藤田医科大学 麻酔・集中治療医学講座は、2008年の講座創設以来、『重症管理ができる麻酔科医』の育成を最大の使命としている。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックにおいても手術麻酔件数を伸ばしながら、ICUでは通常の人工呼吸管理では救命困難な超重症コロナ患者を他院からも受け入れ、ECMO(体外式膜型人工肺)など高度先端医療を駆使した集中治療で救命してきた。従来の定説を覆す、新しいECMO構成や急性血液浄化法など、臨床現場の経験と知見を生かした治療法の開発にも余念がない。2025年4月に主任教授に就いた中村智之氏の下で、さらなる新しい挑戦に取り組みつつ、若い医局員が成長できる環境を整えている。
施設情報
藤田医科大学 麻酔・集中治療医学講座
藤田医科大学 麻酔・集中治療医学講座
◉医局データ
主任教授:中村 智之 氏
医局員:22人
手術室29部屋(ハイブリッド5部屋、日帰り2部屋を含む)で、全身麻酔 約8,000例/年、麻酔科管理 約9,000例/年が行われる。病院病床数 1,376床のうち、ICU 18床、HCU 16床を麻酔科で管理する。ICU管理症例は約1,400例/年であり、術後だけでなく、内科系重症、院内急変(MET対応)も含み、小児重症と重症呼吸不全症例は他院からも受け入れている。
主な連携病院:西知多総合病院、一宮西病院、知多厚生病院
藤田医科大学 麻酔・集中治療医学講座は、2008年に西田修前教授によって「麻酔・侵襲制御医学講座」として新設された。背景には、増加する手術件数と、それに伴う術後管理の高度化があった。単に手術中の麻酔を担うだけでなく、術後も麻酔科医ならではのきめ細かな全身管理を提供することが重症患者の治療成績向上には不可欠であるとの認識から、集中治療が必要な重症患者を診ることができる麻酔科医を育成する講座としてスタートした。
発足当初の医局員は、教授を含めわずか3名であったが、翌年には全科全年齢を対象とする麻酔科管理のクローズドICUを立ち上げた。当時から、ここまで深く重症患者管理に踏み込んだ麻酔科講座は他になく、その先駆的な取り組みに魅力を感じて集った医師が次々と加わった。3名で始まった講座は、これまでに延べ70名を超える入局者を迎えるまでに発展している。
超重症患者の集中治療を担う麻酔科
それまでの歩みを礎としつつ、今後のさらなる発展と医療の多様化を見据え、2025年度からは「麻酔・集中治療医学講座」へと講座名を改称。主任教授には、講座開設以来最前線で挑戦を続けてきた中村智之氏が就いた。
中村氏は「特にCOVID-19パンデミック期には、通常の人工呼吸管理では対応が難しい超重症呼吸不全のコロナ症例に対し、V-V ECMO(静脈脱血-静脈送血の膜型人工肺)を中心とした高度な集中治療を展開して、全国有数のECMO実績を有する体制を確立しました。ダイヤモンド・プリンセス号の患者をはじめ、たくさんのCOVID-19患者を診てきましたが、ポストコロナの現在においても、ECMOカーを活用した超重症呼吸不全患者の搬送体制を整備しており、当院ICUは院内にとどまらず地域の重症患者を救う最後の砦としての役割を果たしています」と語る。
重症患者は手術をすれば、または治療薬を投与すれば助かるというわけではなく、手術や原疾患という侵襲が終わった後も、回復までの間にきめ細やかな全身管理を行わないと救命できない。重症患者管理では、循環、呼吸だけでなく、体液、栄養、患者メンタルなどにも介入し、微調整を続けながら全身管理をする。「こうした処置が何かというと、これはもう全身麻酔の管理に他なりません。そういう意味で麻酔科医がICUで集中治療をやることには大いに意義があります。重症患者に麻酔の技術を使い、重症患者で用いたECMOや血液浄化法という治療技術を、今度は手術室の麻酔に応用したりもします。そうした形で麻酔と集中治療をうまく融合しながら臨床に生かしています」と中村氏は説明する。
現在、医局員は20名余りと人数は限られているが、タスクシフトやチーム医療を柔軟に取り入れることで各自の負担を軽減し、持続可能な体制を整えている。「重症管理ができる麻酔科医を養成する、そこが当講座の一番の軸です。ただし重症患者を診るといっても、1人で診るとなると負担が大き過ぎるので、チーム医療でそれぞれに過大な負担が掛からないようにします。休む時にはしっかり休むことができる体制を作りつつ、重症管理を習得できる環境を整えています」(中村氏)。
麻酔・集中治療医学講座の主任教授を務める中村智之氏。
臨床現場の知見から新しい治療法を開発
同講座の大きな特徴は、臨床の現場から新しい治療法を生み出し続けていることだ。
敗血症に対する「免疫制御血液浄化システム」は、過大侵襲時に生体内で起こる全身性の過剰な炎症反応を「おとり臓器(Decoy organ)」を用いて生体外に移動させることで臓器障害を阻止するシステムであり、臨床現場での閃きから始まった。同講座での基礎研究、動物実験、臨床研究を経て、敗血症病態におけるDecoy organとして顆粒球除去カラム(アダカラム®)が保険収載された。
