「独立型」救命救急センターの特徴を生かし多様な救急医を育成

岐阜大学医学部附属病院高次救命治療センターは、岐阜県で唯一の「独立型」救命救急センターだ。退院までを一貫して担う体制のもと、多様なバックグラウンドを持つ救急医が診療を担っている。同センターのセンター長で救急・災害医学分野教授の岡田英志氏は、この診療環境を最大限に生かし、救急医としての専門性を軸にしながら、それぞれの志向に応じたキャリア形成を支援している。微小循環、特に血管内皮のグリコカリックス研究に積極的に取り組んでいるのも、同医局の大きな特徴だ。

施設情報

岐阜大学大学院医学系研究科 救急・災害医学分野

◎医局データ
教授:岡田 英志氏
医局員:55人(うち専攻医10人)
専用病床:ACCC19床、ICU6床 一般15床
救急車受け入れ台数:年間2000台
ドクターヘリ出勤回数:年間約500回
関連病院:19施設

 岐阜大学医学部附属病院の救急部は2004年に改組され、「高次救命治療センター(ACCC)」が誕生した。同センターの大きな特徴は、救急患者の初期対応からその後の専門的な治療、退院までをセンター内で行うことができる「独立型(自己完結型)」である点で、岐阜県内では唯一となる。現在トップを務めるのは2025年7月にセンター長、大学院医学系研究科救急・災害医学分野教授に就任した岡田英志氏だ。

 岡田氏は「救急・災害医学教室には、整形外科、外科、小児科など多様な専門領域のバックグラウンドを持つ救急医が在籍し、重症患者の救急対応に引き続いて専門治療も行っています。若い医師には、まず救急医としての軸をしっかり身につけてもらった上で、それぞれの志向に応じて専門性を深めていけるような環境を整えています。研究に積極的に取り組んでいるのも当医局の特徴です。救急医療にも専門医療にも基礎研究にも、救急医がやりがいを持って取り組める環境を大切にしています」と話す。


高次救命治療センターセンター長で大学院医学系研究科救急・災害医学分野教授の岡田英志氏。

5部門が連携して「独立型」の救命救急センターを形成

 岐阜大病院の高次救命治療センターが「独立型」になった背景について、「設立の時期が良かったし、運も良かったのです」と岡田氏は言う。まず大きかったのはICU(集中治療室)の機能をスムーズに同センターに取り込めたことだ。歴史的に麻酔科がICUを担当してきた施設の場合、新設の救命救急センターがICUを担当したいと主張しても通らないことが多い。しかし岐阜大病院では当時、麻酔科が手術や疼痛治療をより重視していたため救命治療センターがICUを担当することに大きな軋轢は生じなかったという。また当時、血液浄化部は泌尿器科が担当しており、人員的な余裕がなかったこともあって、血液浄化部を救命救急センター内に置くことに反対意見は出なかったとのことだ。

 その結果、救急部門、集中治療部門、血液浄化治療部門、ドクターヘリ・ドクターカー部門、救急外傷部門の5つの部門がセンター内に集結し、互いに緊密に連携しながら救命に取り組む体制が確立した。さらに同センターの病棟機能の1つとしてCCU(循環器疾患集中治療室)も設置。院外から救急搬送されてきた急性心筋梗塞をはじめとする冠動脈疾患や重篤な心疾患にも対応可能な体制になっている。

 現在、同センターの救急病床は19床、ICUが6床、一般病床15床。岐阜県全域から最重症の救急患者を引き受けており、年間の救急車受け入れ台数は2000台前後、ドクターヘリの出勤件数は年間約500件に上る。所属の救急医は32人で、様々な専門領域の経験を持つ医師がチームとして診療に当たっている。岡田氏も、救急のほかに循環器内科の専門医資格を有し、両領域の知見を臨床に生かしている。

