変形性膝関節症の予防医療確立に向け臨床研究に取り組む

順天堂大学医学部整形外科学講座は伝統的にスポーツ医学に強い医局だ。同医局にはプロ・アマスポーツチームのチームドクターを務める医師が多数在籍している。スポーツ医学での強みを維持しつつ、2020年に教授に就任した石島旨章氏が力を入れているのは、整形外科分野での予防医療の確立だ。内科では、メタボリックシンドローム研究が脳卒中や心筋梗塞の予防医療の確立につながった。石島氏はその事例を参考にしつつ、整形外科の3大疾患の1つである変形性膝関節症においても予防医療を実現したいと、基礎・臨床研究に取り組んでいる。

施設情報

順天堂大学医学部整形外科学講座

順天堂大学医学部整形外科学講座
◎医局データ
主任教授:石島 旨章氏
医局員:240人(うち専攻医15人)
外来患者総数:年間約7万1800人
入院患者延数:年間約2万1400人
年間総手術件数:年間約1800件
附属病院:本院含めて6施設
関連病院:28施設

 順天堂大学のルーツは、江戸時代後期の蘭方医である佐藤泰然が1838年に開設したオランダ医学塾にあるとされる。直接の前身は1946年に設置された順天堂医科大学だ。大学の学風として、出身校、国籍、性別による差別をせず優秀な人材に活躍の機会を与える「三無主義」を掲げていることで知られる。

  順天堂大学医学部整形外科学講座の開講は1950年で、現在の医局員数は240人、附属病院は6施設、関連病院は28施設。大学病院本院である順天堂大学医学部附属順天堂医院の整形外科・スポーツ診療科の年間外来患者総数は約7万1800人で、入院患者延数は同2万1400人、総手術件数は1800件に上る(いずれも2024年実績)。同医局を率いているのは2020年に第7代の主任教授に就任した石島旨章氏だ。

 「当医局の特徴は、まず、学風の「三無主義」にのっとって他大学出身の医師を積極的に受け入れ、活躍してもらっている点です。順天堂医院の整形外科・スポーツ診療科のスタッフだけを見ても、半分以上が他大学出身です。臨床に関しては整形外科診療を満遍なく提供できる体制を整えていますが、中でもスポーツ医学に強みがあり、プロ・アマ問わず多くのスポーツチームにおいて当医局所属の医師がチームドクターなどを務めています。若手医師の教育に関しては国際化を重視していて、海外での学会発表、海外留学を積極的に支援しています。さらに近年は、基礎・臨床研究の推進と成果の発信を重視しています。特に変形性膝関節症の病態解明に力を入れています」と石島氏は話す。


順天堂大学医学部整形外科学講座の第7代主任教授の石島旨章氏。

プロ・アマ問わずチームドクターを務める医師が多数在籍

 整形外科学教室の歴代の教授の専門(サブスペシャルティ)は、これまで2代続けて同じになったことがない。「結果的にではありますが、それが全ての整形外科領域の臨床・研究を満遍なく発展させることに役立ちました。現在は、順天堂医院で医療を受けたいと好んで来てくださる患者さんに、必要な整形外科診療を全て提供できる体制が整っています」と石島氏は言う。

 一方で整形外科学教室は、自他ともに認めるスポーツ医学に強い医局だ。その背景について石島氏は、大学の歴史が関係していると話す。「順天堂大学は、後に看護学部などができて現在は9学部になっていますが、設立当初は医学部と体育学部の2学部だけでした。医療だけでなく健康増進の観点が重要との考えの下、最初から体育学部が併設されていたのです。そのような成り立ちからも、スポーツ医学は整形外科学講座の強みの1つになっています。実際に、プロ・アマ問わずスポーツチームでチームドクターなどをしている当医局の医師は多く、毎年、同様のキャリアを目指して若い医師が入局してきます」(石島氏)。

 同医局にスポーツチームのチームドクターになるための特別な教育プログラムがあるわけではない。全ての専攻医は整形外科専門医になるための修練を等しく重ねている。ただし専攻医プログラムに入ったばかりの若手医師が、プロスポーツチームなどに関わるチャンスがあるのも事実だという。医局の先輩医師がチームドクターなどを務めている関係で、本人の希望次第でサポート役として関わることができる。

 「チームドクターを目指すにしても、手術がしっかりできる技量がないとダメですし、語学力も磨かないとダメです。海外遠征に帯同するため、比較的休みが得やすい大学病院に在籍したければ、論文を書くなどして業績も上げなければいけません。加えてチームの運営者や監督、選手や協会からの信頼を得ることも求められます。それらを全てこなしても希望通りにいくとは限らない狭き門ですが、少なくとも当医局には、その道を目指す環境がそろっています。チームドクターとして活躍している先輩医師が身近にたくさんいて、ロールモデルには事欠きません。スポーツ医学の強みは今後も、当医局の先輩たちが築いてきた財産として維持・発展させていきます」と石島氏は話す。

