社会貢献できる「良識ある医療人」の育成に尽力

臨床能力や専門知識・技能と同等かそれ以上に「まともな良識」を重視した人材育成に取り組んでいるのが、鹿児島大学で救急・集中治療医学分野の教授を務める新山修平氏だ。医療安全を確保するためのリスク予見能力や、患者やその家族、あるいは医療スタッフとのコミュニケーション能力など、新山氏が医局員に求める条件は多岐にわたる。鹿児島県の救急医療における“最後の砦”を守るスタッフを、いかに育てているのか。新山氏の人材育成哲学に迫った。

施設情報

鹿児島大学大学院 医歯学総合研究科
救急・集中治療医学分野

◎医局データ
教授:新山 修平氏
医局員:大学内は20人(うち専攻医5人)
専用病床:救急外来3床、救急病棟10床、集中治療室14床
救急車受け入れ台数:年間約2000台
関連病院:5施設

 「私が一番大事にしているのは、『まともな良識のある医療人』を育てることです」──。鹿児島大学で救急・集中治療学教授を務める新山修平氏は、こう言い切る。臨床能力はもちろんのこと、それに加えて医療安全を確保するためのリスク予見能力や、患者やその家族、あるいは医療スタッフとのコミュニケーション能力など、様々な力を兼ね備えた医師。それを育成することが新山氏の目標となっている。

 高い技術を持つ医師であっても、責任感や患者に向き合う姿勢、コミュニケーションに欠けるところがあれば、質の高い医療の提供はおぼつかない。高い専門性を有すると同時に、患者の立場に寄り添う姿勢を兼ね備えた医療人を育てることが、患者や家族の幸せにつながり、ひいては社会貢献を実現するというのが新山氏の考えだ。「私たちが携わった患者さんが健康を取り戻してしっかり働けるようになれば、社会に貢献してその結果、日本を力強くしていくことになります。私自身、そこはすごく大事にしているところです」と語る。

患者トラブルを招く最初のボタンの掛け違い

 新山氏がこうした考えを持つに至った背景には、前任の久留米大学病院で医療安全管理部の副部長を務めていた経験がある。「患者さんや家族との関係がこじれてトラブルになるケースでは、大半が最初にボタンの掛け違いが起こっているものです。だから私は鹿児島大学に着任して以来、医局員には『患者さんとちゃんと話をしなさい』と口を酸っぱくして言ってきました。救急の場合は重症で本人と話ができないことも多いので、その場合は家族とちゃんと話すようにと言っています」と新山氏は話す。

 また、近年は主治医制ではなくチーム制(複数主治医制)を採る病院が増えている。2014年に本格稼働した鹿児島大学病院の救命救急センターもその1つだが、チーム制では責任の所在が曖昧になりやすいと新山氏は指摘する。

 「拘束時間が長引かないチーム制は今の時流にマッチしていますが、半面、自分の勤務時間が無難に過ぎればいいという心の隙が生じかねず、リスクの予見が甘くなることが懸念されます。患者さんの状態悪化の可能性を見通すなど、リスクの予見は医療安全の基本ですが、その重要性を身に染みて理解している医師は決して多くありません」(新山氏)。結果として、患者の急変を適切に予測できず家族への説明が不十分となり、患者の状態が悪化した際に家族とトラブルになってしまうケースがあるという。

 だが一方で、医師が患者の家族と頻繁に意思疎通を図り、患者の病状や起こり得る変化についてきちんと説明していれば、こうした問題は未然に防ぐことができる。「たとえ2〜3分の電話であっても、事前に病状が悪化する可能性について話し、バイタルが悪化した際にも連絡を入れるなどすれば、実際に顔を合わせていなくても家族には感謝されるものです」と新山氏。「いざという時に『そんなに悪いとは思わなかった』『なぜ電話の一本もくれなかったのか』と言うのが家族なんです」とも付け加える。

 こうした事情から新山氏は、リスクの予見能力を高め、その内容を患者や家族に的確に伝える技能を習得させることを、医学生や若手医師に対する教育の1つの柱に据えている。「最近の若い医師はみな優秀ですが、患者さんや家族への配慮という面が抜け落ちているように感じます。そこは誰かが教えないといけない部分なので、あえて伝えるようにしています」と新山氏は語る。


鹿児島大学で救急・集中治療医学教授を務める新山修平氏。

医療スタッフ同士のコミュニケーションも重視

 医療安全の確保という面では、医師をはじめとする医療スタッフ間のコミュニケーションも重要だ。新山氏は「医療の現場では、予期せぬエラーが必ず起こり得ます。それを100%防ぐことはできませんが、限りなくゼロに近づけることは可能です。そのためには、まず医師が予見されるリスクをカルテに書き残すなどして、看護師など周りのスタッフと共有することが欠かせません」と言う。

 また新山氏は、診療科間の円滑なコミュニケーションにも取り組んでいる。縦割りの組織間で発生する摩擦を最小化し、全体として調和のとれたチーム医療を実現するためだ。かつては診療科同士が対立し、置き去りにされた患者に悪影響が及ぶようなケースもあったが、新山氏が仲裁に入るようにしたことで、そうした事例は激減したという。