医学部生向け基礎研究体験プログラムを契機に入局者増

 岡田氏は、元は旧第2内科所属の循環器内科医だった。2007年から6年間にわたり米国に基礎研究留学し、帰国後に救急・災害医学医局に転属した。「当医局の前任教授は大学時代からの先輩でした。留学前に第2内科から出向して救急のCCUを担当していた経緯があり、『基礎研究に取り組みたいから、こっちに移籍してラボを立ち上げてくれないか』との話がありました。『ハイかイエスかどっちだ?』と迫られたので、『イエス』と言って引き受けました」(笑)と振り返る。

 救急・災害医学分野に着任して以来、岡田氏が継続して力を入れてきたのは人材育成だ。「どんなに優秀な医者が1人いても、1人は1人で、仕事量も思考が及ぶ範囲も限られます。たくさんの人が集まって仕事に当たった方が良い結果が生まれるというのが私の考えです。ですから人を育てることが医局の一番大きな命題だと思って取り組んできました」と話す。現在の医局員数は非常に充実しているが、ここに至るまでには苦しい時期もあったという。

 岡田氏が移籍してきた2014年当時、救急・災害医学教室に入局する医師は毎年何人かいるものの、同じほどの人数が辞めていき、医局員数は増えなかった。また入局者は岐阜大以外からが多く、岐阜大医学部からの入局希望者はほとんどいなかった。

 転機になったのは、岐阜大医学部が2~3年次に実施している10週間の基礎研究体験プログラムだった。以前は救急・災害医学教室にはラボがなかったため学生を受け入れていなかったが、岡田氏がラボを立ち上げたことで受け入れ可能になった。まだラボスペースや研究機材に余裕がなく「最大3人」で初めて募集をかけたところ、想定外の8人が応募してきた。「少し迷ったのですが、せっかく応募して来てくれたのだからと全員を引き受けました」(岡田氏)。

 岡田氏は、米国留学で培った基礎研究のテクニックや考え方を学生たちに丁寧に指導するとともに、学会発表にも一緒に連れていくなどして研究の面白さを伝えた。空き時間には救急医療のやりがいや同医局の特徴なども話した。「元々、若い人たちと一緒に研究したり雑談したりするのが好きだったのです」(岡田氏)。8人の学生たちにとって同医局での体験はとても刺激的だったようで、研修プログラムが終了した後も同医局に通って研究を続けたり、岡田氏や他の医局員と話をするために医局に遊びに来たりするようになったとのことだ。「救急・災害医学教室の基礎研究体験が面白そうだ」と学部生の間で話題になり、その次の年からも5~10人ほどの学生が同医局での体験実習を希望してくるようになった。

 医局員増に向けて主な課題は、岐阜大学医学部からの入局を増やすことと、定着率を高めることの2つだと岡田氏は考えていた。岐阜大学医学部からの入局者が少ない理由については、「4~5年次のポリクリ、6年次のクリクラが医局や診療科に興味を持ってもらう最大のチャンスですが、実習で回ってきた学生に時間を割いて対応できていなかったことが大きな理由だと分析していました」と岡田氏は言う。救急・災害医学の医局員は高次救命治療センターでの業務で普段から忙しく、しっかりと学生の相手をすることができていなかったようだ。しかし同医局で基礎研究体験プログラムを履修した学生を通じて、救急・災害医学教室の魅力が伝わるようになった。

 岡田氏は、学部生のポリクリ、クリクラ、研修医のローテーションなどの対応も見直した。他の医局員が忙しくて対応できない時間帯に、自身が学生や研修医を率いて入院患者の回診をするなど、実習の充実に努めることにした。岡田氏が同医局に来てからも医局員が増えない苦しい時期はしばらく続いたが、取り組みが次第に実を結び、岐阜大医学部からの入局者が増えてきた。特に、基礎研究体験プログラムで受け入れた「第1期生」が専攻医になる年には一気に8人が入局してきたという。それ以降も、継続して毎年3~4人ほどが入局してくれるようになり、現在の医局員の充実につながった。