循環器内科で起きた「予防医療の確立」を整形外科でも成し遂げたい

 2020年に教授に就任して以来、医局の財産であるスポーツ医学での強みを引き継ぎつつ、石島氏が力を入れてきたのは基礎・臨床研究だ。予防医療の実現に向けて研究を進め、研究成果を得て、信用される情報発信をしていくことに取り組んでいる。その手本として石島氏が挙げるのが、「メタボリックシンドローム」に関する研究成果が内科の分野に恩恵をもたらしたことだ。整形外科の分野でも、同様の取り組みを達成したいと石島氏は思い描いている。

 内臓脂肪の過剰な蓄積が高血圧、高血糖、脂質異常症といった病態につながり、それらが重なると動脈硬化が進行し、最終的には心筋梗塞や脳卒中のリスクを押し上げる。研究を通じてその因果関係が分かったことで、心筋梗塞や脳卒中にならないために、肥満や高血圧、高血糖、脂質異常症の段階で治療介入する予防医療が確立した。

 一方で、整形外科の3大疾患といわれる「骨粗鬆症性脆弱性骨折」「脊椎管狭窄症」「変形性関節症」のうち、予防医療が確立しているのは「骨粗鬆症性脆弱性骨折」のみだ。骨粗鬆症がリスク因子であることが分かり、骨密度が低い患者を早期に見つけて治療介入することで、大腿骨近位部骨折を未然に防げるようになった。しかし脊椎管狭窄症と変形性関節症については、発症のリスク因子さえ、まだ十分に特定されていない。

 「私たちは外科医ですから、起きた疾患を何とかするのが第一です。しかし医学の進歩はどの分野もそうであるように、早めに見つけて早めに治療する、できれば疾患を起こさせないことがその次の段階です。予防医療を実現するために、全ての整形外科疾患の領域でより上流の病態変化を捉えて、科学的なエビデンスとして発信することを目指しています」(石島氏)。

変形性膝関節症の予防に向け病態解明研究に注力

 石島氏の医局で現在、特に力を入れているのは、同氏のサブスペシャルティでもある「変形性膝関節症」の研究だ。変形性膝関節症は膝関節の構成体が変性や変形そして破壊されることで、痛みのため歩行が困難になる疾患で、世界的に有病率が高い。日本でも約2500万人が罹患していると推定されている。軟骨や半月板は基本的に再生しないため、いちど変形したり壊れたりした膝の軟骨や半月板を元に戻すことはできない。そのため、どうやって予防するかが世界的にホットな研究テーマとなっている。

 変形性膝関節症が起こる原因として、「半月板逸脱」という病態が重要であることが2000年頃に明らかになったが、半月板逸脱によって起こる損傷を外科的に治療しても、変形性膝関節症への移行が止められないことも分かった。従って現在の焦点は、半月板逸脱のさらに上流の病態変化を見つけることに移っている。

 整形外科学教室が着目しているのは「骨棘(こっきょく)」だ。骨棘は変形性膝関節症の患者によくみられる、膝の関節面の骨が変形してできた突起のこと。一般的には半月板逸脱の結果、骨棘が形成されると考えられているが、石島氏らはそれとは逆の学説を提唱している。

 「私たちは、骨棘は半月板逸脱の上流にある病態だと考えています。つまり半月板逸脱が起こる要因が骨棘だということです。それを証明するために研究を行い、成果を発表してきました。ようやく近年、他の医師、研究者に私たちの学説が信用され始めています。ただし骨棘が半月板逸脱を起こす原因であることがはっきりしても、さらにその上流の病態があるはずです。それらを1歩1歩解明して、変形性膝関節症の予防医療につなげていきます」と石島氏は話す。

変形性膝関節症の痛みと骨粗鬆症との関係に着目

 変形性膝関節症について、石島氏の医局が力を入れているもう一つの研究テーマは、痛みの発生メカニズムの解明だ。変形性膝関節症の有病率は加齢とともに上昇し、80歳以上の日本人女性では8割以上になる。ただし生活に支障が出るほどの痛みを訴える患者がいる一方で、ほとんど痛みを感じない患者もいるという。

