DICと基礎疾患

産科DIC

目次
浜松医療センター
名誉院長 小林 隆夫 先生
※監修者のご所属は、制作当時のご所属です。

I. 特徴

産科DICの臨床的特徴は、 【 1 】 急性で突発的なことが多く定型的なDICが発生する、 【 2 】基礎疾患とDIC発症との間に密接な関係がある、 【 3 】急性腎不全などの臓器症状を合併することが多い、 【 4 】検査成績を待たずにいろいろな処置を進めなければならない、等があげられる。産科DICを来たし易い基礎疾患の中で常位胎盤早期剥離(以下早剥)は凝固障害としてDICが起こりやすく、産科DICの原因の約50%を占めるとされる。本症の母体死亡率は5~10%、児死亡率は30~50%といわれている。また、母体死亡率が60-80%と高い羊水塞栓症は、約2~3万分娩に1回程度とされている。

II. 凝血学的特徴

産科DICの凝血学的特徴としては、フィブリノゲン値の減少および二次線溶亢進に伴うFDP(fibrin degradation products)またはFDP/Dダイマー値の増加が著明である。フィブリノゲン値が100mg/dL以下の場合、通常低フィブリノゲン血症と呼び、凝固障害が起きるため出血傾向が助長される。血小板も消費により減少するが、定型的なDICにもかかわらず意外と低下しないものが多い。

一般的に、産科領域のDICは急性かつ突発的に生じ、フィブリノゲン値の低下を伴い、後天性低フィブリノゲン血症となることが多いのに対し、内科領域のDICは比較的緩慢に生じ、フィブリノゲン値は正常ないし上昇するものが多い。その点からみれば、産科DICは急性DIC(非炎症性DICの代表)、内科DICは慢性DIC(炎症性DICの代表)と呼び区別される。しかし、必ずしもこのように両者の違いを完全に区分けできるものではなく、例えば、産科DICでも妊娠高血圧症候群などは慢性DICの所見を呈し、フィブリノゲン値は正常ないし上昇、内科DICでも急性白血病などは急性DICの所見を呈し、フィブリノゲン値が低下する。この関係を図1に示す。すなわち、DICといってもフィブリノゲン値が低下する場合(A)もあれば、正常ないしは上昇する場合(B)もあることになる。また、重症肝障害などDICとは関係なく出現する後天性低フィブリノゲン血症(C)も存在する。

引用文献
小林隆夫: 産科DICの特徴とDICスコア. DIC-診断・治療の最前線. 医学のあゆみ 238(1): 77-82, 2011
小林隆夫: 産科DIC. 産婦人科救急マニュアル. 産科と婦人科78増刊号: 63-71, 2011

III. 基礎疾患の発症機序からみた産科DIC

一概に産科DICといっても基礎疾患別に発症機序が異なるので、以下のように大きく3つの病態に分類すると理解しやすい。

(1)消費性凝固障害を主体とする急性DIC

産科DICの基礎疾患のうち、早剥や羊水塞栓症では、子宮内に存在する血液凝固促進物質(胎盤、脱落膜、羊水等に含まれる組織因子、ケミカルメディエータ等)の母体血中流入により直接的にDICが惹起されると考えられる。なお、一部の弛緩出血はDIC型後産期出血の範疇に入ると思われ、従来から軽症の羊水塞栓症とも考えられてきたが、最近の研究の結果、子宮および子宮周辺血管内に胎児成分が多量に流入することによって引き起こされる子宮型(内)羊水塞栓症という新しい概念が提唱されている。このタイプのDICでは、血液凝固促進物質の母体血中流入により急速に外因系凝固の活性化が惹起され、消費性凝固障害のため出血量に比しフィブリノゲンが激減し、容易に後天性低フィブリノゲン血症を来たし易い。
すなわち、消費に加えプラスミンによりフィブリノゲンが直接に分解されるため、たとえ出血量が少なくてもフィブリノゲンは著減する。
典型的な急性産科DICで、線溶優位で出血症状主体となる。このタイプのDICでは、早めに充分な新鮮凍結血漿を投与し、凝固因子(フィブリノゲン)を補充することが治療の決め手となる。

(2)希釈性凝固障害を主体とする急性DIC

子宮収縮不全による弛緩出血、前置胎盤・癒着胎盤、子宮破裂をはじめとする軟産道裂傷・血腫、子宮内反症、帝王切開創縫合不全などはさまざまな原因により大量出血をきたすが、疾患そのものは直接的にDICを惹起しない。これらの疾患では大量出血をきたすと出血量に応じてフィブリノゲンは減少するが、それに対して大量の赤血球濃厚液(以下、赤濃)輸血と輸液のみを行っていると凝固因子は希釈されてしまい、いわゆる希釈性凝固障害を来たし、出血傾向は増悪し二次的にDICを惹起する。また、循環血液量減少から組織低酸素症・代謝性アシドーシスを呈し、血管内皮細胞障害の結果DICは悪化する。もちろん、このタイプのDICでも裂傷部位から血液凝固促進物質が母体血中に流入すれば、(1)と同様消費性凝固障害のため出血量に比しフィブリノゲンが減少し、出血量増加に拍車がかかる。治療の決め手は(1)と同様、早めに充分な凝固因子(フィブリノゲン)を補充することである。

