東京大学大学院医学系研究科血液・腫瘍内科学は、著名な医師を多数輩出した同大医学部旧第3内科を源流とする医局だ。どんな血液疾患の患者も断らない一方、最後の砦として難しい症例を積極的に受け入れる方針も掲げている。現教授の黒川峰夫氏が、医局運営で特に力を入れているのは若手医師の育成だ。本人の意志、自主性を重んじる教育を通じて、自らスケジュール管理をしてやりたいことをどんどん進めていけるような、自分の中に「時計」を持つ医師を育てたいと話す。
施設情報
東京大学大学院 医学系研究科 血液・腫瘍内科学
◎医局データ
教授:黒川峰夫 氏
医局員:54人(うち専攻医23人)
専用病床:64床
外来患者数:年間約1万5000人
関連病院:約10施設
東京大学医学部付属病院の血液・腫瘍内科は、1998年の病院診療科再編に伴い、従来の「ナンバー内科」から独立して誕生した。ナンバー内科時代には第3内科教授であった故・高久史麿氏が血液内科の診療・研究をけん引していたことから、現在の血液・腫瘍内科は旧第3内科直系の1つとも捉えられている。医局が独立した後は高久氏の愛弟子であった平井久丸氏が血液・腫瘍内科学教室の基礎を作った。しかし平井氏は、教授に就任して間もなく病で急逝。その後を受けて同医局を発展させてきたのが現教授の黒川峰夫氏だ。
黒川氏は現在の医局・診療科の特徴について、「幅広い血液疾患に対応しており、原則として、どんな患者さんも断らず受け入れています。一方で、東大病院に期待されているのはやはり最期の砦としての高度な医療や研究ですから、その期待をしっかり受け止めて役割を果たすことも重視しています」と話す。
血液・腫瘍内科学教授の黒川峰夫氏。
細胞治療の広がりを見越し細胞療法センターで他科と連携
東大病院血液・腫瘍内科の造血細胞移植の実施件数は年間40例ほどで、院内の無菌治療部と協力して、骨髄バンクや臍帯血バンクを介した非血縁者間移植、臍帯血移植、HLA半合致移植を含めた造血細胞移植など様々な移植に対応している。「当診療科の造血細胞移植は、平井先生が無菌治療部を立ち上げて、そこで集中的に実施し始めたのが始まりです。そういった歴史もあるので力を入れています」と黒川氏は話す。
神経内科疾患「副腎白質ジストロフィー」の治療としても造血細胞移植の件数が多いのは、他の施設にはない同診療科の特徴といえる。講師の本田晃氏は、「近年、副腎白質ジストロフィーにも造血細胞移植が有効であることが示され、移植が行われるようになりました。当診療科では神経内科と協力して移植を実施しており、知見を蓄積しています」と説明する。
血液・腫瘍内科学講師の本田晃氏。
2009年札幌医科大学卒業、同大学附属病院臨床研修医。2010年旭川赤十字病院臨床研修医。2011年都立駒込病院血液内科医員。2012年東京大学医学部附属病院血液・腫瘍内科医員。2016年東京大学大学院医学系研究科内科学専攻修了、同大学医学部附属病院血液・腫瘍内科助教。2024年6月東京大学医学部附属病院血液・腫瘍内科特任講師、10月同講師。
今後、発展が見込まれる治療として細胞治療にも力を入れている。代表的な細胞治療であるCAR-T細胞療法は、黒川氏が提唱し院内の関連6診療科が協力して立ち上げた「細胞療法センター」の枠組みで実施している。
同センター設立について黒川氏は、「CAR-T細胞療法の適応は現在、血液疾患のみですが、近い将来、他の診療科の疾患にも広がっていく見込みです。そうなれば他の診療科にとっては血液・腫瘍内科が持つ合併症などの知見が役立つし、当診療科としても他診療科からのフィードバックが期待できます。ですから細胞治療の診療科横断的なプラットフォームが必ず必要になると考えて、センター設立を提唱しました」と背景を話す。
黒川氏の思いを背に、細胞療法センターの初代センター長に就任したのは講師の湯淺光博氏だ。「東大病院では、CAR-T細胞療法のほかにもMSC(Mesenchymal Stem Cells:間葉系幹細胞)治療など多彩な再生型細胞療法を手掛けています。血液・腫瘍内科、脳神経外科、皮膚科、眼科、整形外科、小児科など、細胞療法に深く関連する診療科・部が濃密に連携して、患者さんにより効果的で体系的な治療を提供することがこのセンターの大きな狙いです」と湯淺氏。「細胞治療は安全管理も重要な課題となります。細胞療法センターは、治療の有効性や安全性、運用体制の向上に取り組んでいきます」とも言う。
血液・腫瘍内科学講師の湯淺光博氏。
チーム医療を基本に1人の医師に負担がかからない体制を維持
