敗血症をはじめとする重症感染症や急性白血病ではDICの存在を常に意識して検査・治療に入るが、固形癌でもDICに遭遇する機会はまれではない。Sallahたちは、固形癌1117 例を調査したところ76例(6.8%)が播種性血管内凝固症候群(disseminated intravascular coagulation, DIC)と診断され、145回の出血あるいは血栓症を経験したことを報告している。高齢者、男性、進行した癌、乳癌、腫瘍壊死所見の存在がDIC合併のリスク因子であるとしている。教科書的には、進行した腫瘍量の多い腺癌にみられ、原発巣としては消化器、肺、乳腺、前立腺が多い。
当科で経験した骨髄に癌が浸潤した16例のうち13例にDICを合併している。骨髄が骨・筋肉を除き肝臓に匹敵するもっとも大きな組織の一つであることを考えると、骨髄穿刺検査で癌細胞が容易にみられることは、骨髄に腫瘍がびまん性に浸潤し腫瘍量がかなり多いことを示している。また、化学療法目的で入院した固形癌患者26例に凝固・線溶スクリーニング検査をしたところ、fibrin/ fibrinogen degradation products (FDP)ならびにD-ダイマー値上昇がそれぞれ7、12例にみられ、化学療法前よりすでに凝固・線溶が活性化されていることを示唆している。
固形癌の治療経過中あるいは初診時に、原発巣や転移巣の症状・徴候の他に、全身倦怠感や出血傾向がみられる場合には、DICの合併を疑い検査を進める。癌の骨髄浸潤では、貧血が著明で腰背部から全身にかけての鈍痛を訴えていることが多い。検査所見では、血小板減少、貧血がみられるが、白血球減少はまれで、むしろ増加することもあり、場合によっては類白血病反応をみることがある。凝固・線溶系の検査では血小板減少の他にプロトロンビン時間(PT)や活性化部分トロンボプラスチン時間(aPTT)の延長、フィブリンモノマー陽性、低フィブリン血症、FDP の上昇、plasmin α₂-plasmin inhibitor complex(PIC)など、消費による凝固因子の減少と線溶亢進にともなう検査値異常がみられる。
病因としては、固形癌、とくに腺癌細胞からは組織因子(tissue factor, TF)が産生・放出され、第Ⅶ因子と複合体を形成し、その結果、テナーゼ(第X因子活性化複合体)・プロトロンビナーゼ複合体が直接刺激されトロンビンを形成する。持続的に産生されるトロンビンは凝固を促進し、DICへと進行していくと考えられている。
骨髄に癌細胞が多数浸潤している状態では、末梢血液像で赤芽球や幼若な顆粒球が出てくる白赤芽球症(leukoerythroblastosis)を呈する。白赤芽球症がある場合は、骨髄に何かイベントが起こっていることを考え、骨髄穿刺を行う。しばしば骨髄液が吸引できないこと(dry tap)もあるので、後腸骨稜を検査部位に選ぶ。Dry tapの際は、穿刺針より少し大きな骨髄生検針で穿刺部位と同じところから生検を行うことができる。
治療は、すでに進行しているDICをヘパリン、プロテアーゼ阻害薬、リコモジュリンでコントロールしながら、原疾患の治療を行う。進行癌で腫瘍量が多く、全身状態が悪く、抗がん治療が行えないことが多いが、治療が可能と判断された例では、全身療法としてがん薬物療法を行う。
進行した固形癌患者の診療においては、出血傾向、全身状態の悪化をみたときにはDICを鑑別にいれて検査を実施する。固形癌DICに用いられる抗凝固薬として、ヘパリンのほかに、リコモジュリンが使用される。DICの確診例あるいはDICへの移行が強く考えられる場合は、抗凝固療法を開始し、DICの改善を図りながら、実施可能例では抗がん治療をできるだけ早く実施し、DICを生じさせる病態の解消を行うことが求められる。
リコモジュリンは製造販売後臨床試験を実施しており、その結果を参考にすることができる (製造販売後臨床試験成績) 。