 「院内のスタッフの仲が悪ければ、最悪の場合、患者さんの命に関わります。重大なインシデントというのは、そういうところで起きるものです。医療の質を語る上では、病態生理の把握や最新の治療といった要素も重要ですが、その前に人として何ができるかということが一番、大事なのではないでしょうか」と新山氏は話す。

 こうした取り組みが功を奏し、新山氏が鹿児島大学にやって来てからの7年間で、同大学病院における医療の安全文化は着実に変わったというのが同氏の実感だ。新山氏は同病院で医療安全の確保に携わる職務に就いているわけではないが、他の診療科などから相談を受ける機会も増えているという。

 
桜島をバックに立つ新山氏(中央)と医局員たち。(新山氏提供)

積極的なリクルーティングで医局員50人超に

 ここで鹿児島大学の救急・集中治療医学分野の沿革に触れておこう。

 救急・集中治療医学分野の医局が開設されたのは2011年のこと。当時は教授以下、わずか3人でのスタートだった。その後、2018年に新山氏が講師として赴任してきた時点で医局員は順調に増え、既に24〜25人に達していたというが、それが今や50人を超える大所帯となっている。この規模の拡大には、教室の魅力を伝える活動などを通じて、同氏が積極的に医師を招聘してきたことが大きく貢献した。

 新山氏によれば、鹿児島県出身で県内の医療機関に勤務する若手の中には、一度は県外に出たいと考える医師が少なくないという。転出先は同じ九州の福岡であったり本州の都市部であったりと様々だが、そういう医師がある程度年齢を重ね、Uターンを考えるようになったところで声をかけるのが新山流だ。「鹿児島に帰りたがっている医師がいるという情報を耳にしたら、食事などを共にして『先生、帰ってくるんだったらウチにおいでよ』と誘うんです」。

 その際に新山氏は、単に医局入りを要請するのではなく、組織の中で同じベクトルで動けるように、医局が目指す方向性を説くことを心がけている。それによりミスマッチを回避でき、多様なバックグラウンドを持つ医局員たちが、共通の目標に向けて努力できるようになるからだ。

 新山氏は「外部から異なる技能やスキルを持った人材が入ってくると医局が活性化して、それに触発されて若い人が入ってくるという好循環が生まれます。そのように医局のみんなが、そして組織がハッピーになるチームビルディングに注力しています」と語る。この方針は単なる規模の拡大ではなく、医局員たちが価値観を共有しながら自身のキャリアを考え、質の高い医療の提供に向けて協力し合える環境づくりを実現するものであると言えそうだ。 


救急・集中治療医学分野のカンファレンス風景。(新山氏提供)

県レベルの医療連携を「オール鹿児島」で

 離島が多く活火山の桜島がある鹿児島県は、その地理的条件から離島・災害医療の必要性が高い地域でもある。県内の医療の“最後の砦”である鹿児島大学病院を筆頭に、医療機関同士の連携を強化してそれぞれの機能に応じた医療を適切に提供できる体制を構築することは、地域医療を支える上で重要な課題と言える。

 こうした観点から、新山氏は「オール鹿児島」という立場に立ち、鹿児島大学病院だけにとどまらない医療連携に積極的に取り組んでいる。医局員を近隣の鹿児島市立病院をはじめとする関連病院へと派遣し、それぞれの拠点を有機的に結び付け、県内を広くカバーする救急医療体制を構築しているのだ。鹿児島大学病院はドクターヘリやドクターカーを持たないが、鹿児島市立病院はそれらを有している。医局員であれば双方の事情に通じているので、連携は容易だ。施設の垣根を越えて、地域住民がスムーズに医療にアクセスできる体制を整えている。

 特に、ドクターヘリやドクターカーの運用では、患者の状態から杓子定規に搬送先の施設を選定することはせず、対応が可能な医療機関を現場の判断で選択できる仕組みを確立した。新山氏は「例えばドクターヘリを飛ばした症例で、患者を診ているフライトドクターから『今日は鹿児島市立病院のICUに空きがありますよね』とか『この状態の患者さんなら鹿児島大学病院で受けられますね』といった連絡が入り、スムーズに搬送されるわけです。これは、大学病院のことも市中病院のことも知っている医師がいるから可能になることです」と言う。

 また、新山氏が仕掛ける連携の対象は、医療機関にとどまらず行政機関などにも広がっている。鹿児島特有の歴史的背景から関係者の意見の隔たりがある場合も、対話を重ねて粘り強く合意点を見いだすなど、新山氏は地域における医療の質を向上させるための努力を惜しまない。「やっぱりオール鹿児島で動くことが大事なので、救急関連の現場スタッフの飲み会があれば出かけて行って話を聞きますし、こちらから話もします。とにかくコミュニケーションを取ることを心がけています」。 

