しているわけではなく、CAR-T細胞療法だけが得意な医師の養成を目指しているわけでもありません」と話す。

 同医局内には大きく2つの診療グループがあり、良性疾患(血友病、凝固異常症、再生不良性貧血など)と悪性疾患のグループに分かれているが、CAR-T細胞療法専門のチームなどは設けていない。悪性疾患グループの医師は、みなが白血病も悪性リンパ腫も骨髄腫も担当しており、造血幹細胞移植もCAR-T細胞療法も、化学療法による寛解導入療法も実施しているという。従って若手医師の教育についても、一人ひとりが血液疾患を横断的にしっかり診られるようになることを重視している。若手医師の教育について中心的な役割を担っているのは、吉原氏の夫人で、臨床講師を務める吉原享子氏だ。

 「彼女は元々、循環器内科医で、その後血液内科の道に進みました。骨髄腫を専門とする一方で、移植やCAR-T細胞療法を含めた全ての治療に非常に豊富な経験のある指導医です。専攻医を含む若手医師、研修医とほぼ毎日チームカンファレンスを行って指導してくれており、当医局の医師教育におけるキーパーソンです」と吉原氏は言う。

呼吸器・血液内科学(血液内科)で実施しているカンファレンスの様子。
呼吸器・血液内科学(血液内科)で実施しているカンファレンスの様子。

女性医師が働きやすい環境づくりにも挑戦

 今後の抱負について吉原氏は「当医局はこれまでも、原宏先生が臍帯血バンクを大学内に作られたり小川啓恭先生がハプロ移植を開発されたりしたように、常に新しいことに挑戦してきました。今後も、その伝統を失わないようにしていきたいです」と話す。CAR-T細胞療法に関しては複数の治験に参加しており、常に患者に様々な治療選択肢を提示できるよう心掛けている。また、医局における研究テーマの1つとして、より優れたCAR-T細胞療法の開発を目指し、マウスを用いた動物実験を含む基礎研究を行っている。 

 兵庫医大病院の敷地内では、現在、新病院棟が建設中で、2026年9月のオープンを目指している。新病院の血液内科病棟は50床と現在とほぼ同じだが、無菌室は現在の20床から32床に増える予定だ。「造血幹細胞移植やCAR-T細胞療法の受け入れ可能な患者数も多くなります。新しい施設に対応した医療体制を整えていくことが直近の課題です」(吉原氏)。 

 さらにもう1つ、吉原氏は、女性の働きやすい環境作づくりを抱負として挙げる。「血液内科医は全国的に不足しています。この問題の解決法として、女性医師に働き続けてもらうことが一番大事だと考えています」。同医局で現在、病棟を担当している医師7人のうち4人が女性で、うち3人は乳幼児を子育てしながら勤務している「お母さん医師」である。

 「当医局では、時々、ベビーサークルの中で赤ちゃんが遊んでいるほほえましい光景が見られます。お母さん医師から、保育園に赤ちゃんを迎えに行った後も終業時間まで医局で仕事をしたいとの希望があったので、ベビーサークルを設置しました。ベビーサークルがある医局は、当大学内でも他にはないと思います(笑)。これも新しい試みの1つとして、女性医師が働きやすい環境づくりに一生懸命取り組んでいきます」。吉原氏はそう笑顔で話す。

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吉原 哲(よしはら さとし)氏

1999年大阪大学医学部卒業、大阪大学医学部附属病院研修医。2000年大阪急性期・総合医療センター研修医。2001年国立がん研究センター中央病院任意研修医。2002年大阪大学医学部附属病院。2003年大阪大学大学院医学系研究科入学。2007年大阪大学大学院医学系研究科卒業(医学博士)、兵庫医科大学病院助教。2012年コロンビア大学ポストドクトラルフェロー。2015年兵庫医科大学講師。2021年兵庫医科大学准教授。2023年兵庫医科大学教授。

吉原 哲(よしはら さとし)氏


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