(3)臓器障害を主体とする慢性DIC

妊娠高血圧症候群や敗血症などは血管内皮細胞障害に起因する臓器障害を主体とする慢性DICをきたす。とくに妊娠高血圧症候群では、血液凝固能亢進、交感神経活性化の結果血管攣縮をきたすことがあり、その特殊型としてHELLP症候群や子癇を引き起こす。慢性DICは、凝固優位で臓器症状主体であり、フィブリノゲンは減少するどころか、正常ないしは増加する。これは一旦消費により減少したフィブリノゲンがオーバーシュート気味に過剰産生されるからである。したがって、このタイプのDICでは凝固因子(フィブリノゲン)の補充は病態を悪化させるだけであり、むしろ禁忌といえよう。ただし、HELLP症候群・子癇では急性DICを来たし、フィブリノゲンが減少することも多いので、病態に応じた適切な治療法を選択する。

IV. 産科DICスコア

産科の急性DICでは、すべての検査結果が出てからDICと診断し治療を開始するのでは手遅れであるので、真木・寺尾らはDICの治療に踏み切るための産科DICスコア(表)を提唱した。このスコアは基礎疾患と臨床症状を重視したスコアであるので、特定の基礎疾患を有する産科の急性DICに対処するには非常に有用である。スコアが8点以上のときはDICとして治療を開始する。DICは突発し、急激な経過をたどり重篤であるが、時期を失することなく不可逆的になる前に早期に診断し、治療を開始すれば産科DICの予後は比較的良好である。

引用文献
小林隆夫: 産科DICの特徴とDICスコア. DIC-診断・治療の最前線. 医学のあゆみ 238(1): 77-82, 2011
小林隆夫: 産科DIC. 産婦人科救急マニュアル. 産科と婦人科78増刊号: 63-71, 2011

V. 治療

産科大量出血の治療にあたっては産科DICの特徴をよく理解した上で、抗ショック療法・抗DIC療法に加え早めに凝固因子を補充することが重要である。低フィブリノゲン血症に対してはフィブリノゲン値≧150mg/dLを目標としてフィブリノゲンを補充する。米国で推奨されるクリオプレシピテートはわが国では供給されていないので、フィブリノゲンの補充には新鮮凍結血漿を用いる。欧州ではフィブリノゲン製剤が後天性低フィブリノゲン血症に対して認可されているが、わが国では現在認可されていない。新鮮凍結血漿12~15単位(1単位:血漿120mL=フィブリノゲン200~250mg含有として)がほぼフィブリノゲン3gに相当する。なお、大量照射赤濃輸血により高カリウム血症をきたすことがあるので、特に心停止には注意する。

DICに対しては、上記治療に加え酵素阻害療法を行う。最も有効なものはアンチトロンビン濃縮製剤であり、1日3,000単位静注を数日間行う。
ダナパロイドナトリウム(ヘパラン硫酸製剤)1日2,500単位静注も有効である。メシル酸ガベキサート(エフオ-ワイ®)やメシル酸ナファモスタット(フサン®)は、それぞれ20~39mg/kg/日、0.06~0.2mg/kg/時の持続点滴を行う。抗ショック作用の強いウリナスタチン(urinary trypsin inhibitor : UTI)も有効で、1日30万単位を数日間静注する。これら酵素阻害剤は胎児娩出後投与するのが一般的であるが、例えば早剥の場合、胎児娩出前に胎児が死亡し、すでに検査上DICが発症している場合は、分娩前にたとえばアンチトロンビン製剤3,000単位を投与し、メシル酸ナファモスタット等の持続点滴を行いながら胎児を娩出すると、その後の母体の予後が良好となる。なお、ヘパリンは出血を助長することがあるので、大きな創部をもつ産科DICでは用いないことが多い。ただし、羊水塞栓症、血液型不適合輸血では第一の適応である。産科DICの治療フローチャートを図2に示した。

産科DIC治療にも遺伝子組換えトロンボモジュリン(リコモジュリン®)が使用されており、その有効性が検討されている。リコモジュリン®単独が良いのか、アンチトロンビン濃縮製剤等との併用が良いのかは今後症例を集積して解析しなければならないが、現時点では良好な感触を得ている。産科DICでは大量出血を伴うことが多いので、リコモジュリン®投与に際して出血を助長する危険性が否定できれば投与を積極的に推奨できると思われる。

引用文献
小林隆夫: 産科DICの特徴とDICスコア. DIC-診断・治療の最前線. 医学のあゆみ 238(1): 77-82, 2011
小林隆夫: 産科DIC. 産婦人科救急マニュアル. 産科と婦人科78増刊号: 63-71, 2011
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