多様なキャリアパスを支える人材育成体制

 岡田氏は、「なかなか伝わらなかった医局の特徴が学生や研修医に伝わるようになり、良い方向に進みました。もちろんその前提として、当医局にもしっかり魅力があったということです」と話す。特筆すべき同医局の魅力は、「独立型」の救命救急センターであることに加え、救急医としての専門性を軸にしながら、多様なキャリア形成を支援する体制にある。

 同医局では3年間の専攻医プログラムを終えて救急専門医になった若手医師が、それぞれの志向に応じてサブスペシャルティの研修に進むことを積極的に支援している。出向先は本人の希望を尊重して選定され、手続きや調整についても医局が全面的にサポートする。

 出向期間は3~4年で、その間に専門性と技術をさらに深める。集中治療、整形外科、外科、小児科、麻酔科、脳神経外科、総合診療科、循環器内科など、様々な領域で経験を積んだ医師が医局に戻り、診療の幅を広げている。いわゆるダブルボードの取得もその一つの形だが、それに限らず、各自の志向に応じたキャリア形成を尊重している点が特徴だ。出向中は年に1度、岡田氏が直接面談をして近況と進捗を聞く機会を設けているほか、折々に電話をかけたり学会で会った際に会食したりするなど気にかけている。現在も、医局の若手救急医12人が外部に出向し、プラスアルファの専門医取得を目指して研修中だ。

 専攻医プログラムそのものも充実している。高次救命治療センターは、岐阜県全域から最重症患者を引き受けているので、重症患者の救急対応については十分な症例数が経験できる。ICU、その後の病棟管理、救急隊とのやり取りやドクターヘリへの搭乗なども一通りこなせるようになる。センター内救急医が専門治療を行っているのを間近で見て、将来、自分自身が目指すプラスアルファの専門医資格を見究めることもできる。

 ただし最重症患者を引き受ける岐阜大病院高次救命治療センターでは、軽症を含む多数の救急患者への対応、振り分けなどを学ぶのは難しい。高次救命治療センターで学べない内容については、関連施設で経験してもらう。そのためER型救命救急センターを持つ施設へ、専攻医プログラム履修中に2施設、1施設につき半年で計1年間派遣している。

 岡田氏は、入局希望者との面談の際、岐阜大病院高次救命治療センターのデメリットについても話すようにしている。「例えば、当センターは『独立型』で最重症患者のみに対応する施設なので、将来、ER型の施設で働きたいと考えている医師には不向きだという点です。ER型にも良いところがたくさんあるので、独立型との違いをしっかり説明するように心がけています」(岡田氏)。

 医局の特徴、メリット・デメリットを入局前にしっかり説明するようにしたことで、入局後に「こんなはずではなかった」と失望する医師が減って、定着率向上につながった。岡田氏が救急・災害医学教室に出向してきた2014年以降、現在に至るまで「退局者ゼロ」が続いているという。


救急・災害医学教室のメンバーたち。最前列の右から3番目が岡田氏。

グリコカリックスの研究に注力、臨床応用も視野に

 救急・災害医学教室では研究にも力を入れている。取り組んでいる主な研究テーマは、毛細血管、細動脈、細静脈などの「微小循環」の解明。中でも血管内皮の「グリコカリックス」の研究では、国内外から注目を集めている。グリコカリックスは血管内皮の表面を覆う多糖類や糖たんぱく質の層のことで、白血球や赤血球などの血球成分が毛細血管を通りやすくしたり、血管の透過性を調整したりする機能を担っている。

 「ラボを立ち上げた当初、お金をかけずに始められるという理由から、電子顕微鏡で血管を観察する研究をスタートしました。観察対象の1つが血管内皮のグリコカリックスだったのです。救急医療との関わりは、敗血症や外傷でグリコカリックスが障害されると血管の透過性が亢進して、血液が血管から漏れ出して血圧が下がり、ショック症状につながるということです。救急の現場で診るショック症状の多くは、グリコカリックスが血管から剥がれてしまうことが要因だと考えられます」と岡田氏は説明する。