他診療科と連携して治療に当たることが多いのも、同診療科の臨床面での特徴だ。助教の志村有香氏は、「例えば東大病院では心臓や肝臓、肺などの移植医療が多く行われていますが、移植後に一定の割合でリンパ腫が起こります。その場合には主科と連携して対応しています。また、中枢神経系リンパ腫の治療では東大病院は全国的に知名度が高く、全国から患者さんが集まってきます。中枢神経系原発だけでなく、眼内リンパ腫や体幹のリンパ腫が脳に転移した症例もあります。これらについても脳神経外科や眼科と連携して対応しています」と話す。両診療科で治療法を検討し、自家造血細胞移植のほか、CAR-T細胞療法を選択することもあるとのことだ。
黒川氏は、「当診療科は血液疾患治療の最後の砦として、必然的に難しい症例を扱うことが多くなります。そのため私が医局運営で重視しているのは、1人の医師に過度な負担がかからない体制を維持することです。当診療科ではチーム医療を基本とし、チームを構成する人員も厚くしています。1つの症例の治療方針について10人ほどでディスカッションすることもあります。とことん納得がいくまで話し合うことで、見落としが少なくなり、良い知恵が出て、気付きが生まれ、疾患の進展や副反応について先読みができるようになるといった効果も見込んでいます」と言う。
東京大学大学院医学系研究科血液・腫瘍内科学のメンバーたち。
専攻医プログラムの基本方針は「個人の志向の尊重」
血液腫瘍内科医局の専攻医プログラムは、3年間で血液内科のオールラウンドな診療スキルが身に着くように設計されている。加えて、研修中に極めたいサブスペシャル分野を各々に見つけてもらい、その領域を掘り下げることもサポートしているという。
「当医局の専攻医プログラムの基本方針は『個人の志向の尊重』です。ただし、それは『任せっきり』とは違います」と黒川氏は言う。専攻医には必ずマンツーマンで上の年次の医師をメンターとして付け、メンターへの相談で解決できない問題はメンターの上の年次の医師が「屋根瓦方式」で相談に乗る仕組みになっている。「当医局では充実したサポートの下、『ファーストクラス』で専門医資格を目指せるはずです」と黒川氏は話す。
専攻医プログラム期間中の1年半から2年間は東大病院以外の医療施設に派遣され、外部で修練を積むことになるが、派遣先の決め方についても「個人の志向の尊重」が貫かれている。「本人の希望を尊重するため、私たち医局スタッフも最大限努力しています」と医局長を務める講師の本田氏は言う。
派遣先施設を決める際には、本田氏が専攻医1人ひとりと面談して意見を聴取する。本人から将来どんな医師になりたいか、どんな手技を学びたいかといった希望を聞いて、医局の関連施設の中から適当な病院を紹介し、専攻医がその施設で学ぶことを希望すれば派遣先が決まるというのが基本的な流れだ。
他の大学医局と大きく違うのは、同医局では、関連施設以外で学びたい、別の施設に派遣してほしいという希望を出すことが認められている点だ。専攻医から希望があった場合には、本田氏が希望の施設に直接連絡を取って受け入れを打診している。
「『あの病院で学んでみたい』『あの技術を習得したい』という希望がかなえば、研修を頑張るモチベーションが高まるはずです。もちろん100%希望に応えられるわけではありませんが、納得して研修を受けてほしいので、できる限り専攻医本人の希望をかなえるようにしています」と本田氏は言う。これまでに、専攻医の希望で関連施設以外に派遣したケースとしては、造血細胞移植の件数が非常に多い施設、特定の医療を得意としている施設への派遣などがあったという。「専攻医がしっかりレベルアップして派遣先から帰ってきて、『ありがとうございました、良い経験ができました』と言ってくれると、私も苦労したかいがあったなと思います」と本田氏は言う。
同医局の医師教育の特徴としては、カンファレンスが非常に充実している点も挙げられる。月水木金曜日に臨床カンファレンス、火曜日には研究関連のカンファレンスが設置されている。多職種カンファレンスなどもあり、東大病院に配属されている間、研修医や専攻医はほぼ毎日、何らかのカンファレンスに参加することになる。コロナ禍以降、カンファレンスの一部はWeb開催とするなど、参加しやすさにも配慮しているという。講師の湯淺氏は「当医局のカンファレンスの一番の特徴は、和気あいあいと何でも言い合える雰囲気だと思います。若い医師も、『こんなことを言ったら先輩医師に怒られるんじゃないか』などと思わず、議論に参加してくれています。そういった良い雰囲気が維持されるよう、私たち医局スタッフも気を配っています」と話す。

木曜日開催のチャートラウンドの様子。(黒川氏提供)
専門医取得後はほとんどの医師が大学院へ進学
大学院に行くのが同医局の決まりというわけではないが、現実には、専攻医プログラムを終えた医局員の大部分が進学しているとのことだ。「大学院の4年間は、専門医プログラム中に見つけた臨床上の疑問を探求する期間という位置づけです。患者さんを診る経験をしっかり積んだ上で、さらに新しい領域を研究で切り開く楽しさを知ってほしいのです。将来的に軸足を臨床に置くのも、研究に置くのも本人次第ですが、一度は研究にどっぷり浸かる環境に身を置いてみてはどうかと薦めています」(黒川氏)。