また、V-V ECMO管理については、コロナ禍の3年の間に重症の呼吸不全患者を多数経験する中で、独自のECMO構成(F(SVC) configuration) を確立した。V-V ECMOは管理が非常に難しく、施設としてのラーニングカーブも必要で、一朝一夕にできる治療ではない。ある程度経験を積んだ施設でないと安定した治療成績は残せないといわれている。中村氏は「2012年に日本集中治療医学会と日本呼吸療法医学会が主体となって、日本のV-V ECMO治療を底上げすべくECMOプロジェクトを立ち上げました。そこに一番最初から私たちは医局全体で参加して、研鑽を積んできました」と言う。他の施設では診ることができない超重症呼吸不全患者をV-V ECMOによる管理で救命できるという実績の蓄積が注目されている。
中村氏らが確立した新しいV-V ECMO構成は、自己肺機能廃絶時には、従来は不可能とされていた酸素飽和度100%、動脈血酸素分圧でも100mmHg以上の安定した高い酸素化を実現している。中村氏は「この新しいV-V ECMO構成は、たいへん有用で、これからの超重症呼吸不全におけるV-V ECMO治療のスタンダードになると考えています。さらに、我々は麻酔科医でもあるので、この技術をICU管理においてだけでなく、手術室での麻酔管理にも応用して活用しています」と言う。今後、呼吸不全や困難気道管理の標準化の一角を担う可能性がある。
COVID-19パンデミックで活躍したECMOカーも同講座が運用の中心を担っている。中村氏によれば、ECMOカーは「生命維持装置を装着したまま、すなわち集中治療を継続しながら患者を安全に搬送する」という発想から設計されたものである。一般の救急車では内部バッテリー依存での搬送となるECMO装置をはじめ、各種モニタリング機器や生命維持装置を安定稼働させたまま搬送できる特別な仕様を備えており、「移動型集中治療室」と位置付けられる。
現在、全国に10台余りが導入されているが、その中でも同講座のECMOカーは、運用経験・搬送件数ともに国内有数である。コロナ禍が収束すれば活用機会は減少するのでないかと当初は危惧されたが、実際には超重症呼吸不全患者の搬送依頼はむしろ増加している。依頼元の多くは、コロナ禍において藤田医科大学病院へ搬送を行った施設であり、既にポストコロナだけでも19件の搬送実績を有する。
中村氏は、「超重症呼吸不全は、最前線の医療者であっても救命できなくて当然と思うほど重篤な病態です。コロナ以前であれば、各施設でそのまま亡くなっていた症例も多かったはずです。しかし、パンデミックを契機に『V-V ECMOで救命できる可能性』を知った施設から、今では継続的に相談が寄せられるようになりました」と語る。
ポストコロナにおいても活躍しているECMOカーと医局スタッフたち。
重症患者を救う治療の「四輪駆動戦略」
麻酔・集中治療医学講座の治療戦略を、中村氏は「V-V ECMO」「急性血液浄化法」「経空腸栄養」「早期リハビリ」の4つの高度な手技を組み合わせる「四輪駆動戦略」と称する。
「V-V ECMO治療を必要とする患者は、通常の人工呼吸管理では救命が難しい患者です。そのままだと絶命してしまう患者の命を、V-V ECMOでつないで、急性血液浄化法で病態を制御して、経空腸栄養でしっかり栄養をつけて、早期リハビリで回復を図る──というのが四輪駆動の治療戦略です。我々が手にしたこれら4つの高度な手技を組み合わせることで、極めて重篤な患者の救命に取り組んでいます。従来は救命困難のため適応外とされてきた疾患に対しても積極的に挑戦し、新しい治療の道を切り開いています」(中村氏)。
藤田医科大学は、社会貢献で活躍できる人材の育成にも力を入れている。「我々も大学の方針に沿って、日々の診療の延長線上にある社会貢献を常に意識しています。特に藤田医科大学病院は、臓器移植医療の中心的な役割を担う病院として、多くの移植症例に関わってきました。臓器移植では、脳死下ドナー管理とレシピエントの麻酔管理が同時並行で進むため、限られた時間の中で、高度な判断とチーム連携が求められます。麻酔科は、その両方を支える立場として、患者の安全と移植医療の成功のために、24時間体制で尽力しています。
何より、脳死ドナーやご家族の尊い意思を決して無駄にしないように、確実に次につなげることは、我々医療者の使命であり、大きな社会貢献であると考えています。移植は緊急対応や深夜・時間外の対応も多く、現場の負担が大きいことも事実ですが、それでも『1つの命を未来へつなぐ医療』に関わることは、我々にとって大きな責務であり、誇りでもあります。」
中村氏が特に重視しているのが教育体制だ。多くの施設では麻酔科専門医を取得した後に集中治療を学ぶが、同医局では入局当初から麻酔と集中治療を並行して経験する。これにより、幅広い臨床能力を早期に養成することが可能だという。この点について中村氏は、次のように説明する。
