総合臨床力をベースに先駆的な専門診療に取り組む

徳島大学の旧第一内科を源流とする血液・内分泌代謝内科学分野は、四国で最も古い内科教室だ。その歴史ある教室の6代目教授に就いた松岡賢市氏は、長い伝統の中で培われた総合内科的な雰囲気を大事にしつつも、血液・内分泌代謝内科の分野を中心に先駆的な診療や研究に邁進している。教育面でも、全身をしっかりと診る血液内科医、内分泌代謝内科医の育成に尽力。さらに遠隔診療システムの導入などを通じて、県内全域の診療レベルの均てん化にも乗り出している。

徳島大学大学院医歯薬学研究部
血液・内分泌代謝内科学分野

徳島大学大学院医歯薬学研究部
血液・内分泌代謝内科学分野
◎医局データ
教授:松岡 賢市 氏
医局員:約30人
専用病床:34床
外来患者数:1913人/月
関連病院:15施設

 徳島大学医学部は、1943年に四国で最初に設立された医学専門学校を起源とする。四国で最も古い医学部であるため、その第一内科は四国で最も古い内科教室ということになる。そんな由緒ある教室の系譜に連なる徳島大学大学院医歯薬学研究部の血液・内分泌代謝内科学分野に、2024年7月、第6代教授として松岡賢市氏が就任した。

「全身を診る」血液内科を志す

 松岡氏の専門は血液内科だが、その道に進むことになったきっかけは、岡山大学の医学生だった頃の経験にあるという。「学部の4年生か5年生の時に循環器内科や肝臓内科、消化器内科などを見て回ったのですが、臓器というパーツを単体で診ることにあまり興味を持てず、患者さんの全身を診られる医師になりたいと思いました」と松岡氏。「手術などで他の専門家に患者を託し、戻ってきてからまた診療するといったスタイルではなく、診断から治療、その後のケアまで全てを連続して担当できる点に惹かれ、血液内科を選びました」と語る。

 研修医となった松岡氏は、当初は3年くらい岡山大学の第二内科で血液の勉強をしたら、その後は総合内科に進むことを考えていたという。だが、当時の血液内科領域は、骨髄移植に加えて臍帯血移植や末梢血幹細胞移植といった新しい治療技術が次々と登場した時期。「どんどん治療が変わるので、そのまま移植の世界にのめり込み、その分野で長く過ごすことになりました」(松岡氏)。

 研修を終えた後に松岡氏は、亀田総合病院(千葉県鴨川市)の血液・腫瘍内科で実践的な診療経験を積み、岡山大学大学院では移植免疫の基礎研究に従事した。さらに米国ハーバード大学のダナ・ファーバー癌研究所で新免疫療法の臨床研究にも参画した。そして再び岡山大学に戻ってからは、血液がんの診療と研究に没頭する生活を送ることになった。「米国から岡山大学に戻ったのが38歳の時で、そこから干支が一回りする12年の間に、診療はもちろん基礎研究も臨床研究も目一杯やりました」と松岡氏は振り返る。

 そして50歳を迎えたのを機に、松岡氏はそれまでの経験を生かし、後進の育成に力を注ぐことを決意した。「プレーヤーとしてはやり切った感覚があったので、定年までの残り15年間は、次の世代を育てる方向にシフトしようと考えたのです」。こう話す松岡氏が新たなステージとして選んだのが徳島大学だった。

血液・内分泌代謝内科学分野で教授を務める松岡賢市氏。
血液・内分泌代謝内科学分野で教授を務める松岡賢市氏。

研究基盤の充実が魅力の徳島大学

 松岡氏が徳島大学に魅力を感じたのは、それまで過ごしてきた岡山から比較的距離が近かったことに加え、研究の基盤が充実していたからだという。「今は臨床のレベルが上がってきているので、そこにかかる手間や時間が非常に増えています。その中で基礎研究も続けていくことはなかなか難しいのですが、徳島大学にはそれらを両立する風土があります。ここなら臨床も基礎研究も、思うようにできるはずだと確信しました」と松岡氏は語る。青色発光ダイオードの開発に代表されるように、進取の気性が宿る研究基盤の存在も、医工連携を考える上で魅力的だったという。

 先に触れた通り、徳島大学の血液・内分泌代謝内科学分野の歴史は古い。旧第一内科の時代には、現在扱っている領域に加え、循環器や神経、消化器まで全領域をカバーしていた。松岡氏は、そうした総合内科的な伝統を大事にしながらも、血液内科の分野では先駆的な治療を積極的に手がけていく方針だ。「専門的でありながらも、全身を診なければならないのが血液内科です。医局員には、最先端の治療を確実かつ安全に実施できる総合的な臨床スキルを身につけてもらいたいと考えています」と話す。

 血液内科における治療の進歩は著しい。近年は造血幹細胞移植のバリエーションが多様化したことで、高齢者にも適用できるようになっている。また、抗体医薬や分子標的薬が一般診療に定着する一方で、二重特異性抗体を用いた悪性リンパ腫と多発性骨髄腫の治療が実用化。さらに2025年3月からは遺伝子パネル検査が血液疾患にも適用され、より客観的な情報に基づく治療選択が可能になった。「この5年くらいで血液内科の治療は大きく変化しており、我々も追いつくための勉強に一生懸命です。面白い時代になったなと思いますね」と松岡氏は語る。

 さらに徳島大学では2025年6月、CAR(キメラ抗原受容体)-T細胞療法をスタートさせた。「1年ほどの準備期間を経て、悪性リンパ腫と多発性骨髄腫のCAR-T細胞療法実施にこぎ着けました。徳島大学では以前から多発性骨髄腫の基礎研究に取り組んできた実績がありますので、今後は当教室が、その研究的治療のハブになれるようにしていく計画です」と松岡氏は抱負を語る。