同医局が力を入れて取り組んでいる研究テーマは、白血病の発症機構の解明。特に難治性白血病の病態解明などを進めている。そのほか造血細胞の制御機構の解明、特発性好酸球増加症候群の臨床研究などにも取り組んでいる。ただし、同医局で大学院に入ったら、必ず白血病や造血細胞の研究テーマが与えられるわけではない。「研究に関しても、個々の志向を尊重しています。研究テーマは自由です。本人がやりたい研究をやってもらうのが一番良いと思っています」と黒川氏は言う。
研究テーマの設定について、医局長の本田氏は「まず本人が何に興味を持っているか、課題を感じているかをしっかり聞いて、各々がやりたい研究ができるよう配慮しています」と説明する。とはいえ、希望は特にない、希望はあるが漠然としているといった場合もある。適切な研究テーマを決めるには、その分野で何が既知で何が課題か、利用可能なデータやリソースとしてどんなものがあるかなど、周辺知識が必要だからだ。そんな場合には黒川氏をはじめとする医局のスタッフが若手医師と話し合い、それぞれが自分の研究テーマを持つのを手助けしている。
黒川氏は、忙しい日常業務の中で時間を見いだして若手医師と積極的に話をしているという。面談の時間は、なるべく本人が希望するだけ取るようにしている。それでも足りない場合は、本田氏や湯淺氏をはじめとする医局スタッフがフォローしている。「周辺知識を提供し、構想を膨らませて、1人ひとりに応じた研究テーマが見つかるよう、私たちも全力を尽くしています」と湯淺氏は話す。
研究活動の取りまとめ役の1人である助教の栗原祐也氏は、自身が研究を始めたときのことをこう振り返える。「私のときもそうでしたが、当医局では本人がどんな研究をしたいかが一番重視されます。頭ごなしに『これをやれ』『それはダメ』と言われたことは一度もありません。私自身、学位を取って医局スタッフになった今、かつて私がそうしてもらったように、それぞれの若手医師が納得して研究を進められるよう精一杯サポートしています」。
血液・腫瘍内科学助教の栗原祐也氏。
2014年千葉大学医学部卒業、国立病院機構災害医療センター血液内科初期研修医。2018年東京大学医学部附属病院血液・腫瘍内科特任臨床医。2023年東京大学医学部附属病院血液・腫瘍内科大学院卒業、JR東京総合病院血液・腫瘍内科医長。2024年東京大学医学部附属病院血液・腫瘍内科助教。
やりたいことを自分でどんどん進めていける医師を育てたい
今後の抱負について黒川氏は、引き続き、個人の志向を尊重する医局の方針を堅持することを挙げる。「医師にとって大学病院で働くことの一番の魅力は、比較的自由な時間が持ちやすく、自分がやりたい創造的な仕事ができる点だと思います。ですから今後も当医局では、個人の志向を尊重する方針を続けていきます。優秀な医師たちがやりたい研究を自由にできるように、医局内での技術の蓄積や機器の充実を図ってくことも私の責務だと思っています」。
大学の役割である臨床、教育、研究それぞれの面で医局を発展させていく考えだが、特に医師教育には強い思い入れがあるという。
「若手医師の育成・教育は、私に託された一番大事な仕事だと思っています。若手医師は今後50年の日本を支える国の宝ですから。スケジュール管理をする『時計』を自分の中に持って、自分で方向性を決めて、やりたいことをどんどん進めていける医師を育てたいのです。私は、それぞれの医師がもっともっと活躍できるように、医局の環境を維持発展させていきます。『何かをやってみたい』という気持ちにあふれた若い医師を育てて、ワイワイと一緒に楽しみながら、世界最先端の臨床と研究を手掛けていきたいですね」。黒川氏はそう話す。
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黒川 峰夫(くろかわ・みねお)氏
1990年東京大学医学部医学科卒業。1995年東京大学大学院医学系研究科第一臨床医学卒業、東京大学医学部附属病院第三内科医員。1999年東京大学医学部附属病院血液・腫瘍内科助手。2004年東京大学医学部附属病院血液・腫瘍内科講師。2005年東京大学大学院医学系研究科血液・腫瘍内科学教授、東京大学医学部附属病院血液・腫瘍内科科長。2008年東京大学医学部附属病院無菌治療部部長(兼務)。2012年東京大学総長補佐(兼務)。2013年東京大学医学部附属病院病院長補佐(兼務)。2015年東京大学医学部附属病院内科部門長(兼務)。2017年東京大学医学部附属病院病院長補佐、入院診療運営部部長、外来化学療法部部長(以上、兼務)。2019年東京大学大学院医学系研究科内科学専攻長(兼務)。2025年東京大学保健・健康推進本部長(兼務)。




