若手医師の教育は「テーラーメード」

 これまで述べてきた臨床面の取り組みに加え、鹿児島大学の救急・集中治療医学分野では、若手医師の教育にも力を入れている。その具体例として新山氏が挙げるのが、医局の方針として「テーラーメードの教育」を掲げていることだ。医師一人ひとりの個性や能力に応じた指導を行い、それぞれの資質を最大限に生かすよう努めている。

 また同医局では、冒頭に挙げた「まともな良識のある医療人」の育成にも注力している。「まずは“人をつくる”こと。医師としての土台をしっかりつくることですね。それができれば、みんなポテンシャルは非常に高いので心配は要りません」と新山氏。患者やその家族だけでなく、他の医療スタッフとも円滑にコミュニケーションを取れる能力を磨くなど、専門性以外の部分の教育にも力を入れている。

 さらに、新山氏は学位の取得を推奨しており、その重要性を繰り返し説いている。最近の若手医師は専門医を重視する傾向が強く、学位の取得を目指す例は減少の一途だ。しかし新山氏は、論理的思考力や研究マインドが養われ、自身の知識や能力の幅を広げることにつながるとして、学位の取得を勧める。

 「空手では、仮想的を相手にした攻防の基本動作を『型』と呼んで反復練習しますが、学位はこの『型』のようなものかもしれません。身に付けていれば、いざという時に応用が利くからです」。学生時代に空手を習っていたという新山氏は、学位をこのように表現し、取得の意義を強調している。


鹿児島大学病院で行われた県の原子力災害訓練風景。(新山氏提供)

敗血症や蘇生後患者の病態を評価する研究も

 一方、医局の研究活動では、2つの大きなプロジェクトが進行中だ。

 1つは、東京科学大学の生命科学研究室のグループとの共同研究で、テトラヒドロビオプテリン(BH4)を中心とした生命現象の解明に取り組むもの。BH4は一酸化窒素合成酵素の補因子であり、一酸化窒素産生に不可欠な分子であることが知られている。現在は敗血症動物モデルや臨床データ解析に加え、近赤外時間分解分光法や非接触型光学モニタリング装置の開発を、全学共同研究・産学連携・国際共同研究として推進している。

 もう1つは、深層学習による画像認識モデルを用いた、心肺停止蘇生後の頭部CT画像解析だ。これは、聖マリアンナ医科大学の先端生体画像情報研究講座との多施設共同研究として実施予定のもの。この技術は、蘇生後患者の病態を的確に評価し、治療方針の選択を支援するために大きな役割を果たすと期待されている。

 これらの研究活動は、単なる学術的な成果を得るにとどまらず、臨床現場での直接的な応用を目指している。新山氏は「BH4絡みの研究は、ここ2〜3年でやっと結果がいくつか出てきた段階です。まだトップジャーナルに載るような成果は出ていませんが、ホームランとは言わないまでも、小さなヒットを着実に重ねていければいいかなと思っています」と話す。

キャッチフレーズは「一灯を掲げよ」

 今後の医局運営について新山氏は、医局員が自律的に活動できるようにマインドセットを変える、きっかけを与えたいと考えている。「幸い、当医局はスタッフが増えて恵まれた状態にありますが、その人たちがいなくなってしまうリスクは常に意識しています。ただ人数がいても、緩い考え方の人ばかりでは意味がありません。たとえ人数は限られても、個々人が自ら考え、自分がなすべきことを行えていれば、10人が100人分のパワーを発揮することも可能です。そのようにマインドセットを変える、何らかのきっかけをスタッフに与えることができればいいですね」。

 そして最後に新山氏は、自身のキャッチフレーズとして「一灯を掲げよ」という言葉を挙げた。これは江戸時代の儒学者が書いた「一燈を提げて暗夜を行く。暗夜を憂うること勿れ。只だ一燈を頼め」という一文に由来する。

 「たとえ周囲が暗闇であっても、信念を持って進めば憂える必要はないという教えです。多くの人は、実際はやらずにああだこうだと批判しがちですが、やらずに後悔するよりも、やった方がいい。そして、仮にその道が苦行だったとしても、苦しむのは3日までにして、4日目には心を解放して楽しむこと。3日以上悩んでも解決しないことは、悩んでも無駄だからです。そうすれば、次の光がまた見えてきます。だからアンテナを張って信じる道を進みなさいと医局員たちには伝えています」(新山氏)。

 同氏が掲げるこの理念に触れた医局員たちは、何事にも前向きに取り組むようになり、たとえ失敗を伴っても、その経験が次の成功への糧になると考えるようになるという。そうしてマインドセットを切り替えた精鋭たちが、鹿児島大学の救急・集中治療医学分野を一層の高みへと押し上げていくに違いない。

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新山 修平(にいやま・しゅうへい)氏

1993年久留米大学医学部卒業。米ニュージャージー医科歯科大学、久留米大学病院高度救命救急センターなどを経て、2018年鹿児島大学病院集中治療部講師。2020年同病院救命救急センター准教授、2025年より鹿児島大学大学院医歯学総合研究科救急・集中治療医学分野教授。同大学病院救命救急センター長を兼務。


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