「専属産業医経験者が担う救急医療」という強みを生かす

産業医育成という役割を担う産業医科大学の附属病院、産業医科大学病院では2013年に救急科が発足。以来、北九州市とその周辺の二次救急を担当してきた。その基盤となる救急・集中治療医学講座の第3代教授に就任したのが同大学OBの尾崎将之氏だ。麻酔科入局を起点に産業医の修練コースを修了し、救急・災害医療の経験も積んだ尾崎氏は、救急医療の充実を進めるだけでなく、病態解明のための基礎医学や、疾病の予防や早期発見、災害医学などの社会医学にも取り組む。「専属産業経験者が担う救急医療」という強みを生かした独自の役割を果たしている。

施設情報

産業医科大学病院 救急・集中治療科

高度経済成長期に深刻化した職業病や労働災害に対応するため、旧労働省の主導により学校法人産業医科大学が1978年に設立された。

◉医局データ
救急・集中治療医学講座教授:尾崎 将之 氏
医局員:15人
病床数:ICU10床、救急病棟20床
救急搬送件数:約2200件
関連病院:30〜40(研修連携施設)

 1972年に制定された労働安全衛生法により、企業規模に応じて専任の産業医を置くことが義務づけられた。しかし、当時は労働者の健康管理に精通した産業医の育成機関が少なく、企業の需要に十分は応じられないことが予想された。一方、政令市の中で唯一、医師養成機関を持たない北九州市は医学部設置に動いていた。こうした背景から、産業医科大学は産業医を養成する大学として1977年に創立、1978年に設置された。

 同大学の附属病院である産業医科大学病院は1979年に開設され、2004年には救急病院(二次救急)に指定された。救急医学講座が大学に置かれ、救急科が病院に発足したのは2013年のこと。その後の2022年、救急科は集中治療部(1981年診療開始)と統合され、救急・集中治療科に改称された。


救急・集中治療医学講座教授の尾崎将之氏。

多くの生命が奪われる報道に接し災害・事故対応を志向

 初代の真弓俊彦氏、第2代の蒲地正幸氏に続いて2024年、救急・集中治療医学講座教授の第3代教授に、愛知医科大学救命救急科の准教授だった尾崎将之が就任した。尾崎氏の祖父は、北九州市議会議員として同大学の誘致に取り組んだ過去を持つ。尾崎氏は祖父の話から、同大学の産業医養成というユニークな役割に惹かれて進学し、1998年に卒業したOBである。

 尾崎氏が産業医科大学に在学していた1990年代は、阪神淡路大震災、腸管出血性大腸菌の集団感染、地下鉄サリン事件、名古屋・小牧空港での中華航空機墜落事故など、一度に多くの人々の生命が奪われる事件が多発していた。これらの報道に接する中で尾崎氏は、災害や事故に対応できる医師になることを志したという。

 卒業後に麻酔科に入局したのは、「周術期の全身管理の経験が、重症被災者の救命に生かせ、自ら掲げた目標の達成につながる」と考えたからだ。手術麻酔の修練を積んでいた2002年、九州厚生年金病院(現JCHO九州病院)の救急科で、当時の麻酔科学教授だった重松昭生氏の薫陶を受け、麻酔科で培った手技を救急診療の場で生かす経験を重ねることになった。

 産業医の資格を取得する卒後修練コースでは、化学メーカーの専属産業医として勤務。その際に、老朽化した工場建屋が落雷を受けて火災が発生するという事案があった。この火災対応を経験したことで尾崎氏は、専属産業医の立場で改めて災害医療を学ぶ決意を新たにしたという。さらに、卒後修練コースの修了後に入職した小牧市民病院で毎年、中華航空機墜落事故の現場であった小牧空港での合同航空機事故対応訓練に参加したことも、同氏の医師としての方向性を決定づけた。