 「膝の痛みを感じないで生涯生活できるなら、その高齢患者さんを治療対象にする必要はありません。ですから変形性膝関節症の痛みが発生する要因の解明にも取り組んでいます。研究の結果分かってきたのは、痛みが強くなる要因の1つは、膝の関節面直下の骨折(軟骨下骨骨折)だということです。私たちは、この軟骨下骨骨折が起こる原因の1つが骨粗鬆症だと考えており、証明を試みているところです。骨粗鬆症は骨密度を上げることで予防できるので、変形性膝関節症の痛みとの関連性が明らかになれば、臨床的な意味合いは大きいと考えています」と石島氏は話す。

「文京区ヘルススタディー」で1100人の高齢者の膝関節を10年間追跡

 現在、変形性膝関節症の発症原因や痛みの発生原因の解明にもつながると期待される、強力な研究プロジェクトが進行中だ。それが順天堂医院の医師(糖尿病・内分泌内科、循環器内科、整形外科・スポーツ診療科、脳神経内科、放射線科など)が診療科横断的に実施している大規模コホート研究「文京区ヘルススタディー」だ。石島氏はこのプロジェクトがスタートした当初から主要メンバーの一人に名を連ねている。

 大規模コホート研究の対象は、東京都文京区に住む65~85歳の高齢者1629人で、骨格筋の量・質、認知機能、動脈硬化、関節機能、遺伝子多型、生活習慣(身体活動量・食事内容)などを網羅的に追跡調査している。追跡期間は15年を予定。2015年に初回の問診、測定、画像撮影などを実施した後、2020年に2回目(5年目)を実施。さらに2025年11月に3回目(10年目)の測定・画像撮影などがスタートしたところだ。

 「膝関節に関しては約1100人を対象に10年間のデータが獲得できる見込みです。本研究は、膝関節のレントゲン写真とMRIの画像を取得しているものとしては国内最大規模のコホートスタディです。得られたデータの解析研究を進めて、世界に認めてもらえる信頼性の高い情報を発信していきたいと考えています」と石島氏は意気込む。

専門分野を持ち信頼される情報発信ができる医師を育てたい

 今後の抱負について石島氏は、まず、大学の学風であり医局の伝統でもある「三無主義」を貫くことを挙げる。特に女性医師にも働きやすい職場作りを意識している。「昔は、整形外科は男性的な職場で、体力がある人が整形外科医を目指すという風潮がありましたが、今はそんな時代ではありません。女性医師も男性医師も働きやすい職場とするために、医局全体で働き方や職場環境をより良くしていきます。また、出産、育児、介護などで一度職場を離れても、戻ってきやすい医局にすることにも取り組みます」と言う。

 臨床と研究に関しては、スポーツ医学に強い医局の特徴を今後も維持しつつ、変形性膝関節症の病態解明研究に一層取り組んでいく考えだ。「順天堂大学医学部には順天堂医院を含めて附属病院が6つあります。それぞれの施設が多くの変形性膝関節症の手術を手掛けているので、まとめてビッグデータとして解析することも考えています。文京区ヘルススタディーの解析研究と合わせて、変形性膝関節症の病態解明につなげていきます」(石島氏)。

 人材育成では、正しい情報発信ができる医師を育てることに取り組んでいくとのことだ。「人生は、良い球を投げても悪い球を投げても、ブーメランのように必ず自分に返ってくるものです。ですからその場限りの行動や発言をするのでなく、苦しくても逃げないで臨床や研究に打ち込むことの大切さを若い医師に伝えていきたいです。スポーツチームのチームドクターを目指すのも、臨床に打ち込むのも、研究に力を注ぐのもよいと思います。どの分野でもいいから自分の専門を作り、その分野に打ち込み、信頼される情報発信をして、周りの人を正しい方向に導ける医師になってほしいのです。そういった医師を当医局から輩出できるよう、これからも努力していきたいと思います」。石島氏はそう話している。

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石島 旨章(いしじま・むねあき)氏

1996年順天堂大学医学部卒。2002年順天堂大学大学院医学研究科修了。1998年東京医科歯科大学難治疾患研究所共同研究員。2002年私学共済・東京臨海病院整形外科医員。2003年順天堂大学医学部整形外科学講座助手。2005年米国国立衛生研究所 (NIH) Visiting fellow, 日本学術振興会海外特別研究員。2007年順天堂大学医学部整形外科学講座助手。2011年順天堂大学大学院医学研究科整形外科・運動器医学助教。2014年順天堂大学医学部整形外科学講座准教授。2016年順天堂大学大学院医学研究科整形外科・運動器医学准教授。2020年順天堂大学大学院医学研究科整形外科・運動器医学主任教授。2025年順天堂大学医学部附属順天堂医院院長補佐(兼任)。


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