 同医局はこれまでに、体内の様々な部位、臓器の血管内皮のグリコカリックスが、それぞれ異なる多糖類や糖たんぱく質で構成されていることを発見している。「血管内皮から剥がれて抹消血中に流れ出てくるグリコカリックスの成分や量をバイオマーカーとして測定することで、どの部位や臓器が損傷を受けているか、重症度はどうかなどを推し量ることができると考えて研究を進めています。外部からグリコカリックスの成分を補うことで、病気になったり重症化したりするのを防げないかといった研究テーマにも挑戦しています」(岡田氏)。

 同医局の若手医師は、ほとんどが大学院に進学しているとのことだ。医学部の基礎研究体験プログラムを経て入局してくる医師は、医学部時代から手掛けていた研究テーマを発展させて、そのまま大学院で探求する場合もある。学位を取って大学院を卒業した後も、ポスドクとして研究を続ける医局員も多いという。

「つなぐ、つなげる」をキーワードにセンターの充実を図る

 今後の抱負について岡田氏は、「キーワードは『つなぐ、つなげる』です。臨床、教育、研究の全てで、『つなぐ、つなげる』を追求していきます」と話す。

 「臨床については医療圏内の地域と当センターをより強くつなげることが課題です」と岡田氏。ドクターヘリ、高速道路を使った救急車、ドクターカーの運用を見直し、搬送形態の最適化を図って、独立型救命救急センターの強みを最大限に引き出す道を探る。また、今後数年のうちに、外部施設で修行していた若手医師が専門性を高め、いわゆるダブルボードを含めた多様な形で帰ってくる見込みだ。これまでは岐阜大病院の高次救命治療センターに救急医も患者も集めて集約化してきたが、今後は外部の関連施設に医局員をどう配置していくかもしっかり考えていくという。

 「教育・育成に関しては、若手医師を世界につなげるのが課題です。当医局から留学する若手がまだ少ないので、もっとどんどん行ってほしいのです。今後1年くらいの間に、絶対に1人か2人は行かせます」と岡田氏は意気込む。研究については、基礎研究を臨床応用につなぐのが課題とのこと。「大学医学部で手掛ける基礎研究の最終的な目的は臨床への還元であるべきだと思っています」(岡田氏)。最も実用化に近いのは、グリコカリックスを損傷部位や重症度のバイオマーカーとして臨床応用することだという。

 「『つなぐ、つなげる』を意識しながら、医局員それぞれが時間を忘れるくらい興味を持っていることに夢中になって取り組んでほしいのです。日本の医療の将来について、暗いイメージを抱く人も多いですが、私は楽観的です。5年後、10年後の日本の医療はもっと良くなり、当医局でもみながもっと楽しく働けるようになっていると信じていますよ」と岡田氏は話す。

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岡田 英志(おかだ・ひでし)氏

1998年岐阜大学医学部卒業、兵庫県立尼崎病院(現尼崎総合医療センター)内科研修医。2001年岐阜大学医学部附属病院第2内科医員。2005年同大学大学院医学系研究科循環病態学修了、同大学医学部附属病院高次救命治療センター臨床講師。2007年The Scripps Research Institute, Research Associate (Immunology)。2008年University of California San Diego, Postdoctoral Fellow (Cardiology)。2012年University of California San Diego, Senior Scientist (Cardiology)。2013年岐阜大学医学部附属病院第2内科医員。2014年同病院高次救命治療センター臨床講師。2015年同併任講師。2016年同講師。2019年同准教授。2020年岐阜大学大学院医学系研究科救急・災害医学分野准教授。2021年同大学医学部附属病院高次救命治療センター副センター長(併任)。2025年4月同病院臓器移植支援室室長。2025年7月岐阜大学大学院医学系研究科救急・災害医学分野教授、同大学医学部附属病院高次救命治療センター長(併任)。


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