「集中治療室の現場では3人1組の体制を組み、後期研修医・中堅医・指導医が連携しながら重症管理を行います。若手が孤立して悩むことなく、フォローアップ、バックアップができる体制を整えて、重症患者を一緒に診る形を採っています。若い医局員は、自身のレベル以上の難しい症例も診ることがありますが、決して1人で診るのではなく、指導医と一緒にチームで新しい診療に当たります。その経験を通じて成長してほしいと考えています。また当院は、我が国最大級の約1400床を擁する大学病院ですので、一般的な市中症例から超重症例、臓器移植やロボット手術などの最先端医療まで、年齢層も乳幼児から高齢者まで、幅広い症例を一施設で経験できることも強みです。当院には重症患者管理ができる麻酔科医を養成するのに最適な環境と機会がそろっています」
麻酔・集中治療医学講座のカンファレンス風景。女性医師も少なくない。
オープンでフラットな医局風土を築く
「我々が診るような重症患者は、自分で歩いて我々のところに来ることはありません」と中村氏は語る。突然体調が悪化して救急外来にかかるとか、内科や外科の診療科にかかって診察の結果、診療科の医師だけでは手に負えない重症と診断されるとICUにコンサルトをされることになる。
患者は病院(ホスピタル)に来たけれど、そこで診たドクターがさらに奥のICUにコンサルトをするという形で診ているので、ICUは「ホスピタル・イン・ホスピタル」ともいわれる。「我々は各診療科の医師から依頼をされて治療をすることになります。我々は患者から直接感謝されることは少ないですが、担当医の依頼に応えて患者を救命することで、対等な立場の医師から感謝されるような存在にならなければなりません」(中村氏)。
医局運営においては、伝統的な医局制度の従来型の「入局」「派遣」制度は採らず、「同窓会制度」を採用している。医局員の進退を1年単位で自己決定し、講座への出入りを自由にしている。「当講座が楽しいと思えれば、残ってどんどん新しいことに挑戦してもらいます。当講座ではできないことがあって、ステップアップのために外に出たい場合には気持ち良く送り出し、支援できる体制も採っています。「同窓会制度」というのは、卒業後も何か講座でイベントがあるときには声をかけるから時間が合えば参加してね、という程度のものです」(中村氏)。実際、この医局運営に沿って、1年単位での研修も可能な柔軟な体制を整えている。
同講座では、厳しい臨床現場に立ち向かいながらも、個々のライフステージに応じた働き方を尊重している。医局員には女性も少なくないが、出産・育児の時期には勤務を調整するなど、ワーク・ライフ・バランスを重視した体制を整えている。近年では、男性医局員が育児休暇を取得することも当たり前になりつつある。こうした柔軟な働き方への理解は、中村氏自身の経験にも裏打ちされている。毎朝子どもの弁当作りから1日を始める生活を送りながら、家庭と仕事の両立を自ら体感していることが、講座運営にも反映されている。専門性の高さと同時に、オープンでフラットな風土を築くことを中村氏は目指している。
重症患者受け入れの地域連携を模索
今後の医局の目標として中村氏は、タスクシフトやタスクシェアを上手に使って医局員のワーク・ライフ・バランスを充実させ、重症患者を管理できる麻酔科のパフォーマンスを下げずに地域連携を強化し、重症呼吸不全患者を受け入れるネットワークを確立することを掲げる。10年後には、重症で自分たちしか救えない人たちを、どんどん受け入れられるような形を目指していきたいという。
「他施設では手の施しようがなくなったような超重症例でも、我々がより早く治療介入すれば、救命できる可能性を高くできます。そのための地域連携やシステム構築をしていきたいと考えています。重症例の救命医療は、愛知県ではたぶん当院が一番多く対応していると思います。重症患者を救う最後の砦のリーダーとして、これからも積極的に活動していきたいですね」と話す中村氏。さらに、これまでに生み出した「新しいECMO構成」と「免疫制御血液浄化システム」の2つの画期的な治療法に続き、次なる治療法の研究開発を進めている。
中村氏は「当院には、重症管理のできる麻酔科医を育てる環境と機会がそろっています。そして麻酔・集中治療医学講座は、新しい治療に挑戦しながらも、指導医とともに無理なく成長を実感できる場所です。臨床の現場で実績を重ねながら、重症患者に対する新しい治療法を生み出して報告をし続けるということを、医局の方針として掲げていきます。他大学出身者だけでなく、他医局や他診療科からの研修も歓迎しています。ぜひ気軽に見学や研修にお越しください」と呼びかけている。
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中村 智之(なかむら・ともゆき)氏
2003年名古屋大学医学部医学科卒業、愛知厚生連海南病院研修医。2005年同病院集中治療部・救急部・麻酔科医員。2008年藤田保健衛生大学(現藤田医科大学)麻酔・侵襲制御医学講座助教(卒後6年目時)。前任教授、卒後5年目医師と3人で新規講座開設。翌2009年よりクローズドICUの運用を開始。2021年藤田医科大学麻酔・侵襲制御医学講座講師、2022年同准教授、2024年同臨床教授。2025年藤田医科大学麻酔・集中治療医学(旧 麻酔・侵襲制御医学)講座主任教授。




