 産業医科大学の救急・集中治療医学講座教授に就任するに当たって、尾崎氏には一つの自負があった。産業医資格を持つ医師が教育を担うことが、産業医養成という産業医科大学の目的にかなうという考えだ。「産業医科大学の教員は、必ずしも産業医の資格を取得しているわけではありません。専属産業医経験のある私が臨床医学系の教員として学生を教育することには、大きな意味があると思います」と言う。

 その一方で、産業医であり救急医でもあるという自身の強みを、OBとして後輩たちに伝授したいという思いもあった。「救急医療は、災害医療派遣やドクターカー・ヘリでの出動など、院外で活動を行うところが産業医と共通しています。それぞれの役割である治療と予防は、危機管理の観点から見れば表裏一体です。医局員が産業医と救急医の経験を積むことで、厚生労働省が提唱する『健康危機管理に貢献できる医師』の育成に貢献できるのではないかと考えています」と尾崎氏は語る。


救急・集中治療科のスタッフたち。

医療現場の労働安全衛生を重視 

 産業医ならではの視点は、病院の組織運営にも生かされている。産業医学の観点から見ると、例えばコロナ患者に対応する医療スタッフは、有害物質を扱う企業社員と同様の危険にさらされていると言える。メンタルヘルスも含めた心身の健康を害さずに診療を継続できる体制をサポートすることは、産業医の大事な役割だと尾崎氏は言う。

 医師のメンタルに不調をもたらす原因としてまず挙げられるのが長時間労働だが、この点について尾崎氏は次のように話す。「長時間労働は過労死との関係性で注目されることが多いのですが、それと同時にメンタルの不調も、産業医学上の問題と捉えてアプローチする必要があります。実際、長時間働いている医師と話をしても、『労働時間の制限だけでは問題は解決しないのでは』と考えている人が多い印象を受けます」。

 メンタルの不調は、単に総労働時間が多いだけでなく、1回の勤務時間が長く続く場合に、より起きやすいという。「インターバルを取らずに勤務を続けると、脳にかかる負担が大きくなる」(尾崎氏)ためだ。そのため同氏は、医局のスタッフに対して夜勤明けの連続勤務を避けるなど、メリハリのある働き方で疲労の蓄積を解消するよう勧めている。また、同僚と話す機会を増やすことなどもメンタルの不調を減らす効果があるため、コミュニケーションの充実にも努めているという。

 メンタルヘルス以外の面でも、産業医科大学病院では組織を挙げた取り組みとして、病気を抱えながら働くスタッフを支援している。今でこそ外来化学療法などのがん治療を受けながら働ける制度を持つ企業は珍しくなくなったが、同病院では早い時期から、病気の治療と労働の両立を図る仕組みを取り入れてきた。産業医科大学出身の産業医が担当する両立支援科と就学・就労支援センターが、その中心的な役割を果たしている。

 一方、救急医療について産業医科大学病院は、北九州地域の最重症患者を受け入れる医療機関としての機能を担っている。北九州市には領域ごとに高度な専門性を持つ医療機関が多数存在している。その中で産業医科大学病院では、精神科を含め全ての診療科を擁するという特徴を生かし、例えば精神疾患を持つ多発外傷患者など、複数診療科の関与が必要な急患を積極的に受け入れている。

 特に注力しているのは、外傷再建外科と重症患者管理だ。外傷や骨折、切断などに対応するのは、同科内の外傷再建グループ。けがなどで組織が欠損してしまっているような部分は、他から組織、筋肉と皮膚を移して再建する。その技術を頼って、北部九州の切断例の多くが産業医科大学病院に集まってくる。

 重症患者管理も、救急・集中治療科が注力している分野の一つ。今後は、臨床研究の成果を現場の診療に反映させていく計画だ。ICUにおける凝固障害や血小板減少が具体的なテーマで、「研究成果を取り入れながら適切な介入を図っていく計画です」と尾崎氏は話している。