血液・内分泌代謝内科学分野のスタッフたち。前列中央が松岡氏。(同氏提供)
血液・内分泌代謝内科学分野のスタッフたち。前列中央が松岡氏。(同氏提供)

研修では中小病院での診療も経験

 先駆的な診療を展開する一方、教育面で松岡氏は、若手医師が多様な経験を通じて専門的なスキルを身につけられる環境づくりを重視している。初期研修の2年間で基礎的な内科診療を習得し、後期研修の3年間は専門診療にシフトしていくのが基本線だが、その間には大病院と中規模病院、小規模病院での診療をバランス良く経験させる。「人手が多い大病院で自身の診療を客観的に見ることはもちろん、中小病院で患者さんの治療から周辺のマネジメントまでを包括的に行うことも、内科医としては非常に大事なスキルです。それを若いうちにぜひ経験してもらいたい」(松岡氏)という考えからだ。

 後期研修後の6年目からは、1年から1年半をかけて、大学病院で移植や細胞療法を担当させる。「みんな最初の半年くらいはおっかなびっくりですが、1年もたつと大きく力をつけて、僕が気づかないようなことを言うようになりますよ」と松岡氏は笑う。そして8年目を迎える頃から、大学院への進学も視野に研究活動に従事させるという流れだ。「今は専門研修が長くなっていますし、個人のライフイベントも考慮すると、研究にあまり長い期間は取れません。丸2年がいいところでしょうか。それ以上研究を続けたい人は、海外留学をするなどして自分の研究フィールドを持ってもらうようにしています」と松岡氏は言う。

 その研究面で注目されるのは、医局員同士の連携を重視した全体ミーティングを導入していることだ。松岡氏が教授に就任する前は、細かく分かれた小グループごとに研究ミーティングを開いていたが、それを医局員全員が集う場で、個々の医局員が何に興味を抱きどういう研究活動を行っているかを発表する形態に改めた。毎週火曜日に1時間をかけて開催し、半年で全員の発表が一巡するようにしているという。

 このミーティングについて松岡氏は、「ピリピリした雰囲気にならないよう、お菓子や飲み物を提供することにしたので『おやつカンファレンス』と呼んでいます」と語る。また、「研究とは本来、インパクトファクターなどで勝ち負けを競うものではなく、自分が発見した新しい知見をみんなに伝えたい、役に立ててもらいたい、という創造的で非常に楽しい活動です。肩ひじ張らずに参加してもらいたいので、このようなスタイルで運営しています」とも言う。

 研究のテーマとして松岡氏は、まず細胞療法や移植などの先端治療を通じて臨床検体を蓄積し、個別化医療の進展に資する新たなバイオマーカーを探索することを目指している。また、徳島大学には骨代謝分野に豊富な研究実績があるため、それと自身の専門分野である細胞療法などを結び付ける研究にも着手。ステロイドに関連した骨粗鬆症対策や、細胞療法や移植を行った後の骨代謝機能の維持に関する研究も進めていく考えだ。

医局員たちと語らう松岡氏(左)。日ごろからコミュニケーションには気を配っているという。(同氏提供)
医局員たちと語らう松岡氏(左)。日ごろからコミュニケーションには気を配っているという。(同氏提供)

遠隔診療システムの立ち上げも

 このように徳島大学の血液・内分泌代謝内科学分野で新機軸を打ち出してきた松岡氏の活動は、学外にも及んでいる。その1つが、県内各地の中小病院と徳島大学病院とを結ぶ形で開始した遠隔診療の試みだ。これを利用すれば、血液内科の専門医がいない地域の病院でも各種の検査データを基に、大学病院の専門医のサポートを受けながら患者の診療を進めることが可能になる。「同じ白血病でも、東京と徳島で受けられる治療に大きな差があってはなりません。この遠隔診療システムを通じて、徳島県全体の診療レベルの均てん化を図りたいと考えています」と松岡氏は話す。

 また、県内の診療レベルの均てん化を図る上では、治療が可能な血液疾患患者の掘り起こしも課題だと松岡氏は指摘する。「かつては70歳で白血病の疑いがあっても治療は困難だとされていましたが、今は70〜75歳でも治療が適用でき根治が目指せます。そういった血液学の進歩、地域の先生方と共有して、患者さんのメリットにつなげていきたい。そのためのアウトリーチ活動も進めていきます」と語る。

 教授就任以来1年で松岡氏は、臨床・教育・研究それぞれ進展を通じて、血液内科領域における徳島大学のプレゼンスを大きく向上させてきた。徳島県内にとどまらず、四国地方の血液診療をリードする松岡氏の今後の活動が注目される。

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松岡 賢市(まつおか・けんいち)氏

1999年岡山大学医学部卒業。1999年亀田総合病院臨床研修医、2001年同病院血液・腫瘍内科医員。2002年岡山大学病院血液・腫瘍内科医員、2006年同科助手。同年ハーバード大学ダナファーバー癌研究所研究員、2010年同大学医学部内科専任講師。2011年岡山大学病院血液・腫瘍内科助教、2014年同大学血液・腫瘍・呼吸器・アレルギー内科学外来医長、2016年同医局長。2016年岡山大学病院血液・腫瘍内科講師、2018年同大学大学院血液・腫瘍・呼吸器内科学准教授。2024年7月より現職。

松岡 賢市(まつおか・けんいち)氏

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