集中治療室はスタッフステーションから病床が見えるオープンな設計。

研究テーマは救命スキル、血液凝固機序、産業事故など

 重症患者管理以外の分野でも、尾崎氏は臨床・基礎を問わずに研究活動を活発化させていく考えだ。「近年は研究、特に基礎研究に従事する医師は減少傾向にありますが、医師ならではの視点や疑問を持って研究に取り組むことが、医学と治療の発展につながると私は信じています。仮説が外れてがっかりしたり、思わぬ結果から新しい発想を得たりといった経験は、大変貴重なものだと自身の経験から感じているからです」。

 救急・集中治療医学講座が現在、取り組んでいる主な研究テーマは「気道管理」、「腸管出血性大腸菌食中毒に伴う微小血管障害の機序解明」、「工場火災・爆発への医療対応」など。

 救急領域の気道管理は、医師であれば誰もが担当する機会があるが、「一歩進んだ気道管理」の実現に取り組む。「自動車運転に例えれば、普通免許ドライバーのレベルではなく、プロレーサーレベルと呼べる気道管理スキルの確立と修得を目指しています」と尾崎氏。

 全身管理領域では、腸管出血性大腸菌食中毒に伴う微小血管障害の詳しい機序は、まだ解明されていない。この疾患の詳しい病態を、動物モデルによる基礎研究によって明らかにしていく計画だ。

 工場火災・爆発への医療対応は、産業医学領域のテーマとなる。産業事故から社員と地域住民を守ることは、産業技術立国を掲げる日本にとって重要な課題であり、地震などの自然災害から国民を守ることと合わせて「健康安全保障(Health security)」を担うことにつながる。そのため尾崎氏は、東日本大震災が発生する前から、このテーマに関する発表を継続的に続けている。救急・集中治療医学講座でも、この流れを充実・発展させていく方針だ。


ERのスタッフと打ち合わせをする尾崎将之氏(中央)。

スタッフの自主性を尊重した医局づくり

 尾崎氏は、学生教育や若手医師育成で気を付けていることがある。一方的な指導ではなく、若い彼らの自主性を重んじることだ。「私たちの修行時代は師匠や先輩の指導に従うものでしたが、今は若手医師が得た知見を積極的に日々の診療に生かしてもらっています」(尾崎氏)。

 そして尾崎氏は、「救急医×産業医で健康危機管理を目指そう」という目標の定着を図る。救急・集中治療といった傷病対応にとどまらず、メンタルヘルスの不調を未然に防止するといった一次予防、不調を早期に発見し適切な措置を行う二次予防、不調となった労働者の職場復帰の支援等を行う三次予防までを担当できるスキルを備えて、個人レベルから組織レベルまで健康面の危機管理を行える人材の育成を目指している。

 救急・集中治療医学講座について尾崎氏は、10年後に「基礎医学と社会医学(産業衛生学、災害医学)の両方をアウトプットできる医局」になっていることをイメージしている。例えば、播種性血管内凝固症候群(DIC)の病態解明など専門的な分野から、周辺企業の社員や地域住民の健康管理、さらには災害時の非常対応まで、幅広い診療に対応できる存在たらんとしているのだ。

 「私自身、スタート地点は手術麻酔でしたが、産業医、集中治療、救急、内科、外傷と、専門医資格を取得してきました。その経験からも、医局のスタッフには『自分の専門領域は自分で定義する』くらいのつもりで、自由にダブルボードを取ってもらって、『この形態が自分流の最高の救急スタイルだ』というものを見つけてほしい。だから、開かれた医局、入りやすくかつ出て行きやすい医局づくりを心がけていきます」。尾崎氏はこう話している。

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尾崎 将之(おざき・まさゆき)氏

1998年産業医科大学医学部卒業。産業医科大学の卒後修練コースIIを経て、2005年東レ株式会社健康管理センター産業医、東レアローズ滋賀チームドクター、2010年聖マリアンナ医科大学救急医学助教、2018年名古屋大学医学部附属病院救急・内科系集中治療部講師、2020年小牧市民病院救急集中治療科部長、2023年愛知医科大学救命救急科准教授、2024年11月